夢の仕組み
榊は椅子に深く腰を下ろし、指先を組んだ。
「まず前提だがな、立花君。夢というのは“映像”じゃない」
立花は一瞬、首を傾げる。
「映像じゃない、ですか」
「正確には、記憶の再編集過程だ。睡眠中、とくにREM睡眠のとき、脳は起きている間に得た情報を整理し直す」
榊はモニターから視線を外し、言葉を選ぶように天井を見上げた。
「その際、時間軸は意味を失う。過去と現在、事実と感情、想像と体験が混ざる。
だから、現実ではあり得ない構図が、夢の中では平然と成立する」
「……それが、よくある夢、ですね」
「そうだ。さらに言えば、夢に“登場人物”は存在しない」
立花は思わず聞き返す。
「存在しない?」
「正確には、脳内で再構成された人格モデルだ。
亡くなった人が出てきたとしても、それはその人本人じゃない。君の中に残っている記憶の断片を、脳がそれらしく並べただけだ」
そこまでは、立花にも理解できた。
どこかで聞いたことがある内容でもある。
「だから通常は――」
榊はそこで、言葉を切った。
「夢の内容は、個人差が極端に大きい。同じ夢を、同じタイミングで、同じ意味合いで見ることは、まずない」
「……ですよね」
「ましてや、住んでいる場所も違う。生活リズムも違う。関係性もない人間が、“同じ主題”の夢を見る理由は、本来説明がつかない」
榊は机の上のメモを指で叩いた。
「考えられる条件はいくつかある。
強い心理的ストレス、睡眠不足、特定の時間帯の覚醒、環境ノイズ――音、振動、匂い。
あるいは、直前に似た情報に触れていた可能性」
「でも先生」
立花が口を挟む。
「それだと、せいぜい二、三人ですよね」
「そうだ」
榊は即答した。
「五人全員に当てはまる“共通条件”が、今のところ見当たらない」
沈黙が落ちた。
その沈黙の中で、立花はずっと引っかかっていたことを、ようやく口にした。
「先生、僕さっきから気になってたんですけど」
「何だ」
「死んだ人の夢を見るって話、ニュースソースは確かなんですよね?
前の入込沢トンネルみたいに、たまたま見かけたネット記事に興味を持ったとか──
そんなんじゃないんですよね」
榊は答えなかった。
ほんの一瞬、視線が泳ぐ。
「──先生?」
「半分は当たりだ」
そう言って、榊はノートパソコンの向きを変え、
モニターを立花に向けた。
「最初は、このネット記事だった。
“亡くなった家族が夢に現れ、同じ言葉を告げた”――よくある話だ。枕元に立つ、なんて言うだろう」
立花は曖昧に頷く。
「ところがだ」
榊はモニターを自分の方へ戻し、続けた。
「知り合いの内科医に相談されたんだよ。
看護師が、亡くなった患者の夢を見たと言って、ひどく憔悴していると」
「はあ……」
「更にはだ。僕の生徒からも、同様の相談を受けた。
昨年亡くなった父が、夢に頻繁に現れる、とね」
榊は静かに言った。
「偶然で片づけるには、数が揃いすぎている」
榊はマウスを操作しながら、淡々と続けた。
「それで調べに調べていくとだな、その内科医の友人のところにも、同じようなことを言い出す人間が現れた」
立花は思わず身を乗り出す。
「友人、ですか」
「別の病院だ。診療科も違う。直接の接点はない。
ただ――“死んだ人が夢に出てきて、同じようなことを告げられた”という一点だけが一致している」
榊は一度、言葉を切った。
「さらに、ネット上でもう一件。
掲示板の片隅に、埋もれるように書かれていた」
「……」
「合計、五件だ」
その数字が、教授室の空気をわずかに重くした。
五人。
多すぎる。
しかし、社会現象と呼ぶには、少なすぎる。
「場所も、年齢も、立場もバラバラ。
知り合い同士でもない。
同じ宗教でも、同じコミュニティでもない」
榊は椅子の背に体を預け、低く息を吐いた。
「共通しているのは――
“亡くなった人物が夢に現れた”ことと、
“そこで告げられた内容が、本人にとって意味を持っていた”ことだけだ」
立花は、喉の奥にひっかかるものを感じながら尋ねた。
「それって……先生の言う“偶然が重なった”範囲なんですか」
榊は即答しなかった。
代わりに、静かに首を振る。
「偶然だと仮定するなら、まだ説明が要る。
どんな偶然が、なぜこの形で、五回も起きたのか――な」
教授室の時計が、小さく秒を刻んだ。
「だから私は、これは“幽霊”の話じゃないと思っている」
榊は、机に散らばった資料に視線を落とす。
「だが同時に、今の科学では、まだ名前を与えられない」
立花は、嫌な予感を抑えきれなかった。
――これは、また。
「先生」
「分かっている」
榊は苦笑し、言った。
「君が関わる羽目になる、未名現象だ」
(続く)




