ショファルの夏
納屋のロビーで30分ほどすると、図体の大きい職人が横に白茶毛のヤギを連れて戻って来た。
「コイツの角をな、角笛に加工したあと元に戻しておいたよ。キレイなもんだろ?」
ヤギが男の側からのんびりと僕の元に戻って来て、その角に触れてみると、確かに回転キャップ式に取り外すことが可能になっている。先の細い方から強く息を吹き込むと反対の側から、納屋を軋ませるような低い音が鳴り響いた。
「もう片方もそうしてあるから、誰か大切な人とシェアしてあげてな。」
そう言って、自分の仕事ぶりを省みると頬に浮かべた笑みを照れて隠すように銀のフルフェイスを装着し、エンジ色のスクーターにまたがったショファル職人はジーンズ生地の広大な背中をそのままに行ってしまった。
僕も白茶毛のヤギの背にまたがる。割と固く留められた二本の角を握って、西日を真に受けながら帰ろう。家に着いてからは娘と一緒に2本の角笛を吹いた。
水槽のウニがキャベツの葉を捕食する動画、ハングルの基礎を20秒にまとめた動画、有名ゲームデザイナーが配信中にキレた動画、宇宙をポリゴンで表現する試みの動画。ぼんやりとベッドイン、深夜2時。近所の犬が気を遣って吠えるほど静まり返っていた。
最近提唱された新しい記号のニュース。この記号は他の記号との連関を一切持たず、また発音すら持たない。形と意味によってその記号単一で存在し、『これまで言語学者や社会学者によって考えられてきた記号の概念を一瞬で台無しにした無礼千万な記号』として、学会から大きく歓迎を受けている。また唯一神との繋がりがあるとして、この新しい記号はイスラム教世界でも盛り上がっているらしい。ついに神学の時代が還ってきたのか……またしてもイスラム世界から……! ああいけない、今日はもう早く寝よう。3時だ。
目が覚めると娘はすでに学校に出た後だった。最近はいってらっしゃいすら言えていないダメな父親だ。昼の12時だった。
家に残されたヤギとご飯を食べる。ライ麦パンのサンドイッチ! 世界一美味い軽食だと思っている。だからヤギもライ麦パンのサンドイッチ! 毛の色は食べた物に似るらしいと娘が言っていた。
今日もヤギの背に乗って出かけた、納屋のロビーには善性の埃と木屑が飛び交い、香っていた。あの図体の大きい職人が奥の作業台の裏から姿を現す。
「おお、今日も来たな。一日経ったが、角笛はどうだ? 個人的には今まででも会心の出来だと自負している。」
「いや、ほんとうに素晴らしかった。娘も喜んでいたよ。」
「がはははっ。がはははっ。」
ショファル職人は夏至のように笑う。




