次期王
[次期王]
カッコつけたがりと言われた次期王の話をしよう。
ー
この世界で一二を争う大都市“ナトゥール”
活気溢れた水辺の都市、そんな都市の真ん中に建つ立派なお城がある。
王が座る玉座。
次期王の席に座るのは、一人の王家。
大きくゆったりとした三つ編みを肩に垂らし、燃えるような赤い瞳が埋まっている顔。弧を描くように笑っている口元。
指輪をはめた水仕事をしていない事を表しているかのような、赤切れのない指。だが、手のひらには豆が沢山できていた。
次期王として、相応しいと云うべか自信に満ちているその瞳には何も映っていなかった。
ただただ綺麗な、なんの意思もない瞳だった。
子供の頃から癇癪を起こすことはない子だった。
子供の頃から何もかもできる子だった。
子供の頃から甘えを見せず、弱みを見せない子供らしくない子だった。
ただただ“一人で泣くような子だった”
そんな次期王の過去の話をしよう
ー
宝石を頭に飾り、触りごごちの良い服を身にまとうなんとも豪華な少年がいた。
この大きな都市“ナトゥール”の王家……それも嫡男として生まれた少年は、生まれた時からそれはとても丁寧に扱われてきた。
咳を一度吐けば、使用人たちが忙しなく動き回る。
涙が溢れよう物なら、一日中休ませる。
嫌いなものは決して夕食にはでない。
まさに至れり尽くせりとはこの事なのだろう。
ー
少年は弓に憧れた。
ーだが周りは否定した。
“次期王は剣を握れ”と
少年は古い時計屋に行きたかった。
ーだが親は否定した。
“高級品以外を身に付けることは許さない”と
少年は段々と何も言わなくなった。
忙しい父はそれに気づかず、見たこともない母は街へと王家から逃げ回っていた。
窓の外に広がる世界では、父と母は仲がいいらしい。子供は親に甘えられるらしい。
飾られた愛ではなく、ただただ純粋な愛をくれるらしい。
少年は、深く悟った。
少年は、深く絶望した。
誰も涙を拭ってくれないのだと。
少し冷える窓辺。触ったことのない雪に想いを馳せながら、少年は廊下を歩いた。
ー
少年は順調に年を重ねていった。
なんの不都合もなく、なんの壁も乗り越えず甘やかされて育っていった。
外の世界を知らない箱入りの次期王と、世間で噂になった事も知らないほどに。
ー
私はいつしか、自分の意見がなくなった。
周りから見たら恵まれている環境かもしれない。
確かに地頭はよかったのだろう。スラスラと勉強が進んだ。多分これは頭の良い父上の影響。
確かに運動神経は良かった。何もしていないのに、剣は難なく振ることができた。馬には二日目で乗れるようになった。これはきっと王族からも逃げられる母上の影響。
全て親の七光り。
自分のやりたい事は、何一つとしてできなかった。
言われた事をこなすだけの生活以外を知ることがなかった。
貼り付けた笑顔は確かに喜ばれた。
自信に満ちているのではない。失敗を知らないだけだ。自分が失敗するはずがないと揺るがない自信があるだけ。
“失敗なんて次期王に相応しくないからな。
きっと私は次期王になれる器ではないのだろう。
ー
どうだっただろうか?
これがカッコつけたがりと言われた次期王の過去だ。
ー
『……、質問を許可してやる。
…ここだけの話だが、王族になんざ生まれない方がいいぞ。羨ましい?ハッ、何処かだ。
生まれた時から愛を分け与えられずに、権力だけは与えられる生活だぞ?
だが今更一人にされても、生きていく術を知らない赤子と同じだ。未来なんてありゃしない。
これからまだ平民の方がいいのではないか?まぁ、私は知らないがな。平民の事なんざ。』
No.3 甘える事を知らない次期王
追記ー
数年後の大都市“ナトゥール”の玉座に座ったのは、彼ではなく彼の従兄弟だった。
懸命に物事に取り組んできた従兄弟は、民から支持を得て、立場を確立している。
優しく、健気で、気遣いができる……まさにできた人間を具現化したかのような存在。
その横で彼は、ただただ空間を眺めている。
変わらない美しい三つ編み、だがひとつ変わった事は燃えていた炎が完全に消えた瞳をしていた事だけだった。
次こそは明るい話を書きます!