選考結果
件名 : 採用選考結果のご連絡
立花 彰 様
この度は、弊社の採用選考にご応募いただき、誠にありがとうございました。
また、ご多忙の中、面接にご参加いただきましたこと、心より御礼申し上げます。
慎重に選考を進めさせていただきました結果、
誠に残念ではございますが、今回はご期待に添えない結果となりました。
立花様のご経験やお考えには高く評価すべき点も多くございましたが、
総合的に判断した結果、今回は見送らせていただくこととなりました。
何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
立花様の今後のご健勝とご活躍を、心よりお祈り申し上げます。
株式会社〇〇
人事部 採用担当
───
画面をスクロールし終えた指が、そのまま止まった。
もう一度、上に戻る気にはなれなかった。
どこを読み返しても、書いてあることは変わらない。
立花彰は、スマートフォンを伏せるようにしてベッドの上に置いた。
――落ちた。
言葉にすれば、それだけのことだ。
だが、頭の中ではなかなか整理がつかなかった。
書類は通った。
一次、二次と面接も進んだ。
手応えがなかったわけではない。むしろ、その逆だった。
自分なりに、きちんと話せたと思っていた。
建築学科で何を学んでいるのか。
なぜその会社を志望したのか。
どんな現場に関わりたいのか。
少なくとも、途中で遮られることもなかった。
頷きながらメモを取る姿も見えた。
――だからこそ、余計に堪えた。
理由が、どこにも書いていない。
評価すべき点があった、と言われても、
それが何だったのかは分からない。
総合的に判断した、と言われても、
どこが足りなかったのかは示されない。
否定されていないのに、選ばれていない。
その宙ぶらりんな感覚が、胸の奥に引っかかっていた。
立花は、背中からベッドに倒れ込むでもなく、
ただ腰を下ろしたまま、しばらく動けずにいた。
部屋は静かだった。
隣室の物音も、外の車の音も聞こえない。
友達に連絡する、という選択肢が一瞬浮かんだが、
すぐに消えた。
誰もが同じ時期に、同じような状況にいる。
愚痴を言い合うには、互いに余裕がなさすぎた。
立花は、無意識に息を吐いた。
――榊先生のところに、行ってみるか。
ふと、そんな考えが浮かぶ。
あそこに行けば、少なくとも就活の話はしなくて済む。
未名現象だの、観測だの、
現実から半歩ずれた話をしていれば、
この胸の重さも、少しは紛れるかもしれない。
だが、すぐに別の考えが追いかけてくる。
……いや、待て。
まさか今、何か調べている最中なんてことはないだろうな。
そんな都合よく、未名現象が次から次へと起きるわけがない。
もし、あったら――
また、呼び出される。
立花は、天井を見上げたまま、苦笑にもならない表情を浮かべた。
そんな偶然、あるはずがない。
――あるはずがないのに。
その考えが、なぜか頭から離れなかった。
*
しばらく迷った末、立花は北鴎工科大学の研究棟に足を向けた。
見慣れた廊下の突き当たり。
教授室のプレートを確かめてから、軽く息を吸い、
扉をノックする。
「――どうぞ〜」
中から返ってきたのは、少し大きめで、どこか間延びした声だった。
その声の調子だけで分かる。
――何か、調べている。
嫌な予感を胸の奥に押し込みながら、立花は扉を開けた。
部屋の中は相変わらずだった。
壁一面の書架。机の上には積み上げられた学術誌。
そして、その隙間に無理やり置かれたノートパソコン。
榊は椅子に深く腰掛け、
学術誌とモニターを交互に見比べながら、キーボードを叩いている。
立花が入ってきたことには気づいているはずなのに、
こちらを見ようともしない。
「その様子だと――不採用だったようだな」
パソコンの画面を凝視したまま、榊は淡々と言った。
立花は一瞬、言葉に詰まる。
「……僕の方を見ないで、よく分かりますね」
憂鬱を隠そうともせず、そう返した。
榊は、キーボードを打つ手を止めない。
「この時期だ。上手く行っているなら、君が僕のところに来るはずがない」
マウスを動かし、画面をスクロールしながら続ける。
「上手く行っていないから、気分転換がしたくなって、ここに来た。違うかい」
立花は、教授室の真ん中で立ち尽くしたまま、短く息を吐いた。
「……図星です」
榊はそこで初めて、わずかに口元を緩めた。
「だろうな」
だが視線は、相変わらずモニターから離れなかった。
「それで、先生はさっきから何をご覧になってるんですか」
立花は、できるだけ軽い調子でそう聞いた。
――本当は、あまり触れない方がいい。
そう分かっていながら。
榊は、画面から視線を外さないまま、わずかに言葉を探すような間を置いた。
「これは……そうだな。未名現象と言えば、未名現象なんだが――何というか」
言い淀む。
榊が答えを持っていながら、はぐらかすことは珍しくない。
だが、ここまで歯切れが悪いのは、立花にとって初めてだった。
「何か、歯に物が詰まったような言い方ですね。どうしたんですか」
榊は、ようやくマウスから手を離し、椅子の背にもたれた。
それでも、まだ決めかねている表情だった。
「……死んだ人がな」
一拍。
「夢の中で、語りかけてくるというんだ」
立花は、思わず眉をひそめた。
「先生、それ――それこそ、れっきとした未名現象じゃないですか」
「まあ、そう聞こえるだろうな」
榊は淡々と肯定も否定もせず、続ける。
「問題は、それが一人じゃない」
立花は、言葉を失った。
「……複数、ですか」
榊は静かに頷いた。
「別々の人間の夢に、ほぼ同時期に現れている」
教授室の空気が、わずかに重くなる。
立花は、胸の奥で嫌な予感が形を持ち始めるのを感じていた。
榊は椅子から立ち上がり、掌を立花に向けた。
「それも五人もだ」
立花は思わず息を吸った。
「……五人」
数字にすると、急に重みが増す。
一人なら偶然。二人なら噂。だが――五人。
「全員、年齢も職業も違う。住んでいる場所もばらばらだ。
当然、互いに面識もない。ネット上で繋がっていた形跡もない」
榊はそう言いながら、机の上に積まれた学術誌を一冊取り上げ、無意識に頁をめくった。
「共通しているのは、“亡くなった人物が夢の中で語りかけてきた”という点だけだ」
「……その亡くなった人も、別々なんですか?」
立花が恐る恐る聞くと、榊は小さく頷いた。
「全員違う。時期も、死因も揃っていない」
立花は、背中に薄く汗が滲むのを感じた。
「それじゃあ……」
「幽霊だ、と言われれば、否定しづらい形ではあるな」
榊はそう言いながらも、声音に確信はなかった。
むしろ、どこか慎重すぎるほどだ。
「だが、私は気になっている」
榊はパソコンの画面を指先で軽く叩いた。
「彼らが“語りかけられた”内容だ」
「内容?」
「全員、ほぼ同じことを言っている」
その言葉に、立花は顔を上げた。
「同じ……?」
「ああ。細部は違う。言い回しも、声も、姿も違う。
だが、核心部分だけが、不気味なほど一致している」
榊は一拍置いてから、続けた。
「――『まだ終わっていない』
『見落としている』
『ちゃんと見ろ』」
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
「それって……」
「忠告とも、警告とも取れる。だがな、立花君」
榊は、ようやく立花の方を見た。
「死者が伝えたい言葉としては、あまりにも抽象的すぎる」
立花は、言葉を失った。
「……先生。じゃあ、それは一体」
榊は、すぐには答えなかった。
視線を落とし、しばらく考え込んでから、静かに言う。
「まだ分からん。だが少なくとも――」
榊は、低く、はっきりと続けた。
「これは“誰かが何かを伝えてきた”現象じゃない。
人間の側で、同じ何かが起きている」
立花は、その言葉を反芻した。
場所も違う。人も違う。
それなのに、同じ夢を見る。
それは、幽霊よりも――
ずっと厄介な話に思えた。
「でも先生、こんなに場所がばらばらで、同じ現象が起きるなんてこと、あるんですか」
立花の問いに、榊は即答しなかった。
指先で顎を軽く撫で、少し考えてから答える。
「……普通は、ないな。私もこの手の研究を始めてから、経験したのはせいぜい二、三度だ」
「その時は、原因は全く別だったんですか」
「見事な程に」
榊は短く答え、再び椅子に腰を下ろした。
「共通点があるように見えて、掘り下げていくと全く別の要因だった。睡眠環境、薬物、心理的ストレス、脳波の異常──どれも一致しなかった」
立花は無意識に息を呑んだ。
「……じゃあ、今回も?」
「だから厄介なんだよ」
榊はモニターからようやく目を離し、立花の方を見た。
「場所も、人間関係も、生活環境も違う。それなのに“同じ語りかけ”をしている。これは、過去の事例とは性質が違う」
「それだけ珍しいのに、どうして世の中は騒がないんですか」
「騒いでいるさ」
榊は苦笑に近い表情を浮かべた。
「ただし、《《まともには》》取り合われない。
夢の話、死者の声、偶然の一致――どれも科学の外に押し出されやすい」
榊は椅子に深く腰を下ろし、背もたれに身を預けた。
「だがな、立花君。これにも、きっと科学的な理由はある。ただ、まだ理論が追いついていないだけだ」
そう言って、榊は長く息を吐いた。
それは諦めではなく、むしろ慎重さの表れに見えた。
「問題は――」
榊は、低く言葉を区切る。
「それを、論理として突き止められるかどうかだよ」
立花は黙って頷いた。
幽霊か、偶然か、錯覚か。
そのどれでもない“第三の答え”が、まだ輪郭を持たないまま、この部屋のどこかに漂っている気がしていた。
榊の机の上には、いくつもの書籍が散乱していた。
背表紙に並ぶ文字を、立花は思わず目で追う。
――予知夢。
――霊視。
――集合的無意識。
――超能力。
「……随分、そっち方面ですね」
立花が呟くと、榊は苦笑した。
「勘違いするな。信じているわけじゃない」
榊は一冊を手に取り、ぱらりと数ページをめくる。
「人は、説明できない現象に名前を付けてきた。その名前が、たまたま“霊”や“予知”だっただけだ」
本を机に戻し、今度は別の資料に手を伸ばす。
「重要なのは呼び名じゃない。
“なぜ、そう呼ばれるに至ったか”だ」
立花は、机に積まれた本の山を見つめた。
「じゃあ先生は……」
「切り捨てるために全部見る」
即答だった。
「ここに答えはない。だが、答えでないものを潰していくには必要だ」
(続く)




