本当は私、ずっと独りぼっちだ
烏帽子オハナ、湘南海岸学院に通う高校二年生。
オハナという名前は、ハワイ語で『家族』を意味する。私はアロハちゃんや両親とは血の繋がっていない、養子だ。
名前は『血は繋がっていなくても、家族の一員だよ。だから、何も不安に思う必要はない』という意味で、いまのお父さんが付けてくれた。
実父は私が生まれる前に事故死、いや、雨の日に身重だった母と一緒に駅の階段を上がるとき、前を歩いていた人が傘を斜めに持ち前後に振りながら歩いていて、それが母の腹に当たって父も一緒に突き落とされ、父は打ち所が悪くて意識不明のまま息を引き取ったと聞いている。
父はお腹の中にいる私を守るため、わざと母の下敷きになったそうだ。甲斐あって母は軽傷だったけれど、虚弱体質のせいか数週間後、私を出産した後に力尽きたそうだ。
事実上、私は両親の命を奪ってしまった。この荷は一生背負って生きてゆく。
いまのお父さん、つまりアロハちゃんのお父さんと私に命を宿してくれた両親は、音大時代からの友人で、一緒にバンドを組んでいたという。
◇◇◇
深夜2時、ようやく旅支度を終えた私はキッチンにあるウォーターサーバーの水を飲もうと二階から降り、リビングの戸の前に差し掛かった。
そのとき、木材に嵌め殺しになっている9つ均等に並んだ正方形のガラスから、両親が何か言い争っている様子が見えた。内容が気になった私は壁に身を隠し、気配を殺して耳を傾ける。
「ねぇ、そろそろオハナは独立してもいいんじゃない?」
お母さんの言葉を聞いた私は、反射的に納得した。私自身、来年高校を卒業し、進路によっては一人暮らしをするかもと考えていたところだ。それに元々私はこの家の子ではないから、追い出されても仕方ない。頭では理解している。けれど……。
「どうしてだ。本人が望むなら構わないけど、オハナだけ独立しろなんて酷いじゃないか」
そんなとき、お父さんはいつも私の気持ちをカバーしてくれる。合理性だけでは綺麗に整理できない傷や穴、突起物をフラットにしてくれる、昔からそんな存在だ。
「そんなこと言ったって……」
一瞬言葉を詰まらせた後、お母さんは言った。
「あの子はどうしたってうちの子にはなれないのよ。根本的な部分が違うの。お高く留まってるというか、お嬢様気質なのよ。あなただって気付いてるでしょ? あの子はお上品で大人し過ぎて、接するだけで気疲れしちゃうの。それに私はあの子の両親とは殆ど関わりなんかない。アロハが生まれてこれから子育てが大変になるって気重だったところに、更に他人の子の面倒まで見なきゃいけなくなった私の絶望感、あなたは理解できてなかったみたいだけど」
そう、このお家の人はみんな少し気性が荒い。だから正直、あまり感情を表に出さない私にはやりにくい面もあって、どうやらお母さんも同じのようだ。
うん、わかる、わかるよ、その気持ち……。
それを聞いた瞬間、私はこの家族の輪から突き放された気がして、ただ広い草原の風を浴びながら、行く当てもなくただ浮遊している感覚に見舞われた。
そうだ、本当は私、ずっと独りぼっちだ。
ずっとこのお家の三人と一緒に暮らしていただけで、心は決して溶け込めなかったんだ。
そんなの、ずっとわかってたよ。
「そう言ったって、俺にとっては大事な親友の子供なんだよ。オハナはな、一緒に音楽初めて、同じ釜のメシ食って、たまに喧嘩して、そうやって力を合わせて音楽を作ってきたあいつらが生きた証なんだよ。施設になんか預けられるわけないだろ」
それでも、お父さんはまた、歪な輪をすぐに修復してくれる。お父さんがいたから保たれてきた、これまでの生活。だけど輪が乱れた隙に、私がスッと抜け出したのなら、どうだろうか。
こんな状況で、リビングに進入して水を飲む気にはなれず、私はなるべく音をたてないようにして寝室へ引き返した。
お読みいただき誠にありがとうございます。
本作をご愛読いただいているコアな皆さま、半年以上お待たせいたしまして申し訳ございません。
なるべく平準化できるよう精進いたします。