精神科で見た、宗教と信者の絆
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その男は、もともと寺の住職だったという。
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統合失調症の診断で、閉鎖病棟に入院していた。
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気分の波が激しく、状態が悪いときは大声で読経を唱え、
他の患者に干渉してはトラブルを起こしていた。
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診察では、決まって同じことを言った。
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「薬を強くしないでほしい。聞こえなくなる」
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医師が理由を尋ねると、男は静かに答えた。
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「幻聴じゃない。神のお告げだ」
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信者を、それで救ってきたのだと。
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私は、よくある誇大妄想だと思っていた。
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医師も同じだったのか、薬が減ることはなかった。
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男には、毎日決まった時間に電話がかかってきた。
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受話器を握ると、数分間、念仏を唱える。
手には数珠。上下にゆっくりと揺れていた。
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ある日、面会があった。
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スーツ姿の、身なりの整った男だった。
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菓子折りを差し出し、深々と頭を下げる。
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「その節は、本当にありがとうございました」
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そう言って、さらに頭を下げた。
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「子どもの命を、助けていただいたと聞いています」
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面会は、短時間で終わった。
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問題は、何も起きなかった。
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帰り際、その男はもう一度、深く礼をした。
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私はそれとなく関係を聞いた。
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「信者だ」
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男は、そう答えた。
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「お告げで、救われたらしい」
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そして、ぽつりと続けた。
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「だから、早く戻らないといけない」
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「待っている人がいる」
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その後、男は退院した。
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それから先のことは、分からない。
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ただ――
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あのとき、
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何を信じるべきだったのかは、
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今でも、分からない。
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最後まで読んでいただきありがとうございます。
あのとき見たものが、
どこまで現実だったのかは分かりません。
ただ、ひとつだけ確かなのは、
誰かにとっては“救い”だったということです。
それをどう捉えるかは、
人それぞれなのかもしれません。
もし感じたことがあれば、
一言でも残していただけると嬉しいです。




