1話 提督と司令
旧第二章(番外二章)赤鳥編の現時点未公開の展開が一部ぼそっと記載されていますが赤鳥編はそもそも過去話なうえ、旧第一章模倣編終盤でそれに類すること書いているので問題ないかなと思い掲載させていただいています。赤鳥編は赤鳥編として執筆しますので宜しくお願いします。
あらすじ……。
ファラス水軍中夫、リーズはウェンデス王国海軍と会戦し、旗艦を沈めるも自艦も沈み相討ちという形で、ウェンデス王国の捕虜となる。 その後、ファラス王国はウェンデス王国に吸収合併され、事実上故国が消滅する。
その後ウェンデス国王フメレオンに、旗艦を沈めたことを高く評価されファラスへの仕官を求められ、それに合意する。
その後、ウェンデス国内で現王フメレオンを廃し、弟のフメロンを王位につかせようとする貴族が反乱を企てるものの、外様に位置するリーズを含めた現王派がそれを察知し、未然に防ぐ。
その時の働きにより、リーズは客将の身分からウェンデス海軍提督に昇格する。
王弟派に荷担した貴族は次々と処分され、一掃されていく。 すべて順調、順風蔓延に見えたが、それは大きな動乱の序章であった。
王、フメレオンは対外的に決して清廉な王ではなかった。
そもそも、前王である父から王位を簒奪して王位についており、今回は実の弟を廃しており、非人道的として批判を浴びていた。
さらにファラスへの侵攻、そして吸収合併で世論は完全に敵に回る。
国際的孤立のなか、リーズはフメレオン王に現状打開策として東の大国ヴィンセント帝国と軍事同盟の締結を進言。 それを実行するため、使者としてフメレオンの妹、サレアをリーズと共に帝都に派遣。 リーズは利害を説き、軍事同盟締結。
東方の憂いがなくなったウェンデス王国は西方の国家、ポシューマス、リグウェイ、ライジングに侵攻を開始する。
一方、王宮では何者かが暗躍を開始し出した。
リーズの元に、海軍総督なる上官を名乗る男が現れる。
その男の登場により、リーズはウェンデス海軍の総指揮権を剥奪され、第一艦隊提督という立場に降格する。
釈然としない感情を他所に、王命に従うリーズ。
また、時を同じくリーズ独自の判断でつけていた王の警護から連絡が途絶え、王の様子に違和感を覚えるリーズ。
なにか、例えるなら風が逆風を吹き始めた。
そんな予感が、リーズの中で警告しだした。
(以上序章)
同盟国であるヴィンセント帝国からの援軍要請を受けていたリーズ率いる海軍はヴィンセント軍と共に北伐の準備を行っていた。
そのとき、ポシューマス、リグウェイ、ライジングの西方諸国を攻略中の陸軍が予想外の苦戦をしているという報がウェンデス本国に届けられ、陸軍援軍として援軍派兵中の全軍が出陣を命じられる。
今、ヴィンセント帝国の国交をないがしろにするわけにもいかず、かといって王命。 リーズは苦肉の策として艦隊を二つにわけ主力艦隊をヴィンセントに残し、残る艦隊で救援に向かう方向で調整する。
また西方諸国はいずれも内陸国。 海軍の主役である艦隊の出番は皆無に等しく、海軍の兵は一部例外を除き、軒並み陸戦の経験皆無だった。
このまま援軍に行ったところでただの足手まといにしかならない。 そこで現地採用という形で金套、銀蝶という陸戦指揮官を登用する。
準備を整え、西方諸国攻略軍への援軍に急ぐリーズのもとにある情報が届けられた。
ポシューマス軍に赤鳥の英雄と呼ばれる男がおり、彼が指揮する軍に友軍が苦戦を強いられている、と。
赤鳥の英雄の名はクラブ。
リーズ、実の弟だった……。
(番外一章 模倣編最終話)
「リーズ提督!」
ウェンデス西方方面軍本営でリーズらを向かえるのは陸軍司令、車児仙。
「やあ車司令、久しぶり。 苦戦しているんだって?」
「ははは、恥ずかしながらね。 本当は陸軍と空軍だけで対処したかったんだけど」
「あんまり戦況は芳しくないって聞いたけど」
「まあ、恥ずかしながら内部分裂ってやつが原因でね。 言い訳のしようがないよ」
「内部分裂?」
「ゼロって覚えているかい?」
「ゼロ? ……ああ、科学省推薦の彼?」
王弟派を廃し、リーズが提督に任命された爵位授与の日、見慣れぬ青年がウェンデス軍の主力ともいえる機甲軍総帥に抜擢された。
まあ、その場ではリーズも彼も同様の抜擢人事だったのでリーズは特に何の感想も持たなかったのだが。
「そう、その彼」
「彼がどうしたんだ?」
「うん。 それも含めてこれまでの戦況を話すよ。 ちょっと長い話になるから座って話そうか」
リーズと車児仙は席につく。
「何から話したものかな」
「最初から今日までを。 ボクは本国じゃなくてヴィンセントにいたから全くと言っていいほど西方方面軍の情報は入ってなかったんだ」
「ヴィンセント? 何しに?」
「ヴィンセントから北伐するので援軍を要請され、その準備のためボクら海軍はヴィンセントに出向していた」
「ヴィンセントの北伐ってことは、目標はユハリーン王国か」
「うん、ユハリーンへの侵攻作戦だな」
「結果はどうなったの?」
話がいきなりヴィンセントの北伐について切り替わっている。
車児仙という男は飄々としているが、意味もなく話題を変えたりする男じゃない。 なにか意味のあっての質問だ。
「結果も何も北伐開始前にこっちの援軍で呼び戻された」
「え……、待って待って。 じゃあ、援軍要請で援軍に行っときながら引き返してきたって事?」
「王命である以上、仕方ないだろ。 命令は全軍だったが、さすがにそんなことしたらヴィンセントは同盟違反でカンカンに怒って同盟破棄とかになりかねないんで提督権限を駆使して主力艦隊は向こうに置いてきたけど」
「あちゃあ、まさか海軍がそんなことになってるとは……」
車児仙は頭を抱え、項垂れる。
「あのユハリーンに今攻め込もうとするヴィンセントも軽率だけど、リーズ提督も軽率だよ……」
「え?」
「確かに単純兵力はヴィンセントの方が遥か10倍は勝っているよ。 けどユハリーンは今や人材の宝庫って言われるくらい優秀な連中が仕官してる。 ヴィンセントは火薬のつまった壺のなかに松明をもって攻め込もうとしているようなもんだ」
「いくらなんでもそれは誇張では?」
「何言ってるの、リーズ提督。 まさか君まで彼の国の軍師の容姿に騙されている訳じゃないだろうね?」
車児仙が最も警戒しているユハリーン王国の軍師、シュー=オオサカ。
若干10歳の若すぎる幼年軍師である。
「あの人材の宝庫の中で軍師を張る男だよ? それがあの若さで抜擢される以上然るべき意味はある。 子供だからって気を抜いているんじゃないだろうね?」
車児仙の指摘にリーズの顔は青くなる。
実際、年端もいかぬ子供が軍師という事実を軽視していた。
「だから私は海軍に援軍を求めるのは反対だったのに、ゼロめ。 どこまで世情を読めないやつだ」
「ん? 援軍は車司令が求めたんじゃないのか?」
「私が? まさか。 私は潔く敗軍の禊を受けるつもりでいたよ。 海軍援軍の話なんかゼロが王都に求めたあとに知ったにすぎない。 それを許可する陛下も陛下だ、あの思慮深い陛下らしくもない」
「……そうか、そういや車司令は知らないんだったな」
「知らない?」
「陛下は変わられた」
「変わられた? どういう事??」
「ハッキリとは判らないんだが、あるファクターを最後に陛下の性格が急変した」
「……どういうことか、こっちも説明してもらうしかないね」
リーズは車児仙に語った。
新白衆のつぐみをリーズの独断で警護役として配置していたこと。
そのつぐみから連絡がとれなくなった事。
海軍総督という役職の男が現れたこと。
そして陛下の生気のない眼差しと、今までの陛下と見比べると覇気がなくなったこと。
そして、リーズお抱えの忍び衆、新白衆ですら科学省の事を調査できないこと。
「リーズ提督は科学省がこの件に絡んでいると睨んでいるわけか」
「まだ確証がない。 それにボクはいっちゃなんだが、この国の立ち位置は外様。 主だった仲間はみんなこっち(西方方面軍)にいるだろ。 本国に残ってるのは科学省の連中とボクだけ。 完全に孤立無援に等しい」
「なるほど。 つまり北伐の件は完全に容量不足の失態か。 そんな状況じゃ、仕方ないとしか言えないなぁ」
「容量不足?」
「陛下の急変、いや連中の暗躍はさすがにリーズ提督みたく柔軟な思考の人でも一人で処理できるわけがないだろ。 そもそも一人で国営を回そうとしているもん……、あ…………。 そういうことか。 ボクも連中にはめられた一人ということだね」
車児仙が頭を抱える。
「聞くけど、ヴィンセントの北伐の提案って誰が起てた?」
「え? いや、さすがにそれは知らない。 ヴィンセントの誰かだと思うけど」
「ちなみにさ、この西攻めの草案はウルフレッド科学省長官なんだよね」
「え」
「それを把握したのがすでに西方諸国との開戦後でね。 科学省は何を考えているのか私は当時理解できなかったけど、提督の話で合点がいった。 この戦いは主だった陛下の側近を身辺から一時的に排除するため。 それに提督が提督に就任したとき確かにボクも適任かと思っていたけど、こうも考えられないかい? 君は外から来たばかりの陛下派の海軍仕官。 まだこの国には浅い故に陛下の変化に違和感は持つかもしれないけど深く疑わないだろう、と」
「…………」
「ところが提督の私兵、新白衆が陛下の警護を密かにしていることを知らない連中が陛下を意のままに操ろうと陛下を襲撃したら新白衆が出てきた。 それで連中、提督の事を甘く見ていたことを悟ったんだろうね。 だから総督なる男が急遽でてきたわけだ」
車児仙は科学省といわず連中という。
確証がない以上、そう表現するしかない。
もし敵が別にいて我々が科学省を疑うように仕向けている可能性もあるのだ。 さすがウェンデスの名参謀、車児仙。
リーズにはない見地でモノの見方をする男だ。 リーズだとこの時点で科学省を黒と決めつけていただろう。
「で、その後提督は北伐の援軍にこっちの援軍と二転三転。 それは提督を陛下の近辺から排除したいっていう思惑が絡んでるみたいだ」
「なるほど、さすが車司令。 陛下の信任第一位だけはある洞察力だ」
「お褒めに預かり光栄の至り。 まあ、すべて提督と私の話を統合した末に出た憶測なんだけどね」
「憶測でも大したもんだ。 正直、ボク一人じゃ煮詰まっていたところだ」
「となると」
「さっさと済ませて帰るに越したことはないな」
二人は頷き合う。
「じゃあ、話を戻そうか。 んじゃ、最初から今日までの西の戦況は……」
車児仙は語りだした。
開戦当初は、ポシューマス軍を圧倒的に蹴散らし、王都まで迫ったこと。
ポシューマス軍が壊滅した軍を建て直すため王立ポシューマス学園の学生を学徒動員したこと。
その中の学生に問題となっている赤鳥の英雄がおり、指揮権を得た赤鳥の英雄が獅子奮迅の活躍で機甲軍、空軍を打ち破ったこと。
その戦果をもとにライジング軍、リグウェイ軍を自軍に引き込み、あなどれない勢力になったこと。
陸軍を含めた3軍がポシューマス連合軍と会戦し、ゼロ率いる機甲軍が挑発に乗り一敗地まみれそれからなしくずしに敗北したこと。
占領した地区を次々奪回されてしまったこと。
ゼロが独断で本国に援軍を求めたこと。
「だいぶはしょったけどだいたいこんなとこかな」
「なんだ、そりゃ。 ゼロってやつ、指揮官向きではないね」
「まあ、そうだね。 端からみているとただ本能のまま指揮しているようにしか見えなかった。 そんな感じで勝手に動くもんだから統制はとれるわけなくズタボロさ」
「凡属な将が相手ならそれでもいいけど、一度自身が負けた将にその全く変化のない戦法だと戦う前から敗けが決定しているのと同じじゃないか」
「頭の痛いところなんだよね」
「そういえば総指揮官はゼロとかいうやつだったね。 なんで指揮権を取り上げないんだ?」
「それは内部崩壊しろってことかい?」
「内部分裂している今、一度崩壊した方がいい」
「簡単に言うね。 平時ならそれでいいけど今は作戦行動中。 そんなことしたら敵につけこまれるよ」
「すでに敗色濃厚だろ? このままじゃ確実に負ける」
「じゃあ、機甲軍なしであのポシューマス連合に勝つ見込みがあるとでも?」
「……わかった、なら海軍がとるべき道はひとつ。 ゼロの指揮管内には入らない」
「なに言って?」
「命令では援軍に行けのみ。 ゼロの指揮管内に入れとは言われていない」
「すごい屁理屈。 そんなのが戦後に通るとでも?」
「命令違反、独自行動には自称するのもなんだけど定評があるんでね」
「やな定評だこと」
「ま、海軍に任せとけって」
「陸戦で海軍にそんなこと言われたら陸軍の名折れなんだけど」
車児仙は笑いながらそう言った。
「権謀術数や総合的調整では車司令に勝てるとは思わないけど戦場で勝てなきゃ生粋軍人じゃないでしょ?」
「違いないです」
「ま、ボクらが動いたあとの判断は車司令に任せますよ。 願わくば、とっととゼロの解任を迫ってください。 じゃ、ボクらはボクらで動きますんで、宜しく」