収束と残差
教授室に、三人が集められた。
冨田、緒川、谷村。
そして立花は、今回は榊の横に立っている。
榊は前置きをしなかった。
「あなた方が見たものは、“夢”として処理して差し支えありません」
三人の表情がわずかに緩む。
「ただし」
榊は続ける。
「通常の夢と異なる点が一つある」
冨田が、息を呑む。
「あなた方は、“見て理解した”のではない。
理解してから、像を結んでいる」
緒川が眉を寄せる。
「……どういう意味ですか」
立花が、ホワイトボードにあの図を書いた。
【意味 → 像】
「強い記憶や未消化の感情が、睡眠時に先に活性化する。脳はそれを説明するために、最も適した人物像を補完する」
榊はそう言い切ると、マジックのキャップを閉め、ホワイトボードの下のペン置きに静かに置いた。
「警告の内容そのものが、外部から送られた証拠はない。あなた方自身の内部情報だ」
谷村が小さく呟く。
「じゃあ……幽霊じゃない」
「ええ」
榊は即答した。
「少なくとも観測上は」
冨田が両手を握る。
「また、見ますか」
「可能性はある」
榊は隠さない。
「だが頻度は下げられる」
三人の視線が集まる。
「就寝前に強い想起をしないこと。
亡くなった方の写真や映像を、意識的に距離を置くこと。そして、夢の内容を“確定させようとしない”こと」
緒川が聞き返す。
「確定?」
「意味を固定すると、像は強化される」
立花が補足する。
「例えば──誰かの夢を見たからといって、それを“亡くなった祖母だ”と決めつけてしまう……これは僕自身の話なんですけど。そう思い込んだ途端、次も同じ夢を見やすくなる。脳がその形で固定してしまうからです」
榊が頷く。
「曖昧にしておく方が安全だ」
静かな沈黙。
冨田が、ゆっくりと息を吐いた。
「……説明がついた気がします」
谷村も、どこか肩の力が抜けている。
緒川は最後にこう言った。
「先生。ありがとうございました」
*
三人が帰ったあと、教授室は静まり返った。
立花は、ホワイトボードを消しながら呟く。
「これで、終わりですか」
「一応はな」
榊は椅子にもたれた。
「五人中三人。傾向は読めた。
ネットの書き込み主も、分類上は同型だろう」
「もう一人も」
「おそらくな」
榊は目を閉じる。
「全体像としては、説明可能な範囲に収まった」
立花は小さく頷く。
未名ではある。
だが、手は届いた。
そう思いかけた、そのときだった。
「……先生」
「何だ」
「亡くなった方の夢を見るって、《《ほぼ同時期に》》集中していると仰ってましたよね」
榊の目が、わずかに細くなる。
「気づいていたか」
困ったように笑う。
「そうなんだよ」
立花は言葉を待つ。
「実はこればかりは、まだ結論が出ていない」
教授室の時計の音が、やけに大きい。
「今回の件は、
個々の発生機序については説明できた」
榊は続ける。
「だが、“なぜほぼ同時期だったのか”は別問題だ」
立花の背中に、冷たいものが走る。
「偶然……ですか」
「統計的には、説明しづらい」
一拍。
「同時期に複数名が、同種の構造を持つ夢を見る。
しかも互いに接点がない」
榊は立ち上がり、窓の外を見る。
「私は、原因を“個体内”に置いた」
「はい」
「だが、発生タイミングは“個体外”かもしれない」
立花は、何も言えない。
榊が振り返る。
「安心しろ。拡大の兆候はない。連鎖もない」
だが、その目は完全には笑っていなかった。
「今回は収束した。それは事実だ」
立花は頷く。
だが、胸の奥に小さな棘が残る。
「先生」
「何だ」
「もし次も、同じ時期に重なったら」
榊は少しだけ考え、こう答えた。
「その時は、“夢”ではなくなるだろうな」
立花は、その言葉の意味を問わなかった。
榊は言葉を切ったまま、しばらく机上の資料に視線を落としていた。指先が、無意識のように紙の端を整える。
立花が黙って待つ。
やがて榊は小さく息を吐いた。
どこか言いにくそうに、眉間にわずかな皺を寄せる。
「……それと、もう一つ」
立花が顔を上げる。
「仮にすべてが内部再構成だとしても──なぜ“警告”という形になるのか。亡くなった人物像を選ぶ必然は説明できても、内容の方向性まではまだ分からない」
わずかに肩をすくめる。
「そこは、正直に言えば──完全に未解明だ」
教授室の時計は、変わらず時を刻み続けている。
今回の現象は、確かに整理された。
だが。
同じ季節が、もう一度巡ったとき――
何も起きない保証は、どこにもない。
(終わり)




