真夜中の自販機コーナーにて
やべぇやべぇ、センコーが変態じゃなかったら退学になってたぜ。
「じゃあな! また明日覗こうぜ!」
「なに言ってんだよ神威。今度は正面からぶつかろうぜ!」
センコーの部屋から解放された俺は部屋が間逆にある北海道の神威と別れ、脛の高さにある緑色の非常口案内灯がぼんやり照らす不気味な廊下をひとりでとぼとぼ歩き、自室へ向かっていた。その途中、ざわざわした機械のファンの音が聞こえてきた。
自販機コーナーか。サイダーでも飲んでくか。
自販機コーナーには二人掛けの黒い革張りのソファーが対面していて、その間にグラステーブルがある。
「あれ? オハナちゃんじゃん。どうした?」
深夜零時過ぎ、ソファーに座ってひとりはちみつレモンの缶を抱え俯くオハナちゃんの姿があった。藍色と白の旅館の浴衣を纏っている姿は幽霊を連想させる。
「広視くん。ううん、なんでもないよ。広視くんこそどうしたの?」
「俺はその、女湯突撃の件で……。さっきはごめんなさい」
「ふふふ、そうなんだ。私は気にしてないから大丈夫だよ」
気にされないのも複雑だが、許しているから問題ないより先のことは俺も気にしないでおこう。
「それより、停学とか退学にはならなかった?」
オハナちゃあああん!! なんて優しいんだ!! それに比べて俺らをボコッたアロハや他校のガサツ連中はけしからん!!
アイツらはオハナちゃんのもとで道徳を学ぶが良い。きっと女神のような御心を会得できるだろうよ。
良かったと安心の笑みを浮かべ俺を見上げたオハナちゃんは前へ向き直ると、視線の先にあるワンカップ酒の小さな自販機よりも遠くを見ているように見えた。
やっぱり、なんか変な気がする。
俺は誕生日席の位置にある自販機で缶入りのイチゴミルクを購入し、オハナちゃんの右隣に座った。
おお、校長室のソファーみたいにケツがずっぽり沈む。
次の瞬間、思わずオハナちゃんの胸の谷間に視線がゆき、ごくりと唾を飲んだ。緊張のせいで缶を持ちタブを起こす手指が僅かに震える。
「俺さ、こんど引っ越すかもしんないんだ」
「え?」
目を丸くし、口を開けて驚いてくれているオハナちゃん。その反応が、心底うれしい。
「よくある両親の不仲ってヤツ。引っ越すっていっても転校はしないと思うし、湘南台だから、オハナちゃんとアロハとは変わらず遊べると思う」
藤沢市の内陸部に位置する湘南台。現住所の鵠沼からは電車で15分ほど。
「そう、なんだ。もう他のひとには話したの?」
「いや、いまオハナちゃんに話したのが最初。なかなか言い出せるモンじゃないからさ」
「そうだよね。そういうことって、言いづらいと思う。でも、ありがとう、話してくれて」
「オハナちゃんなら話しやすいかなって思ってさ、なんか急に話したくなった」
「えぇ、私なんて、大した助言もできないよ」
「助言ができるかできないかじゃなくて、そのひとが持つ雰囲気っていうのかな。そんな感じ」
「雰囲気? あぁ、そっか。そういう違いってあるよね。ねぇ広視くん、私もちょっと、お話聞いてもらっていいかな」
「あぁ、オハナちゃんの話ならよろこんで!」