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第2話 白いカメオの少女

風鈴が揺れた。

扉の向こうから差し込んだ光と影の中、制服姿の少女が一歩踏み込む。

肩までの黒髪、真っ直ぐな背筋。首元に、白いカメオのペンダントが光っている。


「……ここ、入って大丈夫ですか?」


声は思ったよりも落ち着いていた。

私はまだ、小箱を両手に抱えたまま、返事が遅れた。


「ああ、どうぞ」

代わりに店長が答える。その声は、湯気のように淡い。


少女は扉をそっと閉じ、私の前まで進んできた。

私と同じくらい、いや少し年下かもしれない。その眼差しは、何かを探すように店内をゆっくりなぞっていた。


「ここって……オルゴール屋さん、なんですよね?」

彼女は棚に並ぶ小箱を一つ手に取り、耳を近づける。

蓋を開けると、かすかな旋律が流れる。

その瞬間、彼女の肩がわずかに震えた。


「……なんで……知ってるんだ、この音……」

呟きが零れる。

箱の中から流れていたのは、ピアノの鍵を不器用に叩いたような、短い童謡。

「あの日……おばあちゃんの病室で……」


私は一歩踏み出し、彼女に声をかけた。

「それ、もしかして──あなたの記憶?」


彼女は驚いた顔で私を見た。

「……これ、売ってたのは、誰……?」


店長がカウンターに肘をつきながら、ゆっくり説明を始めた。

「この商店街ではね、人が忘れた感情や記憶を箱にして預かるんだ。売るのも、買うのも、簡単じゃない。理由が必要だ。……そして、必ず代価を払うことになる」


「代価……?」


「自分の記憶を手放すなら、その痛みを代わりに手にすることになる。

誰かの記憶を買えば、それはあなたの中にも織り込まれて戻る。

つまり──少し、人格が変わる可能性もある」


少女は唇を噛んだ。手の中の箱を見下ろす。

「この音……たぶん……私が忘れたくないやつなんです。でも……」

言葉が途中で止まった。喉が詰まる音がした。


私は思わず言っていた。

「だったら、今はまだ買わない方がいい。……後悔するかもしれないから」


そのとき、彼女のカメオが店の光を受けて鈍く光った。

その中に、微かに回る歯車模様が見えた気がした。


結局、少女は何も買わずに店を出た。

ただ、去り際に小さく「また来ます」とだけ残した。


扉が閉まり、風鈴が短く鳴る。

私は自分の手元を見る。

まだ、あの小箱を持っていた。幼い自分の声が鳴り続けている。


「……店長。あの子、知ってるの?」


「さてね」

店長はそう言って笑ったが、その目は妙に真剣だった。


外に出ると、商店街はもう消えかけていた。午後三時を過ぎれば、この通りはまた地図から失われる。

その路地の出口に、さっきの少女の後ろ姿が小さく揺れていた。

握ったカメオが、光の中で白く溶けていくように見えた。


そのとき、私はまだ知らなかった。

あのペンダントこそが──私の失くした時間と深く繋がっていることを。


白いカメオの中で、誰かの約束が静かに時を刻んでいた。

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