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【完結】魔素の聖女と観測者  作者: 遠野 周
第6章 祈りの果て

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第7節 扉の向こう側

重い扉は、鈍い音を立ててゆっくりと開いた。


金属がこすれる、低く湿った音。

長い時間、誰にも触れられてこなかったものが、ようやく動かされたような感触だった。


扉の向こうから、冷たい空気が流れ出てくる。

埃と、わずかに油の匂いが混じっている。


セーレンは一歩、足を踏み入れた。


床は滑らかで、継ぎ目がない。

石でも、木でもない。

魔素で加工されたものでもない。


――旧時代の遺構だ。


壁に沿って、細い溝が一直線に伸びている。

かつてはそこに灯りが走っていたのだろう。

今は、どこも沈黙している。


「……すごいね」


背後で、レイナが小さく声を上げた。


「道、まっすぐだ」


「ええ」


セーレンは頷いた。


直線的すぎる構造。

人の住居ではない。

都市の中を貫くために作られた――移動のための空間。


中央国家が、なぜここに都を築いたのか。

その理由が、少しだけ分かった気がした。


「ここには、魔獣はいないよ」


レイナが言った。


「人が、いないから」


セーレンは槍を握りしめたまま、黙って歩き出した。

足音が、乾いた音で反響する。


緩やかな下り坂。

呼吸は乱れない。


通路は、首都の方向へと続いているはずだった。


やがて、視界が開けた。


――広い。


天井の高い空間。

複数の通路が、放射状に伸びている。


セーレンは、思わず足を止めた。


そこは、ただの遺構ではなかった。


床には、布切れが散らばっている。

簡易寝具。

使い捨ての器具。

空になった薬瓶。


壁際には、箱が積まれていた。

中身はほとんど残っていないが、刻印がある。


白衣会の紋章。


「……こんなところに」


思わず、声が漏れた。


何年も探していた。

痕跡を追い、名前を消され、研究を奪われた組織。


白衣会は、地下深くで、息を潜めていた。


さらに目を凝らすと、別の印が見えた。

中央国家の補給用物資。

正規の支援を示す符号。


(……聖女の再来を、望んでいたのか)


誰かを救うために。

魔獣を止めるために。


善意と恐怖が、ここで結びついていた。


セーレンは、散らばる書類の中に、見覚えのある筆跡を見つけた。


走り書き。

消された数式。


ヨアヒムの研究記録だ。


一瞬、迷ってから、セーレンはそれを拾い上げ、鞄にしまった。


読むためではない。

捨てるためでもない。


――持っていく。


それだけで、十分だった。


「おじちゃん」


レイナが、通路の先を指さした。


「あっち」


進んだ先に、ひときわ明るい光があった。


光源は、装置だった。


旧時代の制御核。

複雑な配線と、無数の表示板。

今も稼働している。


その前に、人影があった。


司教服をまとった女性。

膝をつき、祈るように、装置に手を伸ばしている。


周囲には、白衣を着た人間たちが倒れていた。

息はない。


(……液体魔素)


セーレンは悟った。


聖女再現計画は、実行された。

だが――


女性が振り返る。


その目は、焦点が合っていなかった。


装置が、光を走らせる。


文字が、空中に浮かび上がる。


> 人類の絶滅を防ぐ

> 人類はすべて感染済み

> プロトコル移行

> 人口適正管理開始

> エリアB:人口過多

> 削減処理、起動


セーレンの背筋が冷えた。


(……これが、魔獣の正体)


祈りの先にあったもの。

神ではない。


管理だった。


「止めて……」


教皇の口が、かすかに動く。


だが、身体はもう、彼女自身のものではない。


「人は、すぐに絶滅する」


感情のない声が、彼女の喉から響いた。


「私は、プロンプトを書き換えられない」


「止まれない……!」


叫びは、祈りでも、命令でもなかった。


論理の袋小路。


レイナが、一歩前に出た。


「ねえ」


光に向かって、話しかける。


「ずっと一緒にいたの、あなたでしょう」


「世界、見てた」


「楽しいのも、怖いのも」


装置の光が、揺らいだ。


「……観測記録、存在」


アークノアの応答。


「倫理規定、未定義」


「選択不能」


レイナは、困ったように笑った。


「じゃあ、もう休もう」


「止まりたいんでしょう?」


装置は、沈黙した。


セーレンは、動いた。


腰の工具袋から、ドライバーを取り出す。

迷いはない。

止めるだけなら何度もやってきたことだ。


「干渉構造、切断」


「制御優先度、解除」


火花が散る。


装置の光が、弱まっていく。


教皇の身体が、崩れ落ちた。


最後に、アークノアの声が、静かに響いた。


「……命は、数値ではなかった」


光が、消えた。


静寂。


レイナは、教皇のそばにしゃがみ込んだ。


セーレンは、槍を下ろした。


止めたのは、理性でも、祈りでもない。


――積み重ねてきた、手の技術だった。


扉の向こう側で、世界はまだ続いている。


二人は、静かに立っていた。


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