サクランボ少年とワルイお姉さんの再会
R15指定ではございませんが、お下品な表現を含みますのであらかじめご了承ください。
この世にも存在する天国と地獄。俺はそのどちらも知っている。現在の俺が置かれているのは、どちらかといえば地獄だろう。けれど、天国というのは、思わぬところで不意に訪れるのだ。
これは、親からの愛情を受けずに育った少年少女たちの、残酷なまでにリアルな日常を描いた物語。
◇◇◇
磐城広視、高校2年生、17歳。旅行が趣味で、主に日雇いのアルバイトをしながらお金を貯めて、おトクなきっぷを発売している東北地方や北陸地方を中心に旅行している。つい3週間ほど前には1日1万円で列車に乗り放題のきっぷを使って青森まで旅行したばかりだ。その帰りにはE5系『はやぶさ』という新しい新幹線のグリーン車に乗った。いつかその上をゆく新幹線のファーストクラス、『グランクラス』にも乗ってみたい。
なぜ俺が旅をするかって、それは現実逃避の要素が強い。都会を離れ、のんびりした田舎の日常に飛び込めば、ほんの少しでも生きる気力が湧くものだ。
正しいことは学校で教わる。ただし、俺の周囲に『良いこと』を教えてくれる人は今はいない。小さいころに一人いたが、もう10年くらい会っていない。彼女は唯一、破滅的な俺の居場所だった。
その他の趣味は音楽鑑賞やサイクリング、そしてエッチな本にウヒョヒョヒョヒョヒョ。特にお姉さんがたまらん。適度に年上フェチ。お姉さんを前にすると鼻を伸ばし過ぎて変態顔になるのを必死に堪える。
◇◇◇
7月下旬、夏休みに入り、多過ぎてやる気のしない宿題は後回しにするとして、暇を持て余している俺は隣町の広い芝生の公園で出店のボランティアをしている。どこかの電柱に貼ってあった要員募集の告知を見たのが参加のきっかけだ。お金が欲しいけど珍しくボランティア。タダ働き。なんて模範的な高校生だろう。俺って偉い!!
出店は焼きそば、かき氷、綿菓子、射的、金魚掬いなどといった定番の屋台がずらりと並んでいる。今日は神輿が街中を練り歩く市を挙げての大きなお祭りだ。その中で俺はハンバーガーの屋台を担当する事になり、な、なんと綺麗なお姉さんと一緒に働くことになった!! たまらん!!
長くて綺麗な黒髪、程良いくびれ、そして気さくで家庭的な性格。いや、最後のはどうだかわからんが、きっとそんな性格だと思う。
「おはようございます。大甕っていいます。きょうはよろしくね」
「おはようございます。磐城です。よろしくお願いします」
「磐城くん……? 頑張ろうね!」
「はいっ!」
大甕さん? 幼なじみと同じ苗字だな。向こうも俺の苗字に何か引っ掛かるものがあるみたいだし、前にどっかで会ったっけ? けどこんな綺麗なお姉さん、俺が忘れる訳ないし…。まさか、アイツじゃないよな。
「一つ下さ~い!!」
「こっちは二つ!!」
「「はーい!!」」
考えてる間もなくお客さんがどっと押し寄せる。
ジューッ!!
「あちっ!」
ヘラに乗せた肉を鉄板に置いた途端、調理油が跳ねて俺の両腕を散弾銃の弾のように直撃した。肉を置く時はもっと慎重にやらなきゃな。
「大丈夫!?」
「はいっ! すんません!」
心配してくれた大甕さんは、少し慌てながら黄色い手拭いをポケットから取り出して俺の腕を拭いてくれた。その優しさに感動した俺は、何故かお礼の言葉さえも出ずに、胸がつかえていた。失礼な態度をとってしまったな。仕事が落ち着いたらちゃんとお礼を言おう。
◇◇◇
俺と大甕さんは速やかに手を消毒し直して仕事に戻った。鉄板の上で美味しそうに音を立てる肉厚でジューシーなハンバーグ。それをミディアム程度に焼き上げる。自分で焼いてて食えないなんて、ちくしょう。
俺は食欲を抑えつつ、急いで三つのハンバーグを同時に焼き、大甕さんは焼き上がったそれをタレに浸し、レタス、トマト、タマネギをバンズに挟んでお客さんに手渡す。そんな作業が休みなく3時間ほど続いた。喉は酷く渇くし汗だくだし、腕が棒のようだ。なんか頭がぼーっとする。ちなみに『バンズ』とはハンバーガーに使う上下セットのパンの事で、下部を靴に例えて『ヒール』、上部を王冠に喩えて『クラウン』と呼ぶ。それらを組み合わせたものが『バンズ』である。
「ふぅ、やっと落ち着いたね。磐城くん、ハンバーグ2つ焼いてもらえる?」
「ういっす」
大甕さんに頼まれて、腕が疲れているのでぶっちゃけ面倒と思いながらも綺麗なお姉さんの頼みは断れず、ハンバーグを2つ焼き上げると、彼女は先程までと同様、タレに浸して野菜を挟み、ハンバーガーが二つ出来た。作り置きか?
「はい、どうぞ」
ドキッ! 接客中も思ってたけど手渡す時の笑顔が素敵だぜ。
この優しく包み込むような笑顔、アイツにそっくりだ。いやいやまさかな。県内に住んでるとはいえ電車で30分くらい離れてるし、わざわざこんな所までボランティアに来ないだろ。
「あっ、ありがとうございます」
ハンバーガーを差し出され、俺は少し緊張しながら右手で受け取った。なるほど、賄いってやつか。では早速いただこう。
「いただきます」
「はい。私もいただきます」
一口パクリ。うん、美味い。肉と野菜のバランスが程良く、スライスされたタマネギのシャキシャキッ! とした食感がたまらない。
「おいしいね」
「はい。あっ、さっきは手拭い貸してくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして。火傷、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。なら良かった♪」
にこっと笑む浸地さん。俺のこと心配してくれて、優しい女性なのだろう。モテない俺にそんな眩し過ぎる笑顔をやら心配やらされたらガチ惚れしちまうじゃねぇか。
……。
少しの間、会話が切り出せなくてなんとなく気まずくなっていると、それを察してか、大甕さんが話題を振ってくれた。
「磐城くんって、高校生だよね?」
「はい、2年生っす」
「学校どこ?」
「湘南です」
「湘南!? すごいね!」
「ごめんなさい湘南海岸学院です」
湘南高校は県内屈指の進学校。対して湘南海岸学院は、進学を目指す生徒と就職を目指す生徒を分けて教育する学校で、偏差値は上から下まで誰でも来いなので、エリートは勿論、俺みたいにお勉強が得意じゃなくても入れる。
「おっ、私の後輩さんか。部活は何かやってるの?」
俺が出身校の後輩である事にあまり驚きを示さないのも無理ない。なんてったって全校生徒約2千人のマンモス校で、全国から生徒が集まる高校でもあり、市内では高校生の6割以上がそこの生徒らしい。隣町在住の俺でもそこの生徒である事は決して珍しくない。
「部活は軽音部です」
「そうなんだ! 私も軽音部だったよ。箱根合宿楽しいよね~」
おぉ! 何この運命的な一致! いやでも、軽音部の部員数は学校内で最多の150人を超える大所帯だし、冷静に考えると同じ部活に入る確率は低くないんだよな。
「箱根は温泉入れるのがたまらんですね。でも今年は福島で合宿なんですよ。いつも使ってる箱根の旅館が部員の数だけ部屋が空いてないとかで、校長の知り合いがやってる旅館に泊まるんです。まぁ俺は福島県生まれなんで、懐かしい感じで楽しみです」
そう、今年は毎年行われる合宿を地元に近い箱根から福島県の内陸部、会津へ変更となった。
大きな湖や温泉があり、春から秋にかけてはとても過ごしやすい場所で、特に10月から11月にかけての紅葉の季節は素晴らしい。五色沼では、瑠璃色の透き通る水面と、息を呑むほどの真っ赤な紅葉のコントラストが心地良くて都会の疲れを癒してくれる。それに加え、思わず息を呑んでしまうほどの迫力があり、夢の世界に引き込まれたかのような気分にしてくれる。ああいうのを圧巻というのだろう。即座に出て来る言葉は「すげぇ」の一言に尽きる。
冬は雪がどっさり積もって極寒だが、スキーの世界大会が行われるほどのウインタースポーツの名所でもある。
「そうなんだぁ。私も福島県生まれでさ、小さい頃ばぁちゃん家に遊びに行った時、隣の家の男の子とよく遊んでてね、あっ……」
何か思い出した様子の大甕さん。
自己紹介で言葉を交わしたときから脳裏を過ぎる淡い気持ちの数多のトラウマ。
もしかして、もしかしてなのか!?
ご覧いただきありがとうございます。
今後この作品の舞台とさせていただきます福島県の会津は自然に恵まれ、時間を忘れさせてくれるとても素晴らしい場所で、なかでも「五色沼」は秋の紅葉スポットとして是非おすすめしたい場所です。ほかにも温泉など楽しめるスポットが多く点在しておりますので、東北、関東やお近くにお住まいの方はご都合よろしければ行楽に訪れてみてはいかがでしょうか。
また、主人公たちが住む神奈川県も横浜、湘南、箱根といった楽しいスポット満載です。富士山を臨む湘南の海辺の夕陽はとてもロマンチックですよ。
余談ですが、冒頭に紹介いたしました東北新幹線E5系に連結されている『グランクラス』は素晴らしいです。座席もさながら、ホスピタリティのグレードが高く、サービスのお食事やドリンクが本格的で、快適な旅行ができます。