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【完結】魔素の聖女と観測者  作者: 遠野 周
第6章 祈りの果て

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第9節 広場の祈り

アークノアが停止してから、一週間が過ぎていた。


中央国家の広場には、かつて聖堂だったものの残骸が積み上がっている。

白い石は崩れ、柱は折れ、天井を飾っていた祈りの文様は、粉々になって地面に散らばっていた。


それでも、人は集まっていた。


瓦礫の隙間に立ち、

ある者は膝をつき、

ある者は空を見上げ、

ある者はただ、何も言わずに立っている。


祈りの言葉は、もう響かない。


火も、水も、光も、

人々の呼びかけに応えることはなかった。


「神は、沈黙した」


誰かがそう呟いたのを、

否定する声は上がらなかった。


祈っても応えがない。

それは事実だった。


混乱はあった。

怒りも、恐怖も、絶望もあった。


だが、一週間という時間は、

人々から叫びを奪い、

代わりに、静かな戸惑いだけを残していた。


──これから、どう生きるのか。


その問いだけが、広場に漂っていた。




瓦礫の向こうから、足音がした。


黒衣の人物が、ゆっくりと歩いてくる。

かつて教皇と呼ばれていた女性だった。


教皇の黒衣が、風に揺れた。


重く、長い布。


かつては権威の象徴だった。


今は、ただの布だ。


それでも、美しかった。


風に揺れるその姿は、

人間の弱さと、強さを、

同時に示していた。


人々は息を呑んだ。


彼女は民衆の前に立った。


しばらくの沈黙。


教皇は、崩れた聖堂を見回し、

それから、集まった人々を見た。


その瞳に、光は宿らない。

奇跡も、神の啓示も、そこにはなかった。


それでも、彼女は口を開いた。


「神は──沈黙したままだ」


その言葉に、ざわめきは起きなかった。

誰もが、すでに知っていたからだ。


「祈りに、応えはない。

奇跡も、もう起こらない」


教皇は、一度息を吸った。


それは、告白ではない。

弁解でも、懺悔でもない。


**選び取った言葉**だった。


「それでも」


その一語に、広場の空気が張り詰める。


「沈黙の中で、私たちは呼びかけ続ける」


教皇は、瓦礫の上に置かれた石片に手を添えた。

かつて祭壇だった場所だ。


「神が応えなくとも、

祈ることは、意味を失わない」


「祈りは、奇跡を引き出すためのものではない。

誰かを赦し、

自分を赦し、

それでも生きていくためのものだ」


彼女は、はっきりと前を見据えていた。


そこに、神はいない。

だが、人はいる。


「私は、神の声を代弁しない」


その宣言に、わずかなざわめきが走る。


「代わりに、

人として、語る」


「神は沈黙した。

だが──沈黙の中で、私たちは呼びかけ続ける」


「それが、生きるということだ」


風が、広場を吹き抜けた。


鐘は鳴らない。

祈りの歌も、上がらない。


それでも、誰も立ち去らなかった。


ただ、空を見上げる。


青い空。

流れる雲。

遠くを飛ぶ鳥。


沈黙する神に、

沈黙で応える。


それが、新しい祈りの形だった。


少し離れた場所で、二人はその様子を見ていた。


セーレンは、瓦礫越しに教皇の姿を眺めていた。

理解できることと、できないことが、胸の中で混ざり合っている。


神はいなかった。

奇跡は、装置だった。


それでもなお、

人が祈る理由は、消えていない。


(……理性では、否定できない)


それは、論理を超えた理解だった。


隣で、レイナが静かに息をしている。


彼女は何も言わず、

ただ、人々の気配を感じ取っているようだった。


崩れた聖堂。

沈黙する空。

それでも、確かに息づく命。


世界は、まだ、ここにあった。




「……もし」


セーレンが、ふと口を開く。


「行くところがないなら」


レイナは顔を向けた。


「僕と、一緒に行かないか。

僕の故郷に」


少し、照れたように視線を逸らす。


「何もないけど……いい所なんだ。

ほんとうに」


レイナは、少し考えるように瞬きをして、

それから、静かに頷いた。


レイナはもう歩き出していた。


瓦礫の向こう、

光の射す方向へ。


「いかないの?」


セーレンは、小さく笑って、その背中を追った。


世界は、終わっていなかった。


神が沈黙しても、

人は、歩き続ける。

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