地獄からの助け
「真白……! 陸一郎さん……! こんな仕打ち、おかしいわ。お願いよ真白話をしましょう?」
玄関に現れた二人を見て、萌黄が叫んだ。
「陸一郎さんの寵愛を拒んだじゃない! 謀反者と同じよ! この家では陸一郎さんが全てなのだから」
「では、身一つでここを出て行くだけでかまいません。私を解放してください!」
「お前は私の妻だ。萌黄。そんなことが許されるわけはないだろう」
「……妻に、こんな仕打ちを何故するのですか?」
望んだ結婚でもない、愛した男でもない、まるで奴隷のように屋敷へ連れて来られただけ。
「ただの躾だ。ふふふ、頑張ってくれな。我が妻よ」
そう言って、陸一郎は真白を抱き寄せた。
「父様と母様は、なんて言ってるの!?」
「……嫁いだんだもの、もう娘でもなんでもないみたいね? キャハハ! これから美味しい朝ご飯を食べて、みんなで歌舞伎を見に行くの。しっかり働きなさいね萌黄」
あまりに勝手な言い草に、萌黄は声も出ない。
二人は腕を組んで、食堂へ歩いていく。
「真白様、お綺麗ね~」
「姉と妹で大違いね」
メイド達が嫌味を次々に言い放つが、そんな事はどうでもいい。
混乱する頭を、少しずつでも冷静にさせなければ。
メイド達は、萌黄をストレス解消のサンドバッグにしようとするだろう。
「……これから朝食の準備をするのですよね。今朝のメニューは和食ですか? 洋食ですか?」
「えっ」
「このお屋敷でのやり方を教えていただきます」
萌黄は綺麗な仕草で頭を下げて、メイド長を見つめた。
その場にいた者は、一瞬萌黄に見惚れてしまう。
真白は派手な化粧に豪華な衣装で飾っているので目立つが、実際は萌黄の方が何倍も美しい。
「し、しっかり働きなよ!」
ハッとなったメイド長が、意味もなく怒鳴りつけた。
それから萌黄は、一心不乱に働いた。
元々、実家でもメイド仕事のような事をさせられていたので何でもそつなく仕事を覚えた。
なんとか隙を見て逃げ出そうとしたが、この屋敷全体を囲むように強力な結界石による結界が張ってあり不可能だった。
しかし仕事をしっかりしても、憂さ晴らしの折檻が始まる。
一度、真白から桶の水を浴びせられ長時間正座をさせられた。
「……どうして……こんな事をするの……?」
「お前の存在が、ムカつくからだよっ……!」
最後に真白から蹴られて倒れても、後ろの陸一郎は見ているだけだ。
何故ここまで憎まれるのか……?
震えながら、部屋に戻って気を失うように眠った。
次の日には熱が出たが、休む事は許されない。
「ふらふらしてるんじゃないよっ!」
「あっ……」
少し押されたくらいで、倒れてしまう。
はずみで、持っていた花瓶を落としてしまった。
派手な音を立てて割れる花瓶。
萌黄もそのまま倒れ込んでしまう。
「も、申し訳ありませ……」
声を出すのも辛い萌黄に、メイド達はここぞとばかりに攻め立てる。
そして調子に乗ったメイドの一人が、花瓶の大きな破片を萌黄めがけて投げたのだ。
頭に当たれば大怪我……ではすまない。
でも萌黄はもう避ける力もなく、目を瞑った。
「何をしている……っ!!」
遮るような力強い声が響いた。
萌黄の周りを暖かい光が包んで、花瓶が弾け飛ぶ。
そして誰かが駆け寄って、萌黄を抱きかかえてくれた。
瞬時展開物理的結界術。
祓魔騎士が使う高度な術だ。
「大丈夫ですか?」
「あ……はい……結界……誰……うう……」
「も、萌黄さん!? どうして貴女がこんな姿で……一体なにが……」
袴姿の男だとわかったが、高熱で朦朧として目の前も見えない。
「……どなた……ありが……」
「しっかりしてください……! 萌黄さん……!」
最悪の結婚式から、ずっと悪意に晒されて三週間。
誰かもわからない男。
でも、それが温かな救いだという事がわかって萌黄の意識は途絶えた。