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第3話

その後、僕たちはしばらくベッドの上で放心状態のようになりお互いを見つめ合っていた。

先に口を開いたのはアリーシャだった。


「あなたはロリコンまたはマゾの語源を知っている?」


「あくまで僕の記憶ですが…ロリコンは『ロリータ』という小説が語源で、マゾは『マゾッホ』という小説家が語源だったと思います」


「自分がそうだから調べていたのかしら?」


「そ、そういう、わけでは……」


アリーシャは冷たい目線を向ける。しかし、交わった後だからかその目には優しさの色も感じられた。


「ふぅん…まぁいいわ。ちなみに私の認識ではロリコンは『カナン・ロリータ』という異常性癖についての研究者が由来で、マゾは『マゾラドン』というオスがメスに捕食される龍族の生物が由来よ」


つまり「日本」と「ラスティア帝国ノーラディア村」は同じ言語を共有していてもその成り立ちは異なるということ。

それは異なる文化、歴史、価値観を持ちながら同じ言語を有するという奇妙な現実を指していた。


「ここは本当に異世界なのですか…?」


「つまりあなたはこう言いたいわけね。この場所は本当はあなたの言う“日本“だけど、私がここは異世界だと嘘を吐きあなたを監禁している…と」


「い、いえ…アリーシャさんのことを、疑っているわけでは無いのですが…」


また乱暴なことをされるかもしれないと思い、僕はアリーシャの目を見るのが怖くなり視線を逸らした。

しかしアリーシャは先ほどの行為である程度満足をしているのか、落ち着いた様子であった。


「状況を整理しましょう。考えられる可能性は大まかにこの3つよ。

①“日本“という世界であなたは死に、ここラスティア帝国に転生した

②“日本“という世界はあなたの精神疾患による妄想

③ここは“日本“で、同じく“日本“の住人である私があなたを騙して監禁している

ここまでは同意できるかしら?」


僕は必死に想像力を働かせる。見落としは無いだろうか?

しかし考えても考えても何もかもが疑問で、頷くことも首を横に振ることもできない。


「あ……」


僕はある重大なことに気がついた。


「なんでも言いなさい」


「最初に僕がここで目覚めた時にアリーシャさん、言いましたよね…僕はノーラディア村で『日本から転生してきた』と言って騒いでいたって…」


「ええ。村民からの通報を受けて“異世界転生病“の権威である私があなたを回収したの。ちなみに、“異世界転生病“はここ150年ほどは症例のない奇病よ」


「その…僕は、もしかして村民だったのですか…?」


僕がそう聞いた時、アリーシャは目を丸めて驚いた。


「あなた記憶がないの?ずっとライト・ハウザとして26年間も生きてきた記憶が……」


聞いたことの無い名前が飛び出し、僕は混乱する。


「ライト・ハウザ?それが僕の名前なのですか?」


「そうよ。20年前、当時6歳だったあなたは孤児としてノーラディア村の農家に労働力として売られてきた。豊穣な土地ゆえに過酷な労働環境というわけではなかったようだけれど、ひどい人種差別を受けていたようね」


信じられるはずのない新情報だった。これが仮に事実だとすると、僕は日本で死んだ後、ノーラディア村のライト・ハウザという人間の人格そのものを乗っ取る形で転生をしたということになる。

だって僕は生まれも育ちも日本で、それで、僕の本当の名前は……


「あれ……?」


思い出せない。僕の本当の名前を思い出すことができない。


「あなたは生まれも育ちもラスティア帝国ノーラディア村よ。安心しなさい」


「あ、安心できませんよ…ぼ、ぼく、だって、自分の日本での、漢字で書く名前を忘れてしまって…ど、どうして…」


慌てふためく僕を見たアリーシャは、落ち着いた様子で僕に言った。


「大丈夫よ、落ち着いきなさい。あなたはここにいる限り、何も怖いことだって無いのだから」


アリーシャは僕を優しく抱きしめた。昨日からのサディストな顔とは違った表情で、まるで存在しない肉親のような温かな抱擁であった。

考えられなくなってくる。考えると辛い可能性ばかり浮かぶ。そんなことはもうしたくない。


「アリーシャさん…アリーシャさん…うぅぅ」


「あなたにはもう私しかいないのね」


恐ろしい感覚であった。思い出そうとすればするほど、“日本“と“僕“の記憶は薄れ、ライト・ハウザとしての記憶と融合してゆく。

崩壊する自我、薄れゆく記憶…僕が僕で無くなってゆく感覚。僕はライト・ハウザになるのか?いや、違う。ライト・ハウザでもなく僕でもない…そんな存在となっていくのだ。


ただ確かなのはこの美しい少女の体温だけ。


「アリーシャさん…不安なんです、僕は、日本人でもラスティア帝国民でもない、僕は…」


そう言った僕を見つめる彼女の表情は、印象的なものであった。

軽く身を震わせ、潤んだ瞳で笑顔を浮かべる。紅色の唇の奥に綺麗に並ぶ真っ白な歯を恐ろしいと思った。


「あなたにはもう、私しかいないのよ」


アリーシャさんはもう一度僕を抱きしめて、似た言葉を繰り返した。

僕は彼女の腕の中で、涙を流しながら頷いた。

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