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くろねこG

作者: しんきまる

「ビャアァ・・・」

独特の声をあげてネコのGが私を見上げている。

「だめよ、これは私の晩御飯なんだもの。あなたはさっき自分の分食べたでしょ。」

そう言ってやると、プイっとそっぽむき居間のほうへ行ってしまった。


うちに来た子猫のころから、Gはとても貪欲だ。艶のある黒いスリムなボディーに似つかわず、食べることが好きでしようがない。

その緑のくるくるした目をじっと見上げ、いつもああやって「くれ」というのである

そのジーッと見上げる様子があまりに印象的だったので、私は「G」と名づけたのである。


最近では「くれ」というだけでなく、いかに隙を見て食べようかとも試みてくるので困ったものだ。

先日は棚の上の届かないところに置いてある、私の食後の楽しみのお菓子をためこんでいる缶箱を留守の間にどうやったのかとったらしく、帰ってきたら愛する菓子たちが無残な姿をさらしていたのである。


またあるときは、夕食時にわざと花瓶をひっくり返して、私がその処理に手間取ってる隙に、おかずを食べてしまったこともある。


「本当に、困った子ね!」とGに聞こえるように言ってやったら、短く「ビャ!」とひと声あげてソファで丸くなってしまった。




今日は春らしい暖かな日差しが心地いい。

朝から洗濯に掃除と済ませ、縁側で一息ついた。

「ビャッ」と声がしてどこからかGがやってきて私の膝に乗って丸くなる。

艶のある毛並を撫でながら「ほんとうに、こういうところは可愛いのだけどなあ」とつぶやいた。


穏やかな気温、心地よい柔らかな風。

いつしか私もGと共にうとうとしていた。



「ア゛ーヲ」

聞き覚えある声がして、私はハッと目が覚めた。

見上げると塀の上で、シロクロがこっちを見ていた。この子はGの友達で、よくいつも遊びに誘いにくる。白地に黒の大きな

ブチがいくつかあるのでシロクロ、と勝手に名づけたのだ。


「ア゛ーヲ」

また、鳴いてこちらを見つめてくる。

「なによお、今日は私を誘おうっていうの?とんだプレイボーイだこと」と、いってシロクロに手をふってやったが・・・。

「!?」私の手、黒い。まるでGの手のよう?

慌てて窓ガラスに映る自分を確認してみると、Gが映っている。いや、Gの姿になっている私が映っていた。


もう私ったら、Gのこと考えてうとうとしちゃったから、こんな夢をみて。ま、いいわ、せっかくだしGの世界を楽しんでやろうかしら。


私は庭に踏み出し「ビャッ」とGが出しそうな声で返事し、シロクロの待つ塀の上へ飛びあがる。驚くほど軽々と塀の上に立つことが

出来た。シロクロはむこうの道端に降り振り返ってこっちをみている。ついてこい、ってことかしら。

駆け出す彼についていくと、家の横を通り、裏へぬけ路地を疾走していく。

待って、そんなに早く私走れない、と思ったがGの体はしなやかに動きどんどん加速していく。

顎の下を地面が滑るように流れ、風が髭を揺らし、耳をなで尻尾の先へ転がり抜けていく。


すごい!これがGの世界か。


数分走ると、広い田んぼが一面に広がるあぜ道へとついた。水田用にひかれた水路を水がキラキラ光り流れている。

シロクロはその水をペロペロと飲んでこちらを振り返る。

美味しいのかしら?私も真似してなめてみた。冷たい水が、ほてった体の熱を鼻先からすぅっと抜いていく。ああ、気持ちがいい。

見上げると、青い空がとても高い。草木をなでる風のささやき、虫たちの羽音。

なにもかもが、いつもよりずっと刺激的に感じる。視点が変わっただけで、こんなにも見え方が違うなんて。

こんなふうにあの子にはこの世界が見えていたのね。

その後、シロクロと通りかかる人からのかくれんぼをしたり、蝶々を追いかけて遊んだ。

ふと気がつくと、いつしか日が傾き始めていた。いけない、洗濯物いれなくっちゃ。

シロクロに「ビャッビャッ」とそれらしく別れを伝えると、私は帰路へとついた。


我が家が見えてきた。今日はなかなかの冒険をしたわね、と私は上機嫌。

庭に入り縁側まで帰ってくると、運動した心地よい疲労感とほっとした安心感で急速に眠りにおちていった。



すこし冷えはじめた空気を感じ、はっと目が覚めた。あたりは暗くなり始めている。いけないすっかり眠り込んでしまった。

そうだ、洗濯物!!私はあわてて家事のつづきを片付けにいった。


洗濯物をとりこみ終えた私は、夕食の準備へと台所に向かう。


「えっ!」

思わず声がでた。そこには、悲惨な世界が広がっていた。

開いたままの冷蔵庫、ひっくりかえった残り物のお皿。焼こうと思っていた魚の無残な姿、ほぼ空になったお菓子の缶。

泥棒でも入ったのかしら、とおもった時、私はあることに気づいた。


自分の口の周りがベトベトに汚れていること、身に着けたエプロンにおかずの汁が飛び散っていること。手が魚臭いこと。

ふと視線を感じ、振り返るとGがこちらをじっと見つめていた。


「ビャアァ・・・」と、ひと声。

その瞬間すべてがわかった。



私がGになったのでは、なかったのね。



「まったく、アンタって!!!どこまで貪欲なのよお!」

Gを叱りつけようと追いかけたが、いつものように、なにくわぬ顔でプイっと逃げていくのであった。

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