第2話 提督と赤鳥の英雄
ウェンデス海軍本営……。
「到着早々でなんだが、海軍はすぐ出陣する」
リーズは海軍の指揮官を集めてそう宣言した。
「神速は兵を尊ぶ、ですか。 大胆な策ですね」
金套はにこやかな顔で言った。
「ああ、不幸中の幸いというかウェンデス3軍は壊滅的な敗戦直後。 まさかこのタイミングで攻勢に出るとは思わないだろう。 そこでさっそく金と銀にはひとつ大暴れしてもらいたい」
「上杉武士団、いつでも臨戦可能だ、今すぐにでも出陣できるぞ」
「銀蝶……。 遠慮はいらない。 爆矢、火炎槍惜しむことなく使ってくれ」
「いいのか? むざむざこっちの手の内見せても?」
「こっちに新白衆がいるように向こうにも新白衆がいる。 もはや隠し合いは通用しないと考えて良い」
「向こうにも新白衆が?」
「私の妹が、赤鳥の英雄の陣営にいます」
多恵がそう言った。
「妹の名前は千冬。 我が妹ながら諜報、戦闘ともに新白衆のなかでは上位に位置します。 それに加え、別の忍び衆が千冬に付き従っています。 諜報戦ではまず五分の戦いになると予想しています」
「ついでに言うなら赤鳥の英雄とかいう奴は、ボクの弟のようだ。 よって奇襲による電撃戦はヤツの耳にボクら海軍がポシューマスに入ったと耳にする前の今しかない。 叩けるうちに叩く」
「提督の弟って、クラブ君のことですか。 赤鳥の英雄の異名、合点が行きました」
「金套と銀蝶はクラブと知古があったな。 知り合い相手に刃物を向けるのは心苦しいかもしれんが、頼りにしている」
「まあ、いきなりクラブ君の本隊を叩くなんて言わないでしょ、提督」
「残念だけど、攻撃目標はクラブの本隊だ。 雑魚には目をくれず本隊を潰しておけばこの戦争の主導権は我々ウェンデスに戻る」
「確認します、提督。 そして多恵さん。 クラブ君と千冬お嬢ちゃんと会敵した際、殺すつもりで戦わないとこっちがやばい。 それでも問題はありませんか?」
「殺せるもんなら殺してくれ。 ヤツは追い詰めれば追い詰めるほど手が負えなくなる。 我が弟ながら敵に回すと厄介な奴だよ」
「できれば千冬は殺してほしくないですけど、私が提督に全てを賭けているように千冬はクラブくんに全てを賭けています。 歩く道が違う以上、私が覚悟を決めているようにあの子も覚悟を決めているはずです」
「……了解」
「あと、敵主要武将のなかで最も注意が必要なのは酒木原ひじり。 こいつによって機甲師団は壊滅したらしい。 もし戦場に現れたら真っ先に攻撃対象だ」
「よ~く、存じてますよ。 私と銀みたく、クラブくんとの双璧は容易く破れるものじゃないことくらい」
「さて、他に質問はないようだな。 では、作戦について……」
リーズは地図を開き、一同に作戦を説明する。
「…………大胆な。 通用しますかね、クラブのやつに」
「銀蝶の疑問ももっともだけど、通用するさ。 向こうがこっちの手の内を分かっているようにこっちもヤツの手の内を知っている。 今現在におけるアドバンテージはこっちが握っているようなもんだ」
一方、ポシューマス軍前線基地シュレイブ城塞。
「パパ、寝ないんですか?」
パパと呼ばれた青年は、目の前の少女の頭を撫でた。
青年の年齢と目の前の少女の年齢は同じくらいで親子というには無理のある年だが、目の前の少女は純粋に青年を親として慕っている表情でニコニコと微笑む。
「なんだか嫌な予感がしてね」
「それはただの杞憂じゃよ。 何をそんなに警戒しておるのじゃ、主殿」
アクビをしながら先程の少女と同じ年くらいの少女がやってきた。
しゃべり方がやけに老けている。 黙ってれば美少女の部類に入るであろうに。
「なんだろうね、決まってやな事が起こる前はこんな感覚なんだよ」
「大丈夫です。 マスターの身辺は私が警護致しますから、ゆっくりお休みください」
大きな剣を携えた先程の少女たちと同年齢くらいの少女が青年を安心させようと微笑む。
「俺は大丈夫だから、ピィもカイもモモもゆっくり休みな。 今日は只でさえ忙しかったんだから」
今日の昼、彼らはウェンデス機甲師団と3度目の会戦を行っており、機甲師団を完膚なきまで叩きのめしたばかりだった。
指揮官こそ取り逃がしたものの、青年の知り得ているウェンデスの残軍はほとんど残っていない。
あと一回勝てばさすがにウェンデス軍も撤退せざる得ないだろう。
赤鳥の英雄と呼ばれるこの青年、クラブは完全勝利を目前にしながら言い知れぬ嫌な予感がぬぐえなかったのである。
「………………」
ドカーーーーーーーーーーーーーン!!
「な!!?」
爆弾が破裂した際の爆音。
揺れる景色。
ドカーーーーーーーーーーーーン!!
ドカーーーーーーーーーーーーン!!
ドカーーーーーーーーーーーーン!!
最初の爆音を皮切りに次々と破砕音が鳴り響き、その震動で景色が揺れる。
「砲撃? いや、この破砕音は、爆弾? っく、どっちにしても敵襲か!!」
いったいどこの部隊が。
ポシューマスに攻め込んできたウェンデス三軍のうち、機甲軍、空軍は壊滅的な被害を与えた。 陸軍が若干余力があるにしても自らの本営を護るので精一杯のはず。 どこにこの前線基地を攻撃する余力のある軍が残っている?
「クラブ殿! 北西の方角にて敵軍による砲撃です! 軍旗は青い蝶と獅子! ウェンデス海軍です!」
ポシューマス軍の士官がそう報告にやって来る。
「か、海軍……。 てことはリーズ兄か!」
嫌な予感が完全に的中した。
今、リーズ兄を破るだけの策なんかすぐには思い付かない。
それにリーズ兄が即攻勢に出るときは必勝の策があるとき。
くそ、ポシューマスは内陸だから海軍のリーズ兄がここまで出張ってくることはないとタカをくくってしまった俺の失策。
「クラブ殿! 敵の砲撃により北の城壁崩壊! ただの砲ではありません!!」
「北っていっちばん硬いトコだよね。 やってくれる。 籠城は無意味って知らしめる砲撃……か」
ボカーーーーーーーーーーン!!
ドカーーーーーーーーーーン!!
ズコーーーーーーーーーーン!!
「考えてる暇はない。 守兵半分残して出陣だ! 攻撃目標、砲撃を行っている部隊! 海軍は陸戦部隊はそんなにいないはずだ、敵は少数と見込まれる!」
初手目、二手目と、意表を突かれた俺の負け。
だけど、陸戦の経験はリーズ兄より俺の方が上のはず。
海戦部隊に陸上で陸戦部隊が負ける確率は極めて零。
陸戦部隊は陸で戦うことを想定した軍であって、陸で戦うことを知らない開戦部隊に負けるわけにはいかない。
「ピィ、カイ、モモ、行くぞ!」
銀蝶部隊……。
「爆矢、徹底的に撃ちまくれ。 もっともっと撃て撃て!!」
「もう北の城壁は完全に崩壊してますが、まだ撃つんで?」
「俺らの目的は城塞の破壊じゃねえ。 クラブを城塞から引きずり出すことだ。 そのために徹底的に爆矢で挑発たぁ、豪勢なこって。 あいかわらずやな性格してるよ、あの提督さん」
「城塞の正面門が、開門しています。 我が部隊に向かって迎撃部隊が出陣する模様です」
「迎撃部隊は無視だ、無視。 作戦通りに城塞だけを狙い続けろ」
「御意!」
城塞門が開門し、騎馬兵が銀蝶隊めがけて突貫してくる。
「兄弟揃って神速は兵を尊ぶか。 あんなんと衝突しちゃ、俺らの隊は一瞬で瓦解だな。 だけどな、クラブ……、それ、兄貴に読まれているぜ?」
「火炎槍、発射準備! 時間がない、発射可能なやつから撃て!!」
ごうっと
騎馬隊が進行する前面に炎が広がる。
伏兵として伏せていた金套部隊が、火炎槍で馬の進路上に炎を吐き出していた。
先頭を走っていた騎馬は馬の勢いを止めれずに、炎に突っ込み炎にまかれていく。 後続の騎馬は炎に突っ込む前に歩みを止めるも騎馬部隊の武器、機動力は完全に封じられていた。
「銀蝶隊、抜剣!! かかれええええええええ!!」
「金套隊、抜剣!! かかれええええええええ!!」
爆矢、火炎槍を放り投げ、刀を抜き、歩みの止まった騎馬隊に襲いかかる。
騎兵はそれでも馬上であるいは降馬して対抗しようとするが、
「歩兵戦で騎兵ふぜいが侍にかなうものかよ!!」
銀蝶の言う通り。
騎兵最大の武器は機動力であり白兵戦にあらず。
白兵戦では竜をも両断すると言われる刀を装備する侍に機動力を失った騎兵が勝てる道理はない。
決着はあっというまについた。
「金、赤鳥だ!」
「そりゃおっかない。 神獣は提督に任せますか」
「逃がさないですよ!」
侍兵の前に立ちふさがるピィと呼ばれた少女。
「よく見たら金套さんと銀蝶さんじゃないですか。 なんでウェンデスにいるんですか?」
「まあ、こっちの提督の方がつきあい長いからかね」
「じゃあ、パパの敵になると言うわけですね。 なら容赦はしないです……って!!」
ピィの回りに舞い散る銀色の紙吹雪。
「こ、これはパパのマジックチャフ……」
「いーや、クラブにマジックチャフの精製法を教えたのはこのボクでね。 正確にはボクのマジックチャフさ」
マジックチャフ。
全ての魔法物質を無効にしてしまう魔法主体戦闘職を完全に無力化する物質。
「魔法がダメなら私が相手をします。 ピィさん下がってください」
モモと呼ばれた少女が剣を振りかざし、リーズに肉薄する。
「剣の精霊か」
「ダメだ、モモ!! 逃げろ!!!」
「え……?」
彼女のマスターの鬼気迫る声を聞いた瞬間、モモの意識は虚空にとんだ。
「おっかないな、クラブ。 神獣の娘二人に、全てを断つ剣の精霊に守護されているのか」
「リーズ兄……」
「安心しろ、峰打ちだ。 剣の精霊とはいえ年端もいかぬ姿をした子供は斬らないよ」
リーズは刀を鞘に納める。
「大勢は決した。 無駄な抵抗はやめて武器を捨てて……逃げろ」
「逃げろ?」
「ボクが今欲しいのはお前の命じゃない。 赤鳥の英雄に圧勝した事実だけだよ」
敵として俺の目の前にいるこの兄は何を言っているんだろう。
「この三人は捕虜として頂いていくけどね」
リーズ兄はピィと、いつのまにかカイ、そして気絶しているモモを捕まえている。
「三人を離せ!!」
「クラブ、マジックチャフがそう簡単に精製できないことくらい知ってるよね。 唯一この赤鳥とこの帝竜を抑えれるのはマジックチャフのみ。 マジックチャフを持ってないボクの同胞に神獣に敵う術はないからね。 これ以上この子達は戦わせられない。 剣の精の子にしたって剣技はそこまで驚異じゃないにしてもこの子のもつ剣もおっかなくて放置できない」
リーズはテレポートリングを取り出す。
「金套、銀蝶。 じゃ、あとは頼んだ」
「ヘイヘイ、了解」
「ちゃんと働きますからご安心を」
「クラブ、悪いことは言わない。 友達共々この戦いから降りろ。 次は容赦できない」
そういって、リーズはテレポートリングを発動した。