萌黄の才能開花
数日経って、工房に海斗が急いでやってきた。
「萌黄姉さん、この前納品してもらった五つの魔道具、無事に売れましたよ!」
「えっ本当ですか!? 五つ全部!?」
「ものすごく質が良いと相手側も興奮していて……なんと五つで百万円の売上ですよ……!」
「ひゃ……百万……!?」
「この調子だったら一千万円だって、確実に稼げますよ……!」
「本当に本当に本当の話ですか??」
「本当ですよーー!! 萌黄姉さんの作る魔道具は最高なんですっ!! 嬉しいです! やったぞ!!」
海斗が大喜びで、萌黄を抱き上げた。
狭い工房のなかだが、抱き上げてクルクル回る。
「きゃっ……私も嬉しいです……!」
「今日はお祝いしませんか? 美味い肉を買ってきました! 牛鍋を食べましょう!」
このまま抱き締められそうだったが、海斗はゆっくり萌黄を床に下ろす。
「すみません。嬉しくて、つい……馴れ馴れしく」
「い、いえ……私もとても嬉しいです。牛鍋、美味しく作りますね」
「はい……!」
美味しそうな牛鍋が出来上がり、丸テーブルを二人で囲む。
売上からではなく、海斗が自腹で買ってきた牛肉は最高級でとても美味しい。
牛鍋を食べながら、二人は魔道具の話をする。
「自分の作ったものが、売れる……誰かに喜んでもらえる……こんな幸せなことがあるだなんて……」
「萌黄姉さんの作った魔道具は、国の宝ですよ。素晴らしい技術です。匠姫が俺の影工房で、魔道具を作って、それを俺が売る……俺も最高に幸せです」
「……海斗さん……あの、これを海斗さんに」
萌黄が、桐の箱を取り出した。
「俺に?」
「はい。海斗さんにお渡ししたくて、作ったものです……材料は頂いたものなのですが……」
「一番最初に作った魔道具ですね! ……すごく優しくて強い波動を感じる、これは最高級品ですね。……俺のために萌黄姉さんが作ってくださったんですか?」
「はい」
「ありがとうございます! 一生の宝にします。すぐに鍔を交換するぞ!」
海斗がまるで子どものように喜んで微笑む。
「あ、そんな! 大事な鍔がありますでしょう? 無理に交換しなくても大丈夫です」
「いえ。俺が交換したいんです。祓魔力が何倍にもなりそうだ! これを作っていた萌黄姉さんは本当に匠姫……いや天女のようでした」
「ほ、褒めすぎです……いつも親切にしてくださって、ありがとうございます。でも……婚約者の方に怒られませんか?」
「え? 婚約者」
「実は今朝、ゴミを捨てる際に……メイド長に声をかけられて、海斗様には婚約者がいると聞いたのです」
萌黄の心に深い影を落とした、出来事だった。
海斗が何も言わないので、つい甘えて牛鍋を食べて贈り物もしてしまった。
「こ、婚約者!? いるわけないじゃないですか!!」
「そ、そうですか……よかった……」
「……よかったと思ってくださるのですか」
「あ! すみません……よかっただなんて……」
なんてずるくて恥ずかしい女だと萌黄は思うが、海斗は幸せそうに微笑んだ。
「萌黄姉さん……俺は好きな人がおります」
「えっ……」
「留学して、男として立派になってから想いを告げに行こうと思っていたんです。……馬鹿でした」
「……馬鹿って、どうして?」
「その方は、嫁いでしまったのです。今は人の妻でありますので……俺の想いを告げることはできません」
萌黄は何も言えない。
「でも今日、その人が離縁できる目星がついた気がして……祝いがしたくなったのです」
それは……つまり私……萌黄?
まさか……でも……萌黄の想いがぐるぐる回る。
「……その時がきたら、想いを告げますので……待っていてください」
指先だけが少し触れた。
でもこれ以上は触れてはいけない……今、触れたら……。
「海斗さん……」
なんだか涙が溢れそうになって萌黄の瞳が潤んだ。
そんな萌黄の瞳を見つめて、海斗も目眩を感じる。
我慢しきれない感情が湧き上がる。
しかし今はまだ……萌黄は人妻なのだ。
「そ、そういえばですね! 珍しいものを預かってきたのですよ!」
空気を変えるように、海斗が少し大きな声で言う。
「珍しいもの……?」
海斗が自分のカバンを持ってきた。
その中から小さな袋に入った箱を取り出した。
箱を更に開けると、真っ赤な宝石のついた指輪が現れる。
「綺麗……でも怖いです」
「はい。これは、かなりの呪詛が込められた指輪で……嵌めた人間を狂わせると言われております……」
「狂わせる?」
「はい。人が妖魔化してしまう危険があります。なので色々と実験してみてほしいと言われて俺が預かってきたのです」
「扱いには慎重にならなければいけませんね。金庫に保管を?」
「これは、金庫などにはいれられないのです。強い封印術も激しく抵抗して却って危険なのです」
「まるで自分の主人を探しているようですわ」
「……この指輪の元の持ち主は、遠い遠い国で自分の美貌を愛し残虐な殺戮を繰り返していた……という女城主だったようです。使用人の若い女の血を啜り、気に入った男を閉じ込め永遠の愛を誓わせて殺していたようです」
「……なんて恐ろしい人……」
「欲が深いと大変ですよね。俺は……平凡な幸せでいいな」
「私もそう思います」
海斗が萌黄を見て、目を細める。
二人でいれば、いつでも和やかな空気がながれる不思議。
「ここの机の上に置いておきますが、注意してくださいね」
「はい」
机の上に静かに置かれた呪いの指輪。
しかし、海斗に婚約者がいるとはどういう話からきたのだろう?
そして次の日、海斗は陸一郎に呼び出しを受ける。