見張り台のおじさん
見張り台のおじさんの話。
叫んでるだけ。
見張り台の上で、おじさんが叫ぶ。
「敵が来るぞー!」
村人は誰も振り向かない。
畑を耕す音。水を汲む音。子どもの笑い声。
いつも通りの朝だ。
「敵が来るぞー!」
パンを焼いていた女が、ちらりと空を見る。
「はいはい」
それだけ言って、また手元に戻る。
道の向こうに、小さな影が見える。
やがて近づいて、ただの旅人だと分かる。
「ほらな」
誰かが言う。誰も責めない。
おじさんは、また次を待つ。
「敵が来るぞー!」
今度は商人の荷車だった。
牛がのんびり歩いている。
「はいはい」
昼になる。
「敵が来るぞー!」
誰も数えない回数を重ねる。
そして、午後。
遠くに、土煙が上がった。
いつもより大きい。速い。
「敵が来るぞー!」
声が、少しだけ違った。
畑の手が止まる。
水桶が揺れる。
子どもが黙る。
みんな、空を見る。
土煙は、近づいてくる。
音もする。数も多い。
誰かが立ち上がる。
誰かが道具を握る。
おじさんは、同じように叫ぶ。
「敵が来るぞー!」
やがて、姿が見えた。
旗が揺れている。荷が積まれている。
人が笑っている。
大きめの商人の一団だった。
少しだけの沈黙。
「……ほらな」
誰かが言った。
道具が置かれる。
畑に戻る。
水を汲む。
おじさんは、見張り台の上で次を待つ。
「敵が来るぞー!」
村は、今日も平和だった。
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