いざ、福島!
浸地にフラれてから2週間と少し。あれから浸地とは会っていないし、連絡も取っていない。
8月7日、日曜日。東京駅を9時前に出た東北新幹線のキャンペーン列車、ピ〇チュウ号のグリーン車。他の列車が満席である中、やっと取れた指定席で、俺は靴を脱いでフットレストに足を掛け、枕に頭を押し付けて熱帯夜による昨夜の睡眠不足を補うようにぐっすり眠っていた。いつもなら東京駅を出て二つ目の大宮駅を出て、一気に高速域へと加速する列車と共に市街地から田園風景へとみるみる変わる車窓を楽しむのだが、今回は列車の加速と共に眠気が加速してしまった。
これから先祖の墓参りと、来週から始まる部活の夏合宿のために福島県の湖畔にある町へ出発。
◇◇◇
まもなく駅に到着することを知らせる車内放送の音楽に起こされた。ゆらぎの後にビブラートがかかるそれは、小さな頃から新幹線での旅情感が沸くお気に入りの音楽。
車窓は田園風景と市街地の境界にある住宅街。東京駅を出て1時間20分弱で列車は乗り換え駅の郡山駅に到着。
首都圏からお金や時間をあまりかけずに日帰りでも楽しめる、いわゆる『安近短』での旅行が可能なのも福島県の魅力の一つであるが、もう少し眠っていたかった俺にとってはその手軽さが逆に物足りなかった。
眠い目を擦りながら新幹線を降り、磐越西線に乗り換えた。クリーム色をベースに窓枠を囲う青いラインが引かれた昔ながらの寝台特急のような車両だ。快速電車なのに特急型車両とはなんと豪華だろう。
ああ、往年の初恋は見事に散ったし、何か良い出会いないかなぁ。北海道、青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島・・・静岡、愛知、京都、大阪、四国、広島、何処へ行っても女の子とお知り合いになったことなどありゃしねぇ。
旅行中の知らない人との接触といえば、小学生の頃に秋田新幹線で隣に座ってきたお婆さんと、秋田のロッテリア横の公衆電話の前で絡んできたヤンキー、中学生の頃、八戸線で声かけられて種市まで一緒だったオッサンくらいか。あのオッサン、無事だろうか。地震の被害に遭ってなきゃ良いけどな。
電車内、俺はぼんやりと車窓に広がる広大な田園風景や会津磐梯山を眺めながらそんな事を考えていた。
しかし新たな出会いがないかと思う一方、浸地への想いは諦め切れずにいる。
◇◇◇
新幹線から乗り換え、郡山駅発車から約40分で目的地の猪苗代駅に到着。郡山駅からここに至るまでの駅や線路沿いでは老若男女が電車の写真をこぞって撮っていた。どうやらこの583系は人気のある電車のようだ。
「ジリジリジリジリジリーッ!! ミーンミーン!! シュワシュワシュワシュワーッ!!」
身体中を覆うように降り注ぐ蝉時雨。う~ん、夏だねぇ。小さい頃はよく抜け殻を集めてたっけ。
玄関だけ木造のコテージのような駅舎を出ると、左側にバスの営業所とスキー場が整備され半ばハゲ山となりながらも威風堂々と聳え立つ会津磐梯山、右側にはタクシープールと定食屋が所狭しと立ち並ぶ。小さな頃から見慣れてきた風景、けど、何かが違う。
話には聞いてたけど、今年は観光客が例年より少ないな。観光シーズンは小さな駅舎の中が人で溢れそうなほど一杯なのに、今日は溢れるほどとは言い難い。原発事故による風評被害というものか、俺はいつもの活気が少し失われた街に切なさを感じたと同時に、思ったよりは観光客が多く安心した面もあった。
親戚宅の人々は皆働いていて昼間は留守にしている。隣にある浸地の祖父母宅にお邪魔しようかとも一瞬考えたが、夏休みの宿題はさておき特にやる事もなく暇な俺は、気分転換に近くの自転車屋さんでレンタサイクルを借りて町内を散策することにした。
跨線橋を渡り、二車線の狭い道を真っ直ぐ進むと国道に突き当たる。交差点の左手にある小さなホームセンターでペットボトル入りのスポーツドリンクと緑茶を一本ずつ購入し、それらを交互に飲用し身体を潤す。スポーツドリンクのみでは血中の糖度が急激に上がってしまう。とはいえお茶だけではミネラルや電解質が不足するため、スポーツドリンクとお茶や水を一緒に摂取するのが望ましい。
国道を横断し、千円札の顔である野口英世の記念館へと続くサイクリングロードを西へ進むと、湖へと流入する幅10メートルくらいの川があり、『白鳥橋』というコンクリートで出来た、軽自動車一台がやっと通れそうな幅の小さな橋が架かっている。そこで、俺と同年代くらいの少女が柵に掴まって川を見下ろしているのが見えた。何かあるのかと思い、俺も川を見下ろしてみる。
うん、増水してるな。この前の新潟、福島豪雨の影響だろうか。
それにしても彼女、なんか元気なさそうだな。まさか俺と同じで失恋直後?
俺はセミロングの髪をツインテールに束ねたあどけない容姿の少女をちらちら見ながら、砂利道をゆっくりとそちらへ向かって自転車を進める。
やがて橋に差し掛かると、なんと彼女の足元にマムシが迫っているのが見えた。この辺りでは気が付けば足元にヘビが這っていることが稀にあり、俺も数年前に経験している。
やべぇ、助けなきゃ!! 噛まれたら死ぬぞ!!
俺は咄嗟に足元に転がっていたやや大きめの石ころをマムシに向かって投げつけた。
「痛い!!」
くそっ、噛まれちまったか!?
彼女は驚いてその場に蹲り、マムシはするするする~っと橋の向こう側へ素早く逃げて行った。
「大丈夫ですか!?」
マムシに噛まれて大丈夫な筈はないが、他に言葉が見付からなかった俺は大声を出して彼女の傍へ駆け寄った。
「痛い、何するんですか…」
「え? まさか」
「石、太ももに当たりました」
やっぱりかぁぁぁぁぁぁ!!
「ごめんなさい! あのですね、あなたの足元にマムシが居たので、それを追い払うために石を投げたらですねっ…」
あぁ、怒ってるな、この顔は。涙目で口をへの字に曲げて。やっべぇ、冷や汗やっべぇ、せっかくの出会いなのに初対面で怒らせた。でも怒った顔もかわえぇのぅ。大人びた浸地とは違う、妹のような魅力がある。
「へっ? マムシ、ですか?」
「はい、そうなんです。投げた石に驚いて逃げましたけど」
「それで、私が噛まれないように?」
「えぇ、まぁ」
「ありがとうございます!」
彼女は、ぱぁっと笑顔になり、俺は心臓に矢が刺さったようにドキッとした。
「この辺マムシ多くて、噛まれると凄く痛いんですよ!」
「えっ、噛まれた事あるんですか!?」
「ほへ? ないですよ?」
ないのかよ!! あたかも噛まれた事のあるような言い方したよな!?
「私、久ノ浜美里っていいます!」
「あ、自分は磐城広視っていいます」
「ヒロシ? 現代っ子らしくない名前ですねっ!」
普通ならそんな事言われたらイラッとくるし、これまでも何度も同じ事を言われ、その度に腹を立ててきたが、彼女の無垢な笑顔は何故か憎めなかった。
ご覧いただき本当にありがとうございます!
この物語は2011年の夏が舞台となっております。
このお話は本来第1話となる予定で、2011年夏に執筆を開始致しました。なお当時は『いちにちひとつぶ』とは異なるホラー作品となる予定でしたが、方針転換を行いました。