第4話 どこにもいかないで
王女はプライドの高い女だった。
護衛になったばかりのエタンは、平民であることをなじられて、そばに寄らないでとよく言われたものだ。
だが、五年という月日は人を変えるらしい。
彼女は次第にエタンに色目を使うようになってきて、甘い言葉で誘惑しようとしてきた。
ほかの護衛騎士がそれで不幸な目にあっていることをエタンは知っていた。護衛を解雇されるのは不名誉なことだけれど、それだけならまだマシなほうだ。なかには体の一部を切り落された者もいた。手や足の指とかだけれど、それだけでも騎士にとっては致命傷だ。
国王は娘である王女を甘やかして育てた。そのため王女は自分の意見が必ず通るものだと思っている。
エタンを標的に定めた王女は、エタンがかわすたびに癇癪を起こした。
そしてとうとう強硬手段に出た。
王女はエタンを呼びつけると、甘えたようにエタンの体に触れようとした。
でも、エタンはすぐにその手を避けたのだが、そこで王女が悲鳴を上げたのだ。
そして入ってきた他の護衛騎士たちに両側から押さえつけられて、王女の体に触れようとした罪により、その手を切り落とされることになった。
騎士にとって手は大切なものだ。剣が握られなくなったら騎士ではなくなる。
抵抗しようとしたのだが、身動きが取れなかった。護衛騎士にとって、王女の命令は絶対だ。それに逆らったら重い罰が下される。
たとえいまの行いがおかしいものだと知っていても、そう簡単に反論することはできないのだ。
(俺の人生はここまでか)
そう諦めかけたときだった。
床から光が溢れエタンの体を包み込んだのは――。
◇
なぜエタンが、召喚に巻き込まれたのかはわからない。
当初は、もしかしたら自分に使い魔としての能力があるのではないかと考えたが、ドロテと話した結果それはありえないと言われた。
使い魔の召喚で、人間が召喚されたのは前代未聞だそうだ。
もしかしたら召喚の術式が間違っていた可能性があると、話し合いが終わるとドロテは地下に篭って朝まで出てこなかった。
(こういうところは変わってないんだな)
エタンの知るドロテは、昔からひとつのことに夢中になると周りが見えなくなることがあった。
昔から調薬に興味のあった彼女は、薬の材料を探すために森の中に入っては、外が暗くなっても帰ってこないこともあった。
その度に、ドロテの母がすぐに彼女を見つけ出して叱っていたのを懐かしく思い出す。
(あの時も、そうだったな)
懐かしい記憶を思い出していると、レティシアが寝ぼけ眼をこすりながら起きてきた。
「レティシア、おはよう」
呼びかけると、怪訝な顔になる。
「あー! 使い魔、本当に召喚できたんだ!」
「俺は使い魔じゃなくて、レティシア……君の、父親だ」
自分と同じ若草色の瞳が真ん丸になったかと思うと、すぅーっと細くなる。
「あなたが私のパパ? 何を言っているの? 使い魔は使い魔よ。パパなんかじゃないもん」
「いや、俺は本当に君のパパなんだ」
「パパじゃないもーん」
レティシアはフンと鼻を鳴らすと、そっぽを向いてしまった。
エタンはどうにか娘の機嫌を取ろうと声をかけ続けるが、全然取り合ってもらえない。
そうこうしているうちに、ドロテもリビングにやってきた。
挨拶をして朝食を終えると、レティシアが「あー!」と声を上げた。
そしてエタンの腕を引っ張ると、得意げにこう言ったのだ。
「命令よ。私をお祭りに連れて行きなさい」
「お祭り?」
「今日は町でお祭りがあるのよ」
もう夏真っ盛りだ。夏祭りはどの町村でもやっている。
「そうか。レティシアは遊びに行きたいんだな」
「私のことは、レティシアじゃなくてご主人様って呼ぶのよ。あなたは私の使い魔だから」
「――はい。拝命いたしました、ご主人様」
王女の命令とは比べ物にもならないほど、かわいい命令だ。
娘の頼みであれば、お祭りのひとつやふたつ、いくらでもお供しよう。
エタンの様子を見たドロテが、くすっと笑う。
「お祭りは夕方からだから、みんなで一緒に行きましょうね」
(……なんだか家族みたいだな。いや、家族? なんだけど)
◇
「使い魔、あれ食べたい!」
レティシアに命令されるがまま、エタンはお祭り会場を走り回っていた。
首都の祭りに比べると派手さはないものの、人の多さは変わらない。
もしかしたらはぐれてしまうかもしれないぞ、そう思ってレティシアと手を繋ごうとするのだが、なぜか毎回するりとかわされてしまう。ドロテはそんなエタンの様子を見て、くすくす笑っていた。
「ねえ、あれ何?」
次にレティシアが興味を見せたのは、広場で行われていた大道芸だった。
白塗りの顔に赤い鼻のピエロの格好をした二人組が、ボール遊びをしてはわざと転んだりして大衆を賑わせている。
一人のピエロがボールでジャグリングを始めた。最初は少ない個数だったが、徐々に数が増えていく。
どよめきが起こり、何が起きたのかと視線を誘導されると、もう一人のピエロが大きなボールを抱えていた。どうやらそのボールでジャグリングをしようとしたようだったが、もちろん失敗する。
観客からは大きな笑いが起こり、多くの人が笑顔になった。
エタンはふと隣にいるレティシアの様子を見た。
レティシアは先程まではジャグリングをするピエロに目を輝かせていたのだが、いまは別の方向を向いている。
どこを見ているのか視線を辿ろうとしたら、レティシアに服の裾を引っ張られた。
「ねえ、しゃがんで」
「こうか?」
レティシアと同じ目線になるように、膝を曲げて腰を落とすと、レティシアはまた別の方向を見たかと思うと、もっともっとというようにエタンの腕を引っ張った。
「命令よ、肩車して」
「拝命いたしました」
命令されるがまま、レティシアを肩車する。
立ち上がると、彼女の体は周囲の大人よりも高いところにあった。
「わあ、高い高い」
頭の上で、レティシアがはしゃいでいる。
エタンはドロテと笑いあった。
肩車をしてから、レティシアはご満悦だった。
空に上がった花火の音に驚きながらも、「でかい、きれい」と口々に言って、お祭りを楽しんでいた。
花火が終わるころには眠気がやってきたのか、エタンの腕の中で眠ってしまった。
「はしゃぎすぎて、疲れてしまったようね」
「子供は、元気なんだな」
「ええ。あなたも子供の頃はそうだったわよ」
エタンは、幼い頃から騎士を目指して剣の修行をしていた。
本物の剣に触れたのは学園に入ってからで、それまでは木の棒を振り回していた。
ドロテと会ったのは、そんな修行の日々だった。
訓練の途中、エタンは誤って転んで膝を怪我した。
そこにたまたまドロテが通りかかって、怪我の手当てをしてくれたのだ。
膝の怪我に薬を塗っているドロテの真剣な紫の瞳に、幼いエタンは心惹かれた。
そしてエタンはドロテとよく会うようになった。
外で遊んでばかりのエタンとは違い、ドロテは常に家の中にこもっていた。
そんなドロテのもとに遊びに行くのが、子供のころのエタンの楽しみでもあった。
あれはいつだったのか。詳しくは覚えていない。
でも、ドロテが調薬に失敗して落ち込んでいた時だったと思う。
エタンはドロテを励ますために、ある約束をした。
その約束を胸に学園に入学して、騎士になって、そして王女の護衛まで出世を果たした。
もうすっかり夢を叶えたエタンは、あの夜、本当は自分の気持ちを彼女に伝えるつもりだった。
だけど緊張して、机の上にあった瓶の香りに惹かれるまま飲んでしまい――。
薬の影響で熱に浮かされてしまって、彼女の告白に感極まったまま、一夜を共にしたのだ。
翌日、ドロテが姿を消したことにより、エタンは自分の行為を悔いた。
あの夜からずっと、彼女に謝りたいと思っていたのだ。
それなのに再会した時、また彼女が逃げるかもしれないと思って、勢いのまま抱きしめてしまった。
初対面の娘からしたら、突然現れた男が母親をいじめている姿に見えてしまったのかもしれない。レティシアがすぐ心を開いてくれなかったのも当たり前だ。
森まで来ると、祭りの喧騒は遠のいていた。
家に入る直前、エタンはドロテに声をかけた。
「ドロテ。俺は、ずっとおまえに――」
腕の中で、レティシアが身じろぎした。
薄く目を開けたかと思うと、エタンのことを見上げて口をもごもごさせる。
「……ん……パパ……どこにもいかないで……」
レティシアはまたすぅすぅ寝息を立てた。
「どこにもいかないぞ。これからは、ずっと一緒だ」
その言葉にドロテが目を伏せるのを、エタンは見逃さなかった。




