表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

共通項

 通話が終了すると、画面は静かな待機状態に戻った。

 スピーカー越しに聞こえていた医師の声も、もうない。


 榊はしばらくのあいだ、パソコンの画面を見つめたまま動かなかった。

 メモを取るでもなく、考え込む素振りとも違う。ただ、沈黙している。


 その空気に耐えきれなくなったのか、立花が口を開いた。


「……今の話、どう思います?」


 榊はすぐには答えなかった。

 椅子に深く腰掛け直し、天井を一瞬だけ見上げてから、ようやく言う。


「正直に言えば──厄介だな」


「やっぱり、ですか」


「ああ。典型的な“霊が出た”話でもないし、かといって単なる思い込みで片付けるには、条件が揃いすぎている」


 榊は机の上に散らばったメモ用紙を、指先で軽く揃えた。


「命日が近い。睡眠が浅い。精神的な負荷も大きい。ここまでは説明がつく」


「でも……」


 立花が言葉を継ぐ。


「夢の内容が、妙に具体的でしたよね。部屋の様子とか、立ち位置とか」


「そうだ」


 榊は頷いた。


「夢というのは普通、輪郭が曖昧になる。場面が飛び、時間も歪む。だが、彼の話には“配置”があった」


 榊は、指で空中に四角を描く。


「どこに立っていたか。どちらを向いていたか。何を言われたか──あれは、夢としては出来すぎている」


 立花は、思わず背筋を正した。


「……じゃあ、やっぱり何か、普通じゃない?」


「“普通じゃない”と言うより」


 榊は言葉を選びながら続ける。


「脳が、夢と現実の境界を誤って処理している可能性がある。だが、問題はそこじゃない」


「そこじゃない?」


「同じような体験者が、他にもいるという点だ」


 榊はパソコンの画面を軽く叩いた。


「場所も、生活環境も、人間関係も違う。それなのに、似た時期に、似た内容の“夢”を見る」


 立花は喉を鳴らした。


「……でも、それぞれ事情は違いますよね。

 命日が近い人もいれば、そうじゃない人もいる。共通点が薄い気がします」


 榊はすぐに否定しなかった。

 指先でメモの端を押さえ、ゆっくりと口を開く。


「確かに、表面上はバラバラだ。

 年齢も職業も、生活のリズムも違う」


 そこで一拍、間を置く。


「だが、“同じ種類の話として集まってきている”時点で、無視できなくなる」


 立花は眉を寄せた。


「集まってきている……?」


「そうだ。本来なら、互いに交わらないはずの話が、同じ箱に放り込まれている。それ自体が、もう一つの条件なんだよ」


 榊はそう言って、初めて立花の方を見た。


「だがな、立花君。現時点で言えるのは、ここまでだ」


「ここまで、というと?」


「これはまだ、“現象”ですらない。

 ただの報告の集合体だ」


 榊は、椅子の背にもたれながら、静かに続ける。


「だが──この手の話はな。ある時点を境に、一気に形を持ち始める」


 立花は、無意識に息を止めていた。


「その“ある時点”って……」


「まだ分からん」


 榊はあっさりと言った。


「だからこそ、調べる価値がある」


 そう言って、榊は再び画面に視線を戻した。


            *


 画面が切り替わる。

 今度は自室らしい空間だった。背後に本棚があり、壁は白い。生活感はあるが、どこか整理され過ぎている。


「……あの、うまく話せるか分かりませんが」


 榊の生徒、谷村清登たにむら きよとはそう前置きしてから、一度だけ喉を鳴らした。緊張というより、言葉を選んでいる様子だった。


「父は、僕が小学生の頃に亡くなっています。事故でした。もう……十年以上前です」


 榊は頷き、遮らずに聞いている。立花もメモを取りながら、視線だけを画面に向けていた。


「それまで、父の夢を見たことは一度もありませんでした。正直に言うと……夢そのものを、あまり覚えていない人間で」


「夢を見ない、と?」


 榊が確認するように尋ねる。


「はい。見ていたとしても、起きたら何も残っていない。昔からそうでした」


 谷村は一度、視線を落とした。


「だから、最初は――夢だと気づかなかったんです」


 立花が顔を上げる。


「気づかなかった?」


「はい。目が覚めた時、父が“いた”という感覚だけが残っていて……夢だった、と思い至るまでに少し時間がかかりました」


 榊はペンを止めた。


「どんな状況でしたか」


「場所は、自分の部屋です。今いる、この部屋とほとんど同じで……父は、立っていました。何かを言うわけでもなく、ただ、そこに」


「怖さは?」


 少し間を置いてからの質問だった。


「……怖い、というよりは」


 谷村は言葉を探すように、ゆっくりと続ける。


「現実が、ずれていく感じがしました。起きているのか、まだ夢の続きなのか、分からなくなる。父がいること自体より、その感覚の方が……」


 画面越しに、榊は小さく息を吸った。


「それは、いつ頃のことですか」


「最近です。父の命日とは、全く関係ありません」


 はっきりとした否定だった。


「命日が近いとか、特別な出来事があったとかも?」


「ありません。季節も、時期も。強いて言うなら……」


 谷村はそこで一瞬、言葉を切った。


「最近、眠りが浅いとは思っていました。でも、それが原因だとは――」


「思えない?」


「はい。今までだって、眠りが浅い時はありましたから」


 沈黙が落ちる。

 画面の向こうで、谷村は背筋を伸ばしたまま、どこか居心地の悪そうな表情をしている。


「それ以降、同じ夢を?」


「いえ。一度きりです。ただ……」


「ただ?」


「夢だった、と整理できるまでに、時間がかかった。それが、一番おかしいと思っています」


 榊はメモに何かを書き込み、最後にこう言った。


「話してくれて、ありがとう。今日はここまでで大丈夫です」


 画面が暗転する。


 通話が切れた後、部屋に残った沈黙は、先ほどまでよりも重かった。


 立花は、メモから顔を上げる。


「……先生」


「うん」


「三人とも、条件が揃っていないですよね」


 榊は否定も肯定もせず、しばらく黙ってから答えた。


「揃っていない。だからこそ――同じ現象が起きているのが厄介なんだ」


 机の上には、事例ごとのメモが並んでいる。

 死別の時期も、関係性も、心理状態も一致しない。


 それでも、“死んだ人間が、現実と見分けのつかない形で夢に現れる”。


 榊は、その共通点だけを見つめていた。


(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ