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中編




ノルトルティアが王立大学院に入学して一年が過ぎ、ノルトルティアは第二学年になった。


「魔畜結晶が持つ魔力蓄積容量は、品質に比例します。ですが、高品質の魔畜結晶を一つ作る素材と制作時間があれば統計上、低品質の魔畜結晶が4つは作れます。1つの高品質魔畜結晶に蓄積する魔力量を10とした場合、低品質魔畜結晶4つへの総魔力蓄積量は20。ですので、魔畜結晶は品質より、数を優先するのが理想という学説に、わたしも同意です」


ノルトルティアが教師の問いに答えると、

「おおお、流石ノルトルティア様!先生が聞かれたのは本来第四学年への問いだぞ」

「すでに大学院第四学年分まで全て学ばれていらっしゃるとか。まさに王を目指されるに相応しいとても優秀なお方ですわ!」

教室の生徒達が次々と感嘆の呟きを口にし、

「最新学説まで学んでいらっしゃるのですね。素晴らしい!教師の中でも最新学説まで追う者は限られておりますのに。ああ、驚きのあまり私としたことが失念しておりました。どうぞお掛け下さい、ノルトルティア様」

教師に感心される日々。


「魔力でペンを掴んで文字を書かれたぞ!ここまで魔力操作が出来るものなのか!」

「先日は、教室の窓全てを同時に開かれたんですよ。しかも、同時に鍵を開けて。膨大な魔力をそこまで操作なされるんですから、わたくし感動しましたもの」

「それはなんとも凄い事。流石最高位の『竜人』様だ。今後のためにお近づきになりたい所だが、私ごときでは恐れ多くて」

「わかりますわ。わたくしも父から願われていますけれど、未だに話しかける勇気が持てませんもの」


魔力を持つ者のみが受ける授業で、魔力操作を披露してもまた、同じ学年どころか上位学年の生徒にまで驚き賞賛される日々だ。


しかし、ノルトルティアが望むのは賞賛ではないし、もっと言うなら望む相手は彼らではない。

ノルトルティアが望むのは、

「はあ、ティティ………」

そういう事である。


「最近、ノルトルティア様のご様子が………」

「ため息をつかれる事が多くなったね」

「憂いを帯びたお顔も美しいですが、王を目指す方の憂いを喜ぶ訳にもいきませんね」

「そうですね、原因が何か分かればいいのですが………」


ノルトルティアの憂いは周囲の学生たちに気づかれる程で。

しかし、気づいているのは周囲の学生ばかりではない。


「ノルティ様?最近お元気が無いのですかニャ?」


ノルトルティアの顔を超至近距離で覗き込むティティに、

(上目遣いっ!ティティの上目遣いっ!ああ、わたしの心臓耐えるんだ!ああああ!)

早鐘のようになり続ける心臓の音に、内心のみでティティの可愛さに絶叫を上げつつも、

「ああ、な、なんでもないよ?ティティ、わたしは大丈夫」

気持ちを押し留め、押し殺して平静を装って答え、

「お熱でもあるのですかニャ?ノルティ様、じっとしていてくださいニャ」

至近距離のティティの可愛い顔がもっと近づいてくるから、

(な、な、なに?ま、ま、まさか、キ、キ、キ、キス?)

身を固くしてぎゅっと目を瞑って永遠にも思えるその時間を耐え、

「ニャ。お熱はないようですニャ」

ノルトルティアの額にティティの額が当てられたのだと気づいてやっと、

(キスなんてはずはないじゃないか。わたしのバカバカバカ)

ノルトルティアは瞑っていた目を開いたが、眼前にティティの顔があって、彼女の息が顔に当たるのを感じて、可愛い小さな唇がノルトルティアの唇に触れそうなほど近くにあって、

「あ、あわ、あわわ―――」

ノルトルティアは再び身を固くし目を瞑って、その可愛さの暴力から逃げ出した。


ティティの顔が離れた気配を感じてやっと目を開いたノルトルティアだったが、

「ノルティ様は頑張りすぎだとティティは思います」

ティティがいつになく真剣に言ってくれてなお、

「わたしには頑張る事しかできないからね。皆『竜人』が優秀である事を望むんだ。恵まれた身で生まれた分、皆の望みに応えなければいけない。それがわたしの義務だと思う。だから、手は抜けない。心配してくれているのに、すまないね。ティティ」

努力を放棄する訳にはいかないとティティの心配を無碍にする。


「ティティは、ノルティ様が『竜人』だからなんて思ってません。ノルティ様はノルティ様です。ですから、ティティの前では頑張らなくて良いのです。ティティに甘えてくれて良いのです。ナデナデだって、膝枕だってノルティ様が癒されるなら、ティティはなんだってするのです―――あ、ニャ」


ノルトルティアがティティの心配を無碍にしたと言うのにティティは優しく可愛く笑うから、

(ああ、好きだなあ。わたし、ティティが大好き………)

ティティの言葉で心が元気になるのを、胸が温かくなっていくのを感じて、

「ありがとう、ティティ。では、ティティに甘えるとしよう。紅茶とお菓子を用意してもらえるかな。わたしとティティの分をね。一緒にお茶してくれるかい、ティティ?」

気持ちは押し隠したまま、それでもティティと一緒にいられるだけだと幸せだとティティに願い、

「はいニャ。いまご用意しますニャ。ノルティ様」

ティティ答えてくれた笑顔に心臓がまたドクンと強く打ってしばらく動けそうになかったが、ティティとのお茶を楽しみに、ゆっくり待つ事にした。



ティティと過ごす毎日は、ノルトルティアには胸が温かくなるが、ティティへの想いを明かす事も、募っていく愛情を悟られる事も決して許されない心が痛む日々でもある。

それを、ノルトルティアは勉強時間と鍛錬時間を一層増やして疲れ切る事で煩悩を振り払おうとした。

人の数倍の努力を続けているノルトルティアのさらに上回る努力など、無茶でしかないのに。


だから煩悩を振り払おうと過ごした数か月後の満月の夜。

ノルトルティアの身体も心も限界を迎えて、

「ティティ。わたし、ティティが好き。猫姿のティティだけじゃないの、ごめんね。こんなわたしでごめんなさいぃ。好きになってごめんなさいぃ………うっううえ、うえぇぇ」

月明かりのベッドの上で、ノルトルティアが泣きだしたからか一瞬ビクリと身体を跳ねさせた猫ティティを胸に抱いたまま泣き続けた。

18年を耐えて来たノルトルティアの我慢と努力の日々。

その挙句に待っていた、報われようのないティティへの想いと現実に心は乱れて、子供のように泣きじゃくった。

泣いて泣いて泣いて、泣き疲れて眠りそうになったノルトルティアだったが、強い自制心が猫ティティを彼女の部屋に戻す事を訴えるから、

「絶対に告白したりしないから。わたしは、ティティを困らせたりしない。でも、今夜だけは、今だけは言わせて。ティティ、大好きよ。心からティティが好き―――」

猫ティティを部屋に連れながらそう呟いた。

ティティの部屋のベッドに降ろした猫ティティが、じっとノルトルティアの顔を見ていたから、後ろ髪を引かれるような気分のままノルトルティアは部屋へと戻った。

朝にはまた、すまし顔でティティを迎え入れるのだと、その悲しみを押し殺して。



だがしかし、普段通りの朝を迎えるはずだったその日以降―――

「ノルティ様。おはようございますニャ。あ、髪が乱れていますニャ」

そう言って椅子に腰かけていたノルトルティアの後ろ髪を、ノルトルティアの正面から整えようとティティが背伸びをして手を伸ばす格好は、

(ティティ?胸が、ティティの可愛い胸が、め、め、目の前!)

メイド服が包む慎ましやかなティティの胸がノルトルティアの顔に触れそうな距離になる格好で、

「ティティ?す、少し、ち、近くないだろうか?」

だからノルトルティアは胸のドキドキを押し隠して主らしく振舞い、

「ティティは背が低いのです。こうしないとノルティ様の後ろ頭に手が届きません」

ティティがなぜか少し上ずった声でそう言って、さらに身体をノルトルティアへ寄せるから、

「あ、あわ―――」

とうとうノルトルティアの顔に、柔らかなふくらみが当たってノルトルティアは目をぎゅっと瞑らねばならなかった。

蒸気でも立ち昇るのではないかと思うほど、赤く熱くなる顔に耳。

うるさく鳴り響く心臓の音。

身じろぎは厳禁。

ティティの身体に呼気を当ててはならないと息を吐くのも我慢して。

耐えようとするノルトルティアの鼻腔を、ティティの身体の香りがくすぐるから、

(甘い香り、ティティの香り。ティティの身体の―――)

その甘い香りに今度は空気を吸い込む事もまた我慢する事になった。


「はいニャ。これでいいですニャ。ニャ?ノルティお嬢様?」


やっとノルトルティアの顔からティティの胸が離れてノルトルティアは目を開けて、

(ティティ!近い、近い、顔が!可愛い顔が、近すぎる!)

ティティがまた至近距離でノルトルティアの顔を覗き込んでいたから、言葉が出てこない。

そのノルトルティアに向かって、

「ノルティ様は、今日もお綺麗です。ティティは見惚れてしまいます。ずっとずーっとこうして見ていたいです―――あ、ニャ」

ティティが常になく、頬を赤らめて真顔を向けて来るから、

「そ、そ、そ、そうかい?そ、それはありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

盛大にどもりながら返すのがやっとだった。


―――猫ティティへ告白した満月の夜の翌朝から始まった変化があった。

それは、ノルトルティアへ向けるティティの献身の原因不明の過激化である。


『ノルティ様。お背中をお流ししますニャ』

ノルトルティアが入浴中の時に必ず背を流しに来るティティはいつも浴室一口でそう声をかけて入って来ていた。

それが今までの常だったから、侍女に背を流させる事に罪悪感を感じつつ、

『同性の主の入浴の手伝いは侍女の仕事』

そう言って譲らないティティに根負けして、水着を着ているとはいえティティの肌を見るわけにはいかないと目を瞑って過ごす入浴時間だった。

つい昨日までは。


「ノルティ様。今日は身体も全部お流ししますニャ」

「―――っ」


浴槽に身体を浸けてほうっと息を吐いてリラックスしていたノルトルティアの目の前に、ティティが立っていたからノルトルティアは驚き、思わずビクリと肩が跳ねた。

いつも背中から声をかけられていたのに、ティティはノルトルティアの目の前に立つまで何も言わなかった。

だからノルトルティアの目に、水着姿のティティの姿が映ってしまっていた。


フリルのついた水着の薄い布地一枚が包む、ティティの肢体。

ほんのり赤みのさす、白くすべやかな肌。

ゆるやかな身体の流線。

慎ましくも確かに膨らむ胸。

柔らかそうな太もも。

少し頬が赤い、ノルトルティアが理想だと感じた可愛いらしい顔。

その全てが視界に入ったノルトルティアは、

「―――っは」

しばし息を忘れ、瞬きも忘れ、頭は真っ白に、胸だけが懸命に脈打っていて、

「やっとティティを見てくださいましたね、ノルティお嬢様」

ティティが頬を赤らめて可憐な笑顔を向けてきて初めて、ノルトルティアは目を瞑る事を思い出して実行する事ができた。

閉じた瞼の裏に、ティティの可憐な水着姿と笑顔が焼き付いていて、目を瞑ってもなおノルトルティアの胸はうるさくて、自分でも耳まで真っ赤だと分かるくらい、『好きな子の可愛い』の威力を己の身で痛いほど感じて、

「や、やめて。お願いよ、ティティ。驚かせるのは無しよ。でないとわたし、こんなのわたし………死んでしまうわ」

常は気をつけて男性的な言葉遣いをしているノルトルティアはそれすら忘れ、素のままにティティへ願っていた。


「ふふ、ごめんなさい。ノルティ様」


なぜか艶のある返事に感じたノルトルティアだったが、それを深く考える猶予は与えられなかった。


「ま、待って。ティティ?ま、待って。お願い、身体はいいの。背中だけお願い。ね?ティティ?お願い、胸をぬぐわないで?ね?太もももやめて。ね?本当にそこは駄目。そこだけは、ね?やめて、お願いよ。ティティ?許して、許して、ね?ティティ?」


そう懇願してみても、腕と足で自分の裸体を隠す様にしているノルトルティアの身体を、ティティの持つ柔らかなタオルがお湯の中でまさぐるように動かされる。

可愛げも自信も無い肉体をすみずみまで見られるのに耐えられず、身をひねって逃れようとすればするほど、ティティが手を伸ばしてくる。

伸ばす手と同時に近づいて来るティティの水着姿がノルトルティアには近すぎて、ノルトルティアは羞恥とせまりくる水着のティティから逃れるべく目をつむったまま奮闘し、

「しかたがないですニャ。今日はこのくらいで満足としておきますニャ」

最後には浴槽内で曲げた両ひざを両腕でしっかり抱え込んで亀のように防御姿勢を取って逃れてやっと、ティティはノルトルティアの裸体へ伸ばした手を引っ込めて浴室を出て行ってくれた。


竜角と竜尾を持ち背が高くさぞ強く見えるであろうノルトルティアが、猫の耳と尻尾を持つ背の低く可愛らしいという形容がぴったりのティティから身を守る、というとてもシュールな絵ずらだったであろうと思い出してノルトルティアは悶々としたが。



そしてとどめの異変は満月の夜に起こった。

満月の月光が柔らかく照らす広い室内の大きなベッドの上で。

ノルトルティアはいつもの満月の夜と変わらず、猫ティティを胸に抱いて身をくねらせていた。


ネグリジェ越しに感じる猫ティティの体温と柔らかさを堪能しながら、ノルトルティアは心からあふれ出すままに、

「好きよ、ティティ。毎日、毎時間、ずっとずっとティティが好き。ずっと一緒にいたい。ずっと触れていたい。わたしのティティ。大好きなティティ」

その『ティティ』は猫ティティを指しているつもりなノルトルティアだったが、猫化していないティティが脳裏にチラチラ浮かぶから、自信は無かった。

それでも、ノルトルティアの内心は横においたとして、それはいつもの満月の夜と変わらない愛の囁きだったから、何も変わらないはずだった。


だがしかし、猫ティティはいつも身体から力を抜いてノルトルティアの思うままに抱かせてくれて、なでさせてくれていたのに、その夜初めて猫ティティ自ら身をひねってノルトルティアの腕から抜け出した。


「あ、どうしたの、ティティ?い、嫌だった?わたしに抱きしめられるの今日は嫌だった?」


自分でも驚くほど、オロオロしている自覚があるノルトルティアは、腕から抜け出してベッドに立つ猫ティティを見て聞くが、猫化している時には言葉が分からないとティティが言っていたから、どうしようかと悩んでいたが、

「え?ティ、ティティ?」

猫ティティが飛び付くようにノルトルティアがベッドに座ったネグリジェの裾の下へもぐりこんで、ノルトルティアの素肌に触れて、あろうことかノルトルティアの胸へ前脚を伸ばすから、

「あ、え?駄目よ、ティティ。そんなとこ、きゃ。くすぐったいよ、ティティ。お願い、ね?止めよう?あ―――」

後ろ脚で立ち上がった猫ティティがノルトルティアの胸に前脚だけでなく顔をうずめてくりくりと頭を動かす感触に、思わぬ心地よさと背徳感がゾクリと沸き上がって来て、力が抜けて背からベッドに倒れ込んだ。


いよいよノルトルティアと布一枚すら挟まない素肌の上で自由になった猫ティティが、

「ナナナナァ。ニャニャニャアァァ―――」

ノルトルティアの胸へ顔をこすりつけ、舌先で素肌を舐め、鎖骨の方へとずり上がって鎖骨にも顔をこすりつけて鳴き続けて、

「あ、だ、駄目だよ。ティティ。止めよう?あ、あ、う…………あ、あう。ティ、ティティ………はあ、ふう。ね、ね?お、お願いティティ。もうやめて、わたし、わたし、もう」

猫ティティが狂ったようにノルトルティアの身体の上で身をよじり、舐めて、顔をうずめ、こすりつける。ノルトルティアの胸、鎖骨、お腹、へそ、脇、首筋、耳、終いにはふとももの内側へもぞもぞと動くから、

「あ、あ、あふ―――だめ、だめよ。だめ。そこはだめ。ね?ティティ、ね?お願いよ、お願い。こんな事はよくないよ。わたしは、ティティを大切にしたいよ。ティティを汚したくなんかないよ」

そう懇願すると、ぴたりと猫ティティは太ももの内側を撫でるのを止めて、ノルトルティアの腹から胸へ移動し、ノルトルティアのネグリジェの襟ぐりから頭を出して、横たわった姿勢のノルトルティアの顔を見て、

「ニャア………」

ひと鳴きするとノルトルティアの顎先を舐めた。


その姿がなぜか謝っているように感じたから、

「いいよ。いいんだよ。ティティ。わたしは平気。ティティが汚れなくて本当に良かった」

猫ティティへ微笑んで見せた。

その言葉が少々上ずっていたのは、もう仕方が無いと諦めるしかなかったが。


これが満月の夜の異変だった。



不思議だったのは、

「お、おはようございます。ノルティ様」

翌朝のティティがなぜか神妙な顔をして元気が無かった事だが、

「おはよう、ティティ。どこか具合でも悪いのかい?休んでいてもいいんだよ?」

体調不良かと心配でそう伝えたノルトルティアの言葉に、

「い、いえ。ティティは、ティティは悪い娘なのです。だから、ノルティ様に叱って欲しいのです」

そう答えるティティの『悪い娘』の意味が分からずに、それでも真剣な顔をしているから、

「うん、そうか。ティティは悪い娘なんだね。じゃあ、わたしが叱ってあげよう。おいで」

ティティを目の前に呼び寄せて、

「悪い娘は駄目だよ、ティティ。それじゃあ、えい」

ノルトルティアは拳骨を作ってティティの薄桃色の柔らかな髪が包む頭へ、コツンと拳骨を落とした。


「はい、これでティティは罰を受けた。さあ、もう過ぎた事は忘れてしまおう」

「ノルティ様は、優しすぎるのです。でも、でもティティはそんなノルティ様が好きです」


ウルウルする目でノルトルティアを見るティティがそう言ったが、ノルトルティアは決して勘違いはしない。ティティの『好き』はきっと、侍女が主に向けた敬愛か何かだから。


(わたしは、決して勘違いしないからね。ティティ)


ノルトルティアはそう心でつぶやいて、いつもの日常へ戻って行った。

そのはずだった―――


ある日は、ノルトルティアの前、常になくテーブルで眠りこけた無防備なティティがいたり。

ある日は、下着姿で部屋から出て来て『あ、間違えました』と引っ込んでいくティティがいたり。

ある日は、満月の夜の翌朝、また全裸姿のティティがノルトルティアのベッドで寝ていたり。


「ノルティ様。ティティに何か言いたい事があるのではないですか?ティティはいつでもお聞きします」

「ノルティ様。ティティにしたい事があるのではないですか?ティティはいつでも、どんな事をされても良いのです」

「ノルティ様。ティティに求める事があるのではないですか?ティティはいつでもティティの全部をノルティ様に差し上げます」


そのどれにも、驚いて、オロオロして。

触れたいと願ってしまうティティへの気持ちに全力で蓋をして。

ティティへの気持ちを隠し通した。


そのどこか好意を表しているようにも見えるティティの言動を経験してもノルトルティアは、可愛げのない自分に好意が向けられるはずがないと分かっているから、

(わたしは、決して勘違いしないからね。ティティが向けてくれるのは主への敬愛に過ぎないんだから)

結論はいつもこうである。


ノルトルティアは好きだからこそ、ティティを傷つけたくない。

ティティを守るために、ノルトルティアは気持ちを押し隠すし、ティティのためならどんな矢面にも立つ。その覚悟があるから。


そして、その時はふいに訪れる事になった。



◆◆◆◆



竜王国において『竜人』は尊き存在とされる。

竜の角、竜鱗、竜眼、竜尾の特徴のうち一つでも現れている者は全て『竜人』と呼ばれ、竜王国の者からは高貴な者として扱われる。

例え両親が平民であろうと獣人であろうと。


最高位の『竜人』でなくとも、王立高等学院、王立大学院への進学は無償とされ、就職先も引く手あまた。特に、魔力が膨大であるがために、大型魔道具を扱う場所で魔力供給する仕事にはうってつけであることから、王宮内の魔力を補う部門には歴代『竜人』が役職を与えられていたりする。

『竜人』とは竜王国でそういう特別待遇を受ける存在だ。



一方、竜王国において『獣人』は卑しき存在とされる。

『獣人』もまた『竜人』と同じく、血筋に関係なく生まれる。人間の両親から『獣人』が生まれる事も、『獣人』の両親から人間が生まれる事もある。

しかし、獣の姿を色濃く表す『獣人』は卑しき者として扱われる。


『獣人』には仕事の選択肢は少なく、重労働や人間がやりたがらない仕事ばかり。

獣人は起業する事はできるが、従業員として人間を雇う事が許されていない。

同じく人間と獣人は婚姻関係を結べない―――竜王国の国法でそう定められているからだ。

『獣人』とは竜王国でそういう差別待遇を受ける存在だ。



その竜王国の国法が、永い年月を経て獣人への差別を助長したから、現在の獣人は国法に記載の無い差別的仕打ちを受けている。

ある意味、国法が言っているのだ『獣人は人間と対等ではない』と。

歴代のどの『竜人王』によって、どういう意図でもって定められたか記録がないから、今や知る術はない。

しかし、国法が許してしまっている差別に、何も考えずに従う者がいる。


竜王国『竜人』担当省の上級官吏と、王立大学院の学院長である。


「ノルトルティア様は現在第二学年の後期。二年と少しで卒業ですね。凄まじく学業優秀、魔力操作も歴代の『竜人』の中でも群を抜く。四部位揃った最高位『竜人』ですから、王位を望まれるか確認する必要がありますが、それにしても獣人を侍女にしているのはいただけませんな」


「竜人担当省官吏殿。しかし、学院から学生に対して侍女を替えるよう命令するような権限はありません。あれだけ優秀な『竜人』に獣人が付いている事は歯がゆくは思っておりますが、どうにも」


「ふむ。では、当の獣人自ら身を引かせる、というのはいかがです?」


「どういう事でしょうか?獣人がノルトルティア君から離れないと言われれば困難ですぞ」


「なに、獣人のお前のせいで主が困った事になる。王になれなくなるぞ、とでも脅せば良いでしょう」


「獣人の侍従を持っていても王にはなれるが、そこは獣人に分からぬ事。そういう事ですか。ではまずノルトルティア君が獣人から離れた時を見計らって動くとしましょう。ここは立場上、竜人担当省官吏殿が直接彼の獣人に言ってもらった方が効くでしょうな」


「もちろん、私が対応しましょう。なにせ、現竜人王が大学院視察のついでにノルトルティア様との面会を希望されておられる。その前に片付けねばなりますまい。時間がありません。明日午前中にお願いできますかな、学院長殿?」


「はい、もちろん。では明日、午前中の授業の間に」



◆◆◆◆



王立大学院での昼休みは、ノルトルティアが寮の自室へ戻って昼食を摂るのには十分な時間だ。

だから、午前の授業をいつものように終えたノルトルティアは、侍女ティティと寮付きの給仕係によって運ばれてくる昼食の待つ自室へ戻った。


『おかえりなさいませニャ。ノルティお嬢様!』


いつもなら、扉を開いた時、目の前に可愛い侍女の笑顔があるはずだった。

しかし、昼食はテーブルで湯気を立てているが、ティティの気配が感じられなかった。


「ティティ?ティティ?」


彼女の部屋の扉をノックしてもそこにティティの姿はなく、代わりに見つけた。

一枚の文字が書かれた紙。


『私は王になるノルトルティア様に相応しき侍女でない身でありながら、温情に縋っておりました事を恥じ入り、侍女のお役目を辞します』


綺麗な文字でつづられたそれを、ノルトルティアは肩を震わせながら読んだ。

美しい文字、綺麗な言葉、身分差と、まるで侍女に居座った事が恥ずべき事だと書かれたそれを、ノルトルティアは肩を震わせて―――怒りに耐えていた。


「こうも馬鹿にするのか!獣人が文字の読み書きの教育など受けられるものか!そんな事すら知らず、美しい文字を並べて、獣人を、ティティを恥ずべき存在だと辱めるのか!」


ノルトルティアが顔を上げた瞬間、開いたのは部屋の窓。

魔力を操作して開けた窓からノルトルティアは飛び出した。

五階建ての寮の最上階から外に飛び出したなら、普通は真っ逆さまに地面に叩き付けられるはずのノルトルティアはしかし、魔力の翼をはためかせて空気を掴み飛んでいる。


魔力は物に干渉できる。

触れるし、掴めるし、動かせる。

これを空気に変えるだけでは普通は飛べないが、ノルトルティアの頭には鳥がなぜ飛べるのかという翼と空気の理屈を理解している。

だから、背から伸ばした魔力の翼の形状、動かし方をも飛ぶに足る動きで空気を捉え、ノルトルティアの身を空へ運ぶ。


あくなき魔力操作訓練の成果であり、たゆまぬ勉強の成果であり、果てしない飛翔訓練の成果であり、その根底でノルトルティアを突き動かしているのはティティの身を案じる、強い愛だ。


愛から来る怒り故、背の翼に少々大きすぎる魔力がいきわたり循環し、膨大な魔力によって空間が歪んでいるから、本来無色の魔力の翼を青黒い空間の歪みが縁取って、誰が見てもそれは二枚の大きな翼だ。

ノルトルティアが翼の原型としたのは竜の翼。

二枚の大きな竜の翼を背から生やした『竜人』ノルトルティアは、寮の上空で周囲を睨んだ。


「美しい文字と丁寧な言葉は、高度な教育を受けた証拠。獣人を辱めるような思想が見えたから、おそらくティティを『竜人』のわたしから引き離したかった。でも、ティティが侍女を辞めないと言ったから、予定になく無理やり連れ出した。だから、ティティが自分から侍女を止めたとみせかける手紙を残す事になった。無理やりだったけれど、目的はかなってティティを連れ出す事が出来て―――」


内心で燃え上がる怒りと、ティティを失いかけている不安とがないまぜになりながらも推測を止めず、

「そうなれば、不測の事態で追い付かれぬように、最速の手段でティティを学院から引き離す。現代で最速なのは飛空艇―――ああ、ああ!見つけたぞ!」

ノルトルティアは寮の西の空に浮かび離れていくわずかに見える銀色を見つけたから、沸き立つ怒りを背中に集め竜の翼をより大きく変化させて、全速力で空を飛んだ。


青黒い空間の歪みを、軌跡のように残して。


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