表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

夢の仕組み

 榊は椅子に深く腰を下ろし、指先を組んだ。


「まず前提だがな、立花君。夢というのは“映像”じゃない」


立花は一瞬、首を傾げる。


「映像じゃない、ですか」


「正確には、記憶の再編集過程だ。睡眠中、とくにREM睡眠のとき、脳は起きている間に得た情報を整理し直す」


榊はモニターから視線を外し、言葉を選ぶように天井を見上げた。


「その際、時間軸は意味を失う。過去と現在、事実と感情、想像と体験が混ざる。

だから、現実ではあり得ない構図が、夢の中では平然と成立する」


「……それが、よくある夢、ですね」


「そうだ。さらに言えば、夢に“登場人物”は存在しない」


立花は思わず聞き返す。


「存在しない?」


「正確には、脳内で再構成された人格モデルだ。

亡くなった人が出てきたとしても、それはその人本人じゃない。君の中に残っている記憶の断片を、脳がそれらしく並べただけだ」


そこまでは、立花にも理解できた。

どこかで聞いたことがある内容でもある。


「だから通常は――」


榊はそこで、言葉を切った。


「夢の内容は、個人差が極端に大きい。同じ夢を、同じタイミングで、同じ意味合いで見ることは、まずない」


「……ですよね」


「ましてや、住んでいる場所も違う。生活リズムも違う。関係性もない人間が、“同じ主題”の夢を見る理由は、本来説明がつかない」


榊は机の上のメモを指で叩いた。


「考えられる条件はいくつかある。

強い心理的ストレス、睡眠不足、特定の時間帯の覚醒、環境ノイズ――音、振動、匂い。

あるいは、直前に似た情報に触れていた可能性」


「でも先生」


立花が口を挟む。


「それだと、せいぜい二、三人ですよね」


「そうだ」


榊は即答した。


「五人全員に当てはまる“共通条件”が、今のところ見当たらない」


沈黙が落ちた。


その沈黙の中で、立花はずっと引っかかっていたことを、ようやく口にした。


「先生、僕さっきから気になってたんですけど」


「何だ」


「死んだ人の夢を見るって話、ニュースソースは確かなんですよね?

前の入込沢トンネルみたいに、たまたま見かけたネット記事に興味を持ったとか──

そんなんじゃないんですよね」


榊は答えなかった。


ほんの一瞬、視線が泳ぐ。


「──先生?」


「半分は当たりだ」


そう言って、榊はノートパソコンの向きを変え、

モニターを立花に向けた。


「最初は、このネット記事だった。

“亡くなった家族が夢に現れ、同じ言葉を告げた”――よくある話だ。枕元に立つ、なんて言うだろう」


立花は曖昧に頷く。


「ところがだ」


榊はモニターを自分の方へ戻し、続けた。


「知り合いの内科医に相談されたんだよ。

看護師が、亡くなった患者の夢を見たと言って、ひどく憔悴していると」


「はあ……」


「更にはだ。僕の生徒からも、同様の相談を受けた。

昨年亡くなった父が、夢に頻繁に現れる、とね」


榊は静かに言った。


「偶然で片づけるには、数が揃いすぎている」


榊はマウスを操作しながら、淡々と続けた。


「それで調べに調べていくとだな、その内科医の友人のところにも、同じようなことを言い出す人間が現れた」


立花は思わず身を乗り出す。


「友人、ですか」


「別の病院だ。診療科も違う。直接の接点はない。

ただ――“死んだ人が夢に出てきて、同じようなことを告げられた”という一点だけが一致している」


榊は一度、言葉を切った。


「さらに、ネット上でもう一件。

掲示板の片隅に、埋もれるように書かれていた」


「……」


「合計、五件だ」


その数字が、教授室の空気をわずかに重くした。


五人。

多すぎる。

しかし、社会現象と呼ぶには、少なすぎる。


「場所も、年齢も、立場もバラバラ。

知り合い同士でもない。

同じ宗教でも、同じコミュニティでもない」


榊は椅子の背に体を預け、低く息を吐いた。


「共通しているのは――

“亡くなった人物が夢に現れた”ことと、

“そこで告げられた内容が、本人にとって意味を持っていた”ことだけだ」


立花は、喉の奥にひっかかるものを感じながら尋ねた。


「それって……先生の言う“偶然が重なった”範囲なんですか」


榊は即答しなかった。


代わりに、静かに首を振る。


「偶然だと仮定するなら、まだ説明が要る。

どんな偶然が、なぜこの形で、五回も起きたのか――な」


教授室の時計が、小さく秒を刻んだ。


「だから私は、これは“幽霊”の話じゃないと思っている」


榊は、机に散らばった資料に視線を落とす。


「だが同時に、今の科学では、まだ名前を与えられない」


立花は、嫌な予感を抑えきれなかった。


――これは、また。


「先生」


「分かっている」


榊は苦笑し、言った。


「君が関わる羽目になる、未名現象だ」


(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ