真白堕ちる
「え……? その時……?」
「有能な娘だと思ったよ……我が家のために……いや、お前は器量よしで頭もよく……私に相応しい。だから決めたのだ。お前を私の花嫁にしようとな」
陸一郎は、真白の企みなどではなく、萌黄が十歳の頃から目をつけていたのだ。
「ひっ……」
「二十歳頃の女が一番好きなのだ。長年私に想われ、さぞ嬉しいことだろう……」
寒気しかしない。
だがそれならば、と萌黄は反論する。
「り、陸一郎様は、真白がお好きなのでは? 私のことがお好きなのでしたら、あのような事はしないはずです……!」
「私は愛しい女が傷つくのが好きなのだ。嘆き哀しみ、発狂し、私のことだけ想えばいい」
「そんなの……おかしいです」
「私にとっては、それが真実の愛なのだ」
「では、真白は、貴方にとってなんなのですか?」
「真白は器量もよい、身体も良い。好んではいるが、妻はお前一人だけだと言っているだろう? して、あいつは海斗と婚約をしたのだ」
「海斗さんが?」
「さぁ、そろそろ嘆願しろ。私と籍を入れてくださいと」
「では、籍は……もしかして、まだ……」
「当たり前だろう。お前が私に泣いて懇願してから、破瓜させて……それからだ」
籍はまだ入れられていなかった……!!
萌黄は立ち上がる。
「お、お話はもう結構です。失礼致します……!」
「おい!? 待て萌黄……! 萌黄を拘束しろ!」
「私に触らないでっ!!」
慌てて萌黄に掴みかかったメイド長を、萌黄は突き飛ばす。
自分は自由だったのだ……!
籍を入れてもいないのに一千万円の慰謝料など払う必要もない。
それならば、陸一郎の言う事など聞くはずがない。
誰が、陸一郎に懇願などするものか……!
その時海斗は真白と対峙していた。
真白を探し、影工房の前に立っていた真白をやっと見つけた海斗。
「真白さん! 婚約の話ですが!」
「ねぇ……海斗さんあの蔵……あれってどういうことなの……? 何がゴミだらけよ……私を騙したのね!?」
「何故それを……どうやって影工房の鍵を?」
「あははは! 庭師の男よ! ちょっと舐めてやったら貸してくれたの。馬鹿でしょ?」
まさか旧知の友まで、この女に惑わされてしまったとは!
真白の魅了の力に、海斗は恐怖すら覚えた。
「汚らわしい……! 俺は貴女と婚約などできない!!」
「じゃあ、こんなに私にぴったりな指輪を用意していたのは何故……? これって可愛くて愛しい私への贈り物でしょう?」
真白の薬指には、なんと呪われた指輪が嵌められていた。
「それは……!! 駄目だ!! 贈り物なんかじゃない!!」
「ふふ……海斗さん、少し我儘が過ぎるわ……貴方はどうして私を拒絶するの? 塾の送別会でも、萌黄が好きだなんて嘘言って……あの時から萌黄が更に憎くてたまらない!」
「貴女が萌黄姉さんをそこまで憎んでいるのは……俺のせい?」
送別会で、真白を拒絶する際に『匠姫がずっと好きなんです』と言った事を思い出した海斗。
「私を拒絶した貴方を絶対手に入れると決めたの……そのために陸一郎に近づいた。萌黄も絶対地獄に落とすって決めてたの」
狂気を感じた。
萌黄の結婚を決めたのも適当ではなく、寝取ったのも萌黄を地獄へ落とし、最後は海斗を手に入れるための計画だった。
「狂ってる! そんな計画を立てたところで、俺は貴女のものなどにならない! 萌黄姉さんも俺が守る!」
「狂ってるのは貴方よ。でも、そんなところも愛しいわ。萌黄は絶対に許さない」
「萌黄姉さんは何も悪くない! その指輪は危険だ! 離してください!」
「イヤよ、これは私の物……あなたも私のもの」
真白は指輪を離そうとしない。
そこへ萌黄の声が聴こえてくる。
「海斗さん……!」
「萌黄姉さん!?」
萌黄は暗い影にいる真白の存在に気づかなかった。
「海斗さん……! 私、まだ未婚だったのです!」
「え!? では、まだ兄が籍を入れていなかった……!?」
「はい! 懇願せよと言われましたが……逃げてきてしまいました!」
「それで正解です! それで俺を探しに……?」
「はい……あの人の妻ではないとわかって……安心して……それで、海斗さんに言いたくて」
「萌黄姉さん……萌黄さん」
二人の手が触れそうになった時、萌黄は暗闇の憎悪に気付く。
「萌黄~~~~!! やっぱりお前が海斗様を誘惑したんだなぁーーー!! 」
「ま、真白……!?」
憎しみに満ちた顔の真白が叫んだ。
そして一気に邪気が溢れ出す。
指輪と真白の心が共鳴してしまった。
「あはは!! なんだろう!! 憎くて憎くて、すごく気持ちがいいわぁ!!」
「ま、真白はどうしたんです!?」
「あの指輪を身に着けているんです! 外すんだ!」
「私のカイト様ヲ奪った! モエギをコロスチカラをちょうだい!!」
真っ赤な光が、真白を包む。




