セミシャワー
結局、下着はそれぞれ一人で選んで購入し、俺たちはセミたちが大合唱する桜並木の陰になっていて涼しい歩道を歩きながらスーパー銭湯へ向かっている。ジリジリミンミンシュワシュワツクツク。うん、夏だねぇ。この歩道を北へ5分ほど進むと銭湯に到着する。
セミの大合唱を聴いていると、なんだか虫を触れない昔の弱い自分じゃないことを浸地にアピールしたくなり、それを捕まえてみようと思った。桜の木の幹でジリジリと鳴くアブラゼミを見付け、そっと手を近付ける。
「セミ捕まえようとしてるの?」
「おう、もう昔の俺じゃないぜ」
問う浸地にセミにを警戒させないよう掠れるような小声で応え、俺の手にセミの羽が触れた瞬間だった。
「ジーッ!!」
ドピュッー!!
「ぶふああっ!!」
アブラゼミが俺の顔面に小便をぶっかけた!!
広視は混乱した。
広視は精神的ダメージを喰らった!!
「あぁ、逃げられちゃったね」
「大丈夫、次は捕まえてみせる」
しかしなかなか捕まえられず、同じ事を19回繰り返した。俺の顔面はセミの雫で潤いたっぷりだ。
「ねぇ、もう諦めたら? 広視が虫を触れるようになったのは解ったし、なんかホームレスの人みたいな臭いしてきたよ?」
「あと一回! 次で駄目だったら潔く諦めるから」
「ふぅん、じゃああの子捕まえてみて」
言って、浸地は一本の木を指差した。
「ん?」
おっ! あれは最後に相応しいターゲット! シュワシュワーッと一際大きな声で鳴く透き通る羽に黒いボディーのコイツは、日本最大のセミ、クマゼミじゃないか!! これを捕まえたら大手柄だ。
これまで以上にそっと近付き、これまで以上に慎重に、そ~っと手を伸ばす。
「フシャーッ!! シャシャシャシャシャシャシャシャッ!!」
「よっしゃ捕まえた!」
そんな喜びも束の間、次の瞬間、かつてない悪夢が俺を襲った。
どぴゅーっ!! しゅばばばばばしゃーんっ!!
「ごふあああああああっ!!」
あぁ、小便ウォッシュレットやぁ。さすがクマゼミ、他のセミとは一味も二味も違う水勢だ。あぁ、せっかく捕まえたけど、逃がさないと止めどない噴射で全身びしょ濡れ&ホームレス臭だ。
さぁ、行くが良い。さよ~なら~、ばいば~い。
逃がしたクマゼミは、元気良く飛んでゆくかと思った。
びゅーっぐるぐるぐるぐるーっ。
「あっ、あっ、あぁ…」
逃がしたクマゼミは、素直に逃げれば良いものを、俺の頭上で渦を描きながら執拗に小便を垂らしてゆく。親切なことに、蝉らしからぬ飛翔で一日中働いて汗だくになった俺の頭を洗ってくれているのだ。あぁ、ありがたや~。
「ぶははははははっ!! もうダメだ、我慢できない!!」
悪ガキ浸地、大爆笑。あぁ、悪ガキじゃなくて、もう悪いお姉さんか。この腹黒め…。
小便を浴びせ続けられてどれくらい経ったか、ようやく蝉は飛び去ってくれた。捕まるつもりが、ある意味逆に捕まえられちまった。
あぁ、くせぇ、ホームレス臭発してるのが自分でも判る。
「ほら、これで拭きな」
浸地はぐったり肩を落とした俺に微笑みかけて、ポケットティシューを差し出してくれた。
「サンキュー」
「ふふっ、相変わらずしょうがない子だなぁ」
言いながら微笑む浸地は、なんというか可愛いとか綺麗というよりは、とても素敵だった。