終幕 灰の海
ヒンメルランドは、夏を迎えていた。
空は高く、雲は薄い。
風は乾いていて、遠くの山の稜線がはっきりと見える。
海は、相変わらず灰色だった。
それでも――
灰の海の上に、光が反射していた。
太陽の光が、波の表面をすべり、
細かな粒となって散っている。
レイナは浜辺に立ち、
打ち寄せる波の合間に、小さな貝殻を拾っていた。
白く、欠けて、
どこか歪な形。
それを指先で転がしながら、
レイナは海を見つめている。
少し離れたところで、
セーレンは立ち止まり、
海の向こうを見ていた。
水平線は、曖昧だ。
灰と空の境目は、はっきりしない。
それでも、確かに向こう側がある。
「ねえ」
レイナが、振り返らずに言った。
「この海、きれいな青色だ」
セーレンは、少し驚いたように目を細める。
「……そうか?」
「うん」
レイナは、手にした貝殻を掲げる。
「おじちゃんの服みたい」
セーレンは、一瞬、自分の服を見下ろした。
生成の布。
色あせた、淡い青。
「ああ」
それだけ答えた。
(灰色の海が、青く見える)
この子の目には、そう映っているのだろう。
かつて、セーレンには灰色にしか見えなかった。
色のない世界。
母が「青い」と言った同じ海。
でも、今は——
少しだけ、わかる気がした。
思いがあるから、美しい。
この子が教えてくれたこと。
波が寄せ、
レイナの足元を濡らす。
ひやりとした感触に、
レイナは目を細めた。
「……痛いけど」
小さく息を吸い、
「好き」
そう言って、もう一度波を踏む。
セーレンは、その横顔を見ていた。
何も言わない。
言葉は、もう必要なかった。
ただ、静かな笑みを浮かべる。
また、波が来る。
引いていく。
繰り返す。
時間は、流れている。
世界は、続いている。
それでも――
そこには、確かに音があった。
波の音。
風の音。
小石が転がる音。
沈黙のあとに、
世界が、もう一度、呼吸を始めた音。
遠くから、声がした。
「セーレン!」
カスパルの声だ。
振り返ると、
崖の上から手を振っている。
セーレンは、ゆっくりと応えた。
レイナも顔を上げ、
その声の方を見る。
灰の海は、変わらない。
だが、世界は、確かに動いている。
理性と感覚が、
静かに、同じ場所に立っている。
金色の光が、波に揺れている。
海は、変わらない。
でも、見る者が変われば、
世界は、違って見える。
波の音が、
すべてを包み込むように、
続いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
本作は、初めて書き始めた小説で、正直なところ、途中で「なろう向きじゃないかも……」と何度も不安になりました。
それでも、たまに一気読みの方が現れることで、なんとか最後まで書き切ることができました。
読んでくださった皆さまには、感謝しかありません。
もしよければ、軽い一言でも感想を残していただけると嬉しいです。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました!




