ナゾのビーズ
「「くはあぁぁぁ、うんめぇ!!」」
風呂上がり、ロビーに出た俺たちは、二人揃って腰に手を当て、瓶入りの牛乳をぐいっと一気飲み。これがたまらなくうんまぃ。所持金十円の俺は、また浸地の世話にかってしまった。次に会った時は何かご馳走しなきゃな。
「よし、牛乳飲んだところで、そろそろ帰りますか」
「そうだな。今日は色々ありがとな。おつかれさまです」
「うん、おつかれさま。今日は久しぶりに広視に会えて嬉しかったよ」
「う、うん…」
こういう時、どう返事すべきかなんて解っているけど、それが素直に出来なくてもどかしい。
◇◇◇
18時20分より少し前、俺たちは茅ヶ崎駅の東海道線ホームでベンチに腰掛け、電車を待っていた。所持金10円でも定期券を持っているので電車には乗れる。
俺は藤沢に住んでいるので上りの東京方面、浸地は小田原に住んでいるので下りの熱海方面の電車に乗るため、ここでお別れとなる。
少し陽が陰ってきて、富士山をバックに空が徐々に茜色に染まってゆく。この時間がなんとなく好きだ。
程なく5番線に、15両編成、全長300メートルと長い東京行きのE231系電車が、ウィィィィィン!! グォォォォォン!! と、勢い良く滑り込んできた。時速80キロ以上は出ているだろうが、それでも停止位置にピッタリ止まる。
「広視、電車乗らないの?」
電車が来たのにベンチから立ち上がらない俺を、浸地は促す。
「俺は浸地を見送ってから行くよ。次の電車は四分後に来るから」
そんな会話をしている途中、反対側の6番線に下りの伊東行きの電車がゆっくり入って来た。5番線のものとは違う、少し古い211系というタイプだ。
「そうか。じゃあ私はこれに乗ってくね」
降車客が居なくなり、発車メロディーが鳴り始めたタイミングで浸地は電車にちょこんと乗り、出入口の前で立ち止まって俺の方へ振り返った。
「今日は本当におつかれさま。帰ったらゆっくり休むんだよ」
「浸地もな。おつかれさま」
あ、なんか今、素直に笑顔になれた気がする。
「うん、じゃあね」
「じゃあな」
「あと、私には、何でも遠慮なく相談してね」
ポイッ。
「えっ?」
浸地が俺に向かってお手玉くらいの透明の小袋を投げ渡した。
プシューッ、ガタン。
投げてから、浸地が優しい笑顔を向けてくれたところでドアが閉まり、電車はゆっくりと富士山が聳える夕陽へ向かって走り出した。
なんだこれ? 中にビーズがびっしり詰まってるぞ。赤、緑、青、金、銀、その他色々。カラフルで綺麗だな。
俺は疑問を抱えたままホームの端へ向かい、暮れなずむ遠くのカーブの向こうへ電車が消えてゆくのを見送った。それと入れ替わりで現れた湘南新宿ラインに乗り、俺は帰路に就いた。
◇◇◇
「私には、何でも遠慮なく相談してね」
車中、別れ際の浸地の優しさが、俺の脳内で何度もリフレインしている。
俺の事なんか、お見通しなんだな。年月が経って大きくなっても、やっぱ浸地には敵わないや。
小さい頃から知ってた。浸地は可愛いとか美人なだけじゃなくて、とても心温かくて優しい女の子だと。だからその、俺にとって初めての、胸が苦しくなるような、なんていうかだということを。
次回、新キャラクターの女子高生姉妹、アロハとオハナの登場です。どちらもハワイ語の名前です。