普段は家系か豚骨
「きょうは来てくれてありがとう」
気まずくしていると、浸地から先に言葉をかけてくれた。その口調はなめらかで、こころの奥を撫でるようにやさしい。いまの俺には到底真似できない色香と包容力をはらんだそれは、彼女との年齢差とその間に積んだ経験によって醸成されたのだろうか。
どうにせよ、きっと会わなかった十年間に色濃い人生を歩んできたんだと思う。
「お待たせしました~、こちらチャーシュー麺と、豆乳辛味噌ラーメンですね。ごゆっくりどうぞ~」
お互い口を揃えて店員に「いただきます」を告げ、俺はケースから木製の丸い橋を取り出し浸地に渡す。
「ありがとう」
微笑みながら言う浸地を直視できない俺は、軽く首を縦に振った。すると視線の先には彼女の胸があり、どこを見れば良いのか戸惑う。
女子と接する機会なんか他にもたくさんあるのに、好きな人を前にすると、それが幼馴染みでも硬直してしまう。不思議なものだ。
「うん、美味しいね」
「おう」
ラッキョウを半分に切ったような白いスマートなどんぶりに、飴色の醤油スープ、黄金色の麺、水菜、モヤシ、チャーシューの入ったお洒落なラーメンは魚介のダシが効いていて、スープの油が麺とよく絡む。
普段ラーメンといえば家系か豚骨の俺にとって、このベーシックな味は逆に新鮮味があった。
ジャズや食器洗いの音をBGMに穏やかな時間が流れる空間。こういうのが他地域の人が言う『憧れの湘南』の一つなんだろうな。
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