海斗からの提案
萌黄の誇りを宿した瞳を見て、海斗は微笑む。
「さすが匠姫の萌黄姉さん。……それではこの影工房で、質の良い魔道具を沢山作って頂けませんか?」
「え……っ?」
「まだ作りかけですが……あの鍔付与型護符……素晴らしいです。あれは人気商品になるでしょう」
工房で輝いていた、萌黄の作りかけの魔道具。
作りかけでも海斗が笑顔になるほどの美しさだった。
「そ、そうでしょうか? 久しぶりなので作動するかも不安だったのですが」
「拝見したかぎり、完璧だと思います! 俺の家はご存知の通り、販売……輸入輸出業を盛んにしております。匠姫の作った魔道具ならば、俺が高値で売ってきます……!」
「でも、海斗さんはお忙しいはずですのに……」
「魔道具作成は趣味だけでは続けられません。原価売価と売上……そういう学びもこれから必要なわけなんです。結局は俺のためになるのです」
「……海斗さんのため……」
「ずるいでしょうか?」
「いいえ、いいえ。一生懸命作ります。でも材料費だってあるのに……」
「では材料費の分、色々俺に教えて頂けませんか? 授業料と差し引きで零です」
「ですが私はそんな誰かに教える知識はもう……十年それ以上前の、昔の知識です」
「新しい知識だけが全てではないのです。俺は今こそ貴女から教わりたい」
「でも……」
「まさか師匠である祖父様の教えは全てお忘れですか?」
「そ、そんなわけはございませんっ! 独学ですが学びは続けておりました!」
控えめなのに、こういう時は職人気質の萌黄だ。
海斗が微笑む。
「では、授業料が見返りということでお願いします。食事の世話にもなりますしお互いに利益ありということです」
「……はい……それではお願い致します」
「よろしくお願い致します」
決まった海斗との取引。
そういえば、先ほど抱き締められたような?
お互いにその事には触れずに、伸びたうどんを啜った。
真白がこの影工房をメイドに見張っているという情報を庭師から得た海斗。
工房を出るまえに『しっかり働け!』とまるで怒鳴ったように出て行った。
でもそれはもちろん演技で、萌黄は工房の中から笑顔で手を振って見送ったのだった。
◇◇◇
陸一郎の寝室。
メイドの報告を聞いた真白。
今まではベッドで陸一郎に寄り添っていたが、今日はソファに座ったままワインを飲んでいる。
「ねぇ、萌黄のいる工房って本当に汚いのよね?」
「さぁな」
「海斗様は萌黄を罵倒してるし、まさか好意をもってるわけないよね」
「萌黄は私の妻だぞ? 海斗の生き方は好きではないが、武士道精神のある男だ。そこはわきまえるだろう」
「そっかぁ~じゃあ~やっぱり海斗様の相手は私しかいないよね」
「……真白?」
「だって、陸一郎は、萌黄の夫でしょ? 私の相手は海斗様でもいいじゃない?」
「まぁな」
そう言いながら真白は、陸一郎のベッドに入っていく。
「あんたは私と萌黄が欲しいんだから、私だって海斗様も手に入れていいでしょう? って聞いてるんだよ」
「強欲な女だ……ははははは」
「どっちがよ……!」
突然、雷が鳴って豪雨が窓ガラスに打ち付ける。
眠る陸一郎の横で、真白は黒く微笑む。
「ふふ……海斗様もじゃないんだよ……あんたが余計な付属品なの陸一郎。……ふふ……今度こそ絶対手に入れる……! 萌黄は始末して、海斗様を私のものに……!」