第6話 幸せな日常
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レティシアが再びベッドに戻り、すやすや眠り始めたのを確認すると、少しの間クロにそばにいてもらうようにお願いしてから、ドロテとエタンは家の外に出た。
扉から少し離れたところで、エタンと一緒に満天の星空を見上げる。
(さっきの言い合い、まるで昔みたいだったわ)
言いたいことを言いたいだけぶつけ合い、二人の気持ちを確かめ合っていた子供の頃。
そういえば、いつからドロテは自分の気持ちを隠すようになったのだろうか。
エタンが剣術学校に通い始めて、会う回数が減ってからだったかもしれない。
自分の気持ちをぶつけたらエタンに嫌われるかも、とか。あの温かみのある声が聞けなくなるかも、とか。考えていたのもその頃だ。
自分自身を欺いて、自分の気持ちを隠してしまっていた。
だからエタンの言葉も素直に受け入れられなかったのだ。
(でも、いまは違う)
数年ぶりの言い合いは、二人の間にあったわだかまりを取り払ってくれた。
彼の気持ちは理解した。
後は、自分の気持ちを彼に伝えるだけ。
「ねえ、エタン」
夏の夜でも、森のあたりは涼しい。
それなのに、さっき彼に抱きしめられたあたりから、熱を感じる。
伝える言葉は決まっているのに、口から出てくるのは違う言葉だった。
「あなたが召喚された理由がわかったわ」
「ん?」
期待していた言葉ではなかったからか、エタンが困惑の声を上げる。
「古い魔術書をよく読み直したら書いてあったの。使い魔の召喚は自分が一番望むものが召喚される。それは魔法生物に限定されるけれど、より強い思いと大量の魔力が合わさると稀に違うものが召喚されるみたいなの」
召喚のとき、レティシアが思い浮かべていたのはクロと同じ黒猫だと思っていた。
でも、違った。
レティシアはドロテが思っているよりも、ずっと強く父親という存在を求めていたのだ。
それが自覚してのことだったのか、無自覚だったのかはわからない。
レティシアの思いの強さに召喚の魔法陣が作用して、父親を召喚したのだろう。
「私の娘はやっぱり天才よ。きっと将来、大物になるわ」
「そうだな。俺たちの子供だから当たり前かもしれないが」
親バカのような会話だけれど、あながち間違いではないと思わせる。
「で、ドロテ。それ以外に、俺に言うことはないのか?」
ふいに、エタンの顔が近づいてくる。
とっさに、ドロテは一歩だけ下がった。
「えっと……」
「俺は、まだおまえの気持ちを正式に聞いていない」
「……っ」
あの夜は惚れ薬の熱があったから咄嗟に口走ってしまったけれど、こうして素面で向かい合うと素直な言葉がなかなか出てこない。
だが、エタンの気持ちを確認したばかりで、ドロテの気持ちを伝えないのは不公平だろう。
ぬ、だとか、ぬわ、とか言いながらも、ドロテは観念して口を開いた。
「……あ、あなたのことが、好きだわ」
その気持ちは、いまも変わっていない。
「俺も好きだ、ドロテ。これからも一緒にいてくれないか」
「ええ。……でも、レティシアの気持ちが一番よ」
「ああ。五年間、父親をできなかった分、埋め合わせは必ずする。もちろん、ドロテの夫としてもな」
紫色と若草色の視線交わる。
エタンの腕が腰に回る。
ドロテは、そっと彼の頬に手を伸ばした。
何かに気づいたエタンが、ゆっくりと身をかがめる。
そして、どちらからともなく顔を近づけると、唇を重ねるのだった。
◇◆◇
「ママー。はやくはやく」
森の家に、レティシアの声が響き渡った。
ドロテは洗ったばかりの食器を水切りに立てかけると、手を拭いて声がしたほうに慌てて向かった。
声が聞こえるのは地下からだ。
どうやら今日は、よっぽど待ちきれなかったみたいだ。
「いま行くわよ」
ドロテの声に呼応するように、クロが足元を駆けていく。
「みんな気が早いわね」
地下に降りると、レティシアはもうすでに魔術書を片手に魔法陣を書いていた。
それをじっと見守る影が二つ。
長身のエタンと、小さなクロだ。
クロはエタンのことを警戒していた様子だったが、最近はよくエタンの膝の上で昼寝をしている姿を見かける。まるでわだかまりが解けたみたいに、すっかり彼に懐いてしまったようだ。
「ママ、書けたよ。みてみて!」
「はいはい」
床に書かれた魔法陣を確認するが、今回は問題ないようだ。心なしか、前よりも上達している気が……いや、確実に上達している。さすが娘、大天才。
「もういいよね?」
「ええ、いいわよ」
レティシアが呪文を唱え始める。
「……な、なあ、本当に大丈夫なのか?」
「心配しすぎよ。レティシアなら問題ないわ」
「でも、前のことがあるし」
ハラハラと眺めるエタンの手に、ドロテは安心させるように自分の手を重ねる。
彼が不安に思う気持ちは理解できる。
前の使い魔の召喚で、レティシアが召喚したのはエタンだ。
それは彼女の望みが強すぎたから起きたことで、きっと二度目はないだろう。
「あなたがそばにいるじゃない。レティにも、認めてもらえたでしょ?」
数日はかかったが、レティシアはエタンのことを「使い魔」ではなく「パパ」と呼ぶようになった。
レティシアが言葉を話し始めてからはずっとママばかりだったので、少し寂しさを覚えたけれど、娘の幸せそうな顔を見ているだけでドロテは十分だった。
「だが、悪魔とか召喚したらどうするんだ?」
「ふふ、心配性ね。きっとそれも大丈夫だわ。だって、レティは天才だもの」
「……まあ、確かに、俺たちの子供だものな」
レティシアの召喚は、今回は失敗しないはずだとドロテは信じている。
魔法陣が光を放ち始める。
それが部屋全体を包み込んでいく。
「にゃおん」
光の中から、猫の鳴き声が聞こえた。
「ほら、大丈夫でしょう」
「ああ、猫っぽいな」
エタンと顔を見合わせて微笑み合う。
足元で、クロが大きく伸びをする。
きっかけは惚れ薬だったけれど。
ドロテは娘という宝物に巡り合えた。
思わぬきっかけでエタンとの想いを確かめ合うことができた。
ドロテは、いまの幸せな日常に、ただただ感謝の気持ちでいっぱいになった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
少しでもお楽しみいただけましたら、幸いです。




