ふたりは俺が護る!
陽が陰る夏の夕方18時過ぎ、配管の様子がおかしいから直して欲しいとのことで、俺はヒグラシの鳴き声を聴きながら、青森へ旅行した時に買った瓶入りのリンゴジュースの入ったネズミ色のトートバッグを持って、烏帽子家へと向かっていた。
自宅から徒歩5分程度でアロハ、オハナ姉妹が待つ烏帽子家に到着。烏帽子家のお父さんは音楽プロデューサーをしていて、かなりの高所得らしい。そのため家屋は一般的なものより広い80坪の二階建てだが、屋根裏部屋もあるので事実上は三階建てとなっている。家屋と同じくらい広い庭もあるので、土地の面積は160坪くらいだろう。俺ん家の倍以上だな。
烏帽子家の門には静脈認証式のセキュリティーロックが掛かっているので、インターフォンのボタンを押して、門の前に立ったまま応答を待つ。
「はい」
「アロハか? 俺だよ、オレオレ」
「オレオレ詐欺ですか? 帰ってください」
「そうですか。なら帰ります。あなたが洗面所を使えなくても俺は困りませんので。さようなら」
「ごめん今開ける」
ガチャッ!
俺とアロハの淡々としたやり取りの後、門が解錠された。ちなみにこのインターフォンはカメラ付きなので、アロハからは俺の姿は確認できる筈だ。
門をくぐり、敷地内に入ると、家屋までは約20メートル。辿り着く前にアロハが玄関の扉を開けて出迎えてくれた。ちなみにこの扉、洋風に内開きとなっている。風呂上がりなのか、アロハからはシャンプーのいい香りがする。格好は夏らしく、青いショートジーンズと黄色いキャミソールという、アロハの定番スタイルだ。この格好だと、アロハのバストサイズは一目瞭然。AカップからBカップの境界あたりで、ペッタンコという訳ではないと判る。あ、パッドを入れている可能性もあるか。
「あ、ありがとう。来てくれて…」
お礼を言うのが照れ臭いのか、アロハは少し俯き加減で頬を赤らめながらモジモジしている。
「おう。でも俺、配管の事はよくわかんないぞ。あとこれ、青森に行った時のお土産。冷蔵庫で冷やして飲むと美味いぞ」
言いながら、俺はネズミ色のトートバッグから混濁果汁のリンゴジュースを取り出してアロハに渡した。このジュースについては前回も少し紹介したが、皮ごと搾っているから若干の渋味はあるが、さっぱりしていて上品な味わいだ。
俺自身、青森へは何度か旅行して、色々なリンゴジュースを飲んだが、ハズレを引いたことはない。きっとどれも美味しいので、青森へご旅行の際は是非ご賞味あれ。
「うわぁ、ホントに美味しそう! ありがとう。冷やしておくから、配管の作業が終わったら広視も一緒に飲もう?」
「おう!」
リンゴジュースを見せた途端、アロハの態度は一変、目を輝かせて喜んでくれた。普段ツンツンしている時とのギャップからか、素が美人だからか、アロハの笑顔はグッとくる魅力がある。そんな感情はもちろんアロハ本人には内緒だ。何はともあれ、こうも喜んでくれると、買った甲斐があるものだ。
「広視くん、わざわざ来てくれてありがとう。お土産まで持ってきてくれたんだね」
玄関の右手にあるリビングからオハナちゃんが出て来て、俺を迎えてくれた。
「いえいえ、役に立てるかわかんないけど、全力を尽くします」
キリッ!! 可愛いオハナちゃんのために、頑張って配管直すぞ~!! ついでにアロハのためにも。
◇◇◇
俺はオハナちゃんに洗面所へ案内された。見ると、排水管が詰まっているようで、洗面台の水が流れてゆかず、溜まっている。
アロハに物置まで案内してもらい、工具箱を借りて、二人が見守る中、さっそく作業に取り掛かる。
ネジにスパナを掛けた時、アロハが言った。
「私、思ったんだけどさ、排水管に詰まったゴミを溶かす薬剤を使えばいいんじゃない?」
「いやいや、もし大量のムカデが詰まってたら可哀相だろ? ムカデさん、みんな死んじゃうぜ?」
「ちょっ、ちょっと、怖いこと言わないでよ!」
「大丈夫だって。もし本当にムカデが出ても逃げればなんとかなる」
まさか本当にムカデは出ないだろう。きっと排水管に落ちたヘアピンとか小物類が溜まって詰まっちゃったんだべ。
「広視くん、優しいんだね」
オハナちゃんは俺に優しく微笑んだ。可愛いなぁ、鼻の下伸びそう。
「命の重さはみんな同じだからな」
言って、俺も自然に微笑み返した。笑顔が苦手な俺を自然に笑顔にするオハナちゃんは、何気にすごい女の子だ。
こんな感じで二人と和気藹々(わきあいあい)としながら作業は順調に進む。
この排水管は、上部、中間、下部の三つのパイプで構成されていて、中間のパイプはネズミの侵入を防ぐため、S字型に曲がっている。三つのパイプの中で、これのみが簡単に取り外せるようになっている。おそらくS字の部分に小物類が詰まって、水が流れなくなったのだろう。
上部のパイプから流れる水を受けるバケツを置いて、スパナでネジを外す。
ジャバジャバッ!
ネジを外すと、バケツに水が流れ落ちた。となると、やっぱり問題は中間のS字になってるパイプだろうか。それを確かめるため、パイプをハンマーで軽く叩く。水が流れなくなるくらい物が詰まっているならば、ハンマーを叩いたときに、コツン、と鈍い音がする。逆に、何も詰まっていない、若しくは水が流れるのに支障がない程度の詰まりなら、キーン、と高い音がするのではないかという推測だ。あくまでも素人の考えなので信じないでください。
コツン。
うん、音が鈍いな。たぶんS字になってる部分に何かが詰まっているのだろう。
「アロハ、オハナちゃん、最近、排水管に何か落とした?」
「ううん、私は何も落としてないよ」
「私も、何も落としてないかな」
なら、親御さんが何か落としたのだろう。何より、ムカデじゃなくて良かった。ムカデだったら今頃ウジャウジャと家のあちこちを徘徊されて大変な騒ぎになってたな。
パイプの中の物を取り出すため、庭から適当な棒切れを広い、洗面所に戻る。
ツンツン、ツンツン。
中を突くと、何か柔らかいものに当たった。かなり弾力がある。正体を確かめるため、ケータイのカメラ用LEDライトでS字型のパイプの中を照らす。
「広視? どうしたの? 何かあったの?」
………。
「広視くん、顔色悪いよ。大丈夫?」
俺は恐怖のあまり、顔面蒼白になって息を荒げた。
「に、逃げろ…」
「えっ、どうしたの? ま、まさか、爆弾でも仕掛けられてるの!?」
「ああ、手榴弾だ」
「手榴弾!? なら広視くんも早く逃げなきゃ!」
オハナちゃんが俺を促した。しかし、身震いでパイプを手放せない。それに、今パイプを手放したら、アロハとオハナちゃんがコイツの犠牲になる可能性もある。絶対、そうはさせない。
この二人は、俺が護る。