メイドは「きっと来る!」の人
俺の名前は春日野秋好。
平々凡々のどこにでもいるような高校1年生だ。
現在、友人であり、わが師というか、寧ろ孔子のような存在のヤツと街中を歩いている。
唐突に何を言っているんだ?と思われるだろうが、願わくば我慢して聞いて欲しい。
何せこれは、物語の冒頭であり、全ての始まりでもあるのだから――
「なあ、従順だけど変態なメイドと無感情で何も出来ないダメダメなメイド……どちらかを選べと言われたらお前はどっちを選ぶ?」
「貧乳メイドだ。その条件だけクリアしていればどちらでも良い」
二択しかない質問に対し、第三の選択肢を出現させる。
一見すると的外れ、しかしこれが俺と親友である康弘のあるある話だ。
「あっ、もしくはその両方を兼ね備えた美少女だな」
そして第4の選択肢を易々《やすやす》と出現させるのも、俺達のクオリティである。
で、そんな返答に対し、我が師は真顔で、というか寧ろ無表情に近い顔で言うのであった。
「んなのいるわけねえだろ」
──ですよねー。いたら見てみたいわ。
そいつはきっと人格的に破綻しているだろう。
「そういうお前はどっちを選ぶんだよ、康弘?」
「オレは敢えて…………恥ずかしがり屋の男の娘だな」
――我が師よ、言い出しっぺが真面目に答えなくてどうする。
「まあ、そんなヤツはそうそういないだろうけど」
「確かに!」
愉快そうにガハハと笑う康弘を見て苦笑する。
「それよりさあ──ん?」
何かを言おうとする康弘。
だが途中で歩行先にある何かに気付き、眉間に皺を寄せる。
「どうした?」
俺は訊ねながら康弘の視線の先を目で辿る。
その途中、康弘は言った。
「ホームレスが血だらけで倒れている」
そう言って康弘は路肩を顎で指す。
「えっ!?あっ……」
その差した先には、長くボサボサの白髪で無精髭を生やし、服は汚れや傷みでボロボロ、そして事故にでも遭ったのか血だらけのホームレスが倒れていた。
「……ちょっと助けてくる」
「待て!!」
ホームレスを助けに行こうと一歩踏み出した瞬間、康弘に右手を掴まれ、止められる。
「なんだよ?」
「お前はバカか!あんなのと関わったらろくな事にならないぞ!」
「確かにそうかもな。でも怪我した人を見過ごすわけにはいかない」
「でもよぉ……」
「心配してくれてありがとな、親友よ。でもここで何もしなかったら、きっと俺は後悔する。だから行って来る」
康弘の手を払い退け、ホームレスへ駆け寄る。そして、傍らでしゃがむと話しかける。
「おじさん、大丈夫ですか?」
「おお……少年よ…こんな汚らしいわたしを助けてくれるのか……?」
「もちろん。それより怪我は?意識ははっきりしているようだけど……救急車呼びますか?」
そう言って、ズボンの右ポケットからスマホを取り出し、画面を開く。
「何故助けるのか……理由を聞かせてはくれぬか……?」
それからそのまま通話アイコンをタップし、救急の番号を入力した所で――
「はあ?今はそれどころじゃ──」
「いいから答えてくれ!」
スマホを掴んで止められる。
「…………」
――いや、今はそれどころじゃないだろ。でも、これに答えないとこの人は永遠に俺の話を聞かないような気がする。なら仕方ない。
逸る気持ちを抑え、一度軽く深呼吸。
それから俺は話し始める。
「性分かな。困っている人を見たらどうしても助けてしまう。例え相手がどれだけ悪いヤツだったとしても、汚れているヤツだったとしても、どうしても助けてしまうんだ。何故だか分からないけどな」
「分からない……?」
小首を傾げるおじさん。そんな彼にこう続ける。
「ああ、でも一つだけ分かる事がある」
「それは?」
「それは俺が人間が好きだから、という事だ」
──何言ってんの俺?何て恥ずかしいヤツなんだ……でも彼とはもう会う事はないだろうから、これぐらいの正直は良いよな?な?
ホームレスはキョトンとした後、フッと笑い、立ち上がる。そして「少年よ、また会おう」と言い残して路地裏へと姿を消した。
──って!怪我はどうしたよ!?もしかして俺は騙されたのか……!?でもまあ、大丈夫ならそれで良いか。
「おい!もう学園祭が始まっている!早く行かないとクラスのヤツらにぶっ殺されるぞ!!」
「ヤバッ!?マジだ!?」
この時の俺は知る由もなかった。ホームレスとの出会いが俺の人生を大きく変えることを……
例えばだ。
もし、男がメイド服を着ていたらあなたはどう思うだろうか?
気持ち悪いと思う?
それともキモいと思う?
ほぼ一択しかない質問ではあるが、俺なら……気持ち悪いと思う。
そして現在、メイド服を着ている俺は非常に気持ちが悪い。
吐気がする。
「ギャハハハハッ!草っ!草生える!!気持ち悪っ!!」
「フンッ!!」
「うごふぅっ!?」
こちらを指差してげらげら笑う康弘。
その鼻っつらに頭突きをくらわすと、康弘は後方に飛ばされ、後頭部をコンクリの壁に強打し、ぐったりと動かなくなった。
これは暫くは起きないだろう。
因みに、何故俺がメイド服を着ているのか?
それは単に学園祭の出し物がそういう仕様だから。
ただそれだけの事。
それなのにいざ学園祭が開始されるからと、男子更衣室で着替え終えたらこの始末。
誠に遺憾だ。
「………俺様、華麗に復活!!」
──チッ!気絶したと思ったのに!
大の字で横たわる康弘を見て、ついに仕留める事が出来たと思った。
だがどうやら思い過ごしだったらしく、すぐに立ち上がりやがった。
「えっ? 何でそんな残念そうなの!?」
「いやいや、別にそのままくたばれば良かったのにとは思っていないぞ?」
「その口ぶり……思ってるのかよ!! ……っ!」
と、ここで康弘は何かを感じたらしく、辺りを見回し始めた。
数秒し、右後方にその何かを見付けると、睨み付ける。
で、彼に倣ってその先を見る。
とある恐怖映画に出て来る貞〇なるお化けのような女が物陰に隠れた。
一瞬しか見えなかったが、髪は全体的に長くて顔が見えず、肌が生気を感じない程真っ白だ。
しかも白いワンピースを着ていたとなると、もうまさに【ooh,きっと来る!】だ。貞〇だ。
もしかしたら俺は一週間後に死ぬかもしれない……どうする?殺られる前に殺るか?
「 殺られる前に殺るか?」
どうやら同じことを考えていたらしい康弘が言う。
――さて、どうしたものか……相手が百パーセント俺達を見ていたとは限らない。だが、もし見ていたのなら僅かながらにも命の危機だ。となると……
「殺るか」
「分かった」
二人で十からカウントダウンを開始する。
五でクラウチング。
三でお尻を突き上げる。
そして一をカウントした後――
「GO!!」
ダッシュした数秒後、幽霊も脱兎の如く逃走を開始する。
俺達もそれなりに速い方だが、あの幽霊はそれ以上に速い。
が、相手は一人でこちらは二人だ。
やりようによっては捕まえる事など容易い。
赤子の首を捻るよりも容易だ。
「康弘、挟み撃ちだ!俺はそのまま追いかけるからお前は窓から飛び降りて先回りしろ!」
「了か──って!ここ三階だぞ!?お前はオレに死ねって言っているのか!?」
「そんなの一言も言っていないだろうが!」
──まあ、消えて欲しいとは常日頃思っているけど。
「とにかく──YOU!!CAN!!FLY!!!」
渡り廊下の突き当りに差し掛かった。
次の瞬間、左を走る康弘の右わき腹に渾身のドロップキックをお見舞いする。
「ちょっ!?待っ!ひぎいいいいいいい!!」
康弘は慣性の法則に逆らえず、金網を突き破り、頭から落下し、姿を消した。
最後に見た彼の瞳からは、絶望と憎しみの籠った雫が零れ落ちていたように見えた。
しかし、それはほぼ百パーセント気のせいだろう。
でももしかしたらという可能性もあるので合掌。
そして──
「──アーメン」
──さて、幽霊を追うか。
「確かあの幽霊は突き当りを右に曲がったよな……よし!って、あれ?」
突き当りを曲がった。
が、その先に幽霊の姿が見当たらない。
──マズった。これじゃあ康弘を突き落とした意味がなくなってしまう。
「どうしたものか……っ!?」
ふと、背後から禍々しい殺気を感じる。
もし振り返ったらその瞬間俺は死ぬ――そう思わせるような鋭くて狂気に満ちた殺気だ。
──どうする!?振り返るか!?でも現状、逃げるが得策だよな!?でも、この殺気の正体が何なのかが気になる!!
子曰く、人間という生き物は一度気になり出したらずっと気になる生き物である。
だから今気になっている女体の謎を解明するために俺は女子風呂を覗く!!
これは有名な話である。
子の漢らしさが際立っていて俺は結構好きだ。
となると、ここは振り返る他ない。
因みにだが、俺にとっての子は孔子ではなく康弘である。
カウントダウンを3から始める事にする。
──3、2、1、今だ!!
そして振り返った瞬間、俺は……
「はぐぅっ!?」
アイアンクローされて、
「ふぎゃっ!?」
右足を蹴り払われて、地面に背中を強打し、
「ぷるぎゅあ!!」
トドメに全体重を乗せたひじ打ちを鳩尾に入れられた。
「〇Ⓑ✕?+〒~~!!」
──痛い痛い痛い痛いっ!!吐く吐く吐く吐くっ!!これ、死ぬ!マジで死ぬわ!!
「こんな軟弱者が私のご主人様だとは……世も末ですね」
暴行を加えた犯人【貞〇】はフンと鼻を鳴らして俺を見下ろす。
そこで初めて彼女の顔が見え、俺は息を飲んだ。
まるで精巧に造り上げられた人形のようだ、と言えば良いのだろうか。
シュッとした鼻筋に桜色の薄い唇。
長い睫毛にどことなく眠たげな目付き。
そして見つめられたら思わずドキッとしてしまうと同時に、目が離せなくなるようなエメラルド色の綺麗な瞳。
肌はやや白すぎる気もする。
しかし、これ程完璧且つ綺麗な顔立ちの女性は今まで見たことがない。
「私の顔に何か付いていますか?」
「あっ、いえ、何も付いていません……」
「なら見つめないでください。まだ母親にはなりたくありませんので」
「ちょーっと待て!普通、目が合っただけじゃ妊娠しないぞ!?」
「えっ……でもご主人様と同じ空気を吸うだけでそうなったという報告がクラスメート女子から──」
「誰情報だよ!風評被害が酷いなっ!?」
「しかも一人だけでなく既に半数のクラスメート女子が──」
「それなんてバイオなハザード!?つか感染力がえぐい!!」
「うっ、早速吐き気が……」
「……………」
──もう、何なのこの娘……考えが極端過ぎ!!
右手で口を押さえる女性を見てそう思う。
と、ここでふと気になった事があるので、それについて訊ねる事にする。
「ちょっと良いか?」
「私にキスしたいという願いなら却下します」
「しねえよ!!それより、そのご主人様ってのは何だ?俺はお前の飼い主なのか?それとも何かのプレイなのか?」
──もし後者だったら内容次第で付き合ってやるとしよう、うん。
「違います。ご主人様……いえ、春日野秋好様は私の雇い主なのです。そして私は秋好様の専属メイドでございます」
「………………は?」




