勇者
[勇者]
文武両道と言われた勇者の話をしよう
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とある森にある丸太で作られた小屋。
そこには、かつて栄光を手にし、人類最強と謳われた勇者の姿があった。
慈悲に満ちた黄色の瞳に、映える白髪。
聖剣は、壁に飾られ手入れが行き届いているのがわかる。
欠けた右足を引き摺りながら、静かに珈琲を啜る口元。
魔法史で最も早く上級魔法を習得し、魔族や天人、人間までもが恐れた史上最強の勇者。
敵に居れば塵も残らず、味方に居れば五体満足。
そして、どちらに居ようが同じ空間にいる者を恐怖に立たせたとされている。
ある者は言った。
“黄色い瞳を持った悪魔だと”
ある者は言った。
“剣には迷いが見られなかったと”
そんな勇者の過去の話をしよう。
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ある活気溢れる街に神童と呼ばれる子が居た。
才色兼備、文武両道。
美しい見た目に加え、人に優しく、頭が良く、そしてとても剣の腕がいい。
そんな彼はいつ何時でも笑顔を崩さなかったという。
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正直に言って、僕は人並み以上の顔を持って産まれたと思う。
正直に言って、僕は人並み以上に努力をしてきたと思う。
親は“流石私の子ね”なんて言っていたけど、元々物覚えは良くないし、なんなら運動神経はお世辞にも良いと言えなかった。文字は書き間違えるし、小石があるだけで転けてうまうほどにね。
だけど周りの人たちは皆んな口を揃えてこう言った。
「神の子だ」と。
僕はその時、絶望という感情を覚えたさ。
頑張れば頑張る程、周りから背負わされた期待はドンドン、ドンドン重く僕に圧をかけてきた。
だけどやめる事はできなくなったてしまった。
コレをできなければ、出来損ないと言われてしまうかもしれない。
アレをできなければ、期待はずれと思われてしまうかもしれない。
寝る間を惜しんで本を読み、遊ぶ間を削り剣を握った。
その姿は誰にも見せなかった。
親にも周りにも。
自分も、疲れていく自分を見て見ぬふりをした。
そして気づけば聖剣を抜いていた。
いくら賞賛の声をかけられても、心ここに在らずだった。
だってこの剣を抜いてしまったからには、未来の自由はないに等しいのだから。
僕は自分の未来を……過去を呪った。
ー
「なぁ、聞いたか?
今年の一年には聖剣保持者が居るらしいぞ」
「マジかよ」
「一年ってことは十四歳だろ?ヤバ」
「本当環境に恵まれているよな」
『新入生代表挨拶 原稿用紙』
僕はそう書かれた紙を手に取った。
いいや、正しくは“押し付けられた”の方が正しいだろう。
聖剣保持者。
入試主席。
まさにぴったりな人間だ。
僕いいや、私はこの時心に決めた。
世界の人間が思う最高で、最強の勇者になると。
期待通りで、なにもかも外さない勇者として生きると。
ー
そして気づけば魔王城に一人で、たった一人で立っていた。仲間なんて作らずに、パーティなんて組まずに。
目の前には自分が刺した魔法の亡き骸と自分の右足。
ポタポタと血をおとしながら僕は帰路へついた。
赤い道標を描きながら。
そして、後ろ指を差しながら世間は口を揃えてこう言った。
「なんて恐ろしい子」と。
僕は森の中へ迫害された。
何も待たされずに。
持っていたのは聖剣、そして一枚の金貨だけだった。
全て気づけば終わっていた。
ー
どうだっただろうか?
これが文武両道と言われた勇者の過去だ。
ー
『ん? はい。
あぁ取材ですか。珍しいですね。
皆さん私のことを恐れて此処に近づこうともしないのに、喋りかけてくるなんて。
別に急いでないので、大丈夫ですよ。
……そうですね。私は年相応の暮らしをしてみたいですね。
子供の頃はみんなと笑って、大人になったら働いて。家族に見守らながら死んで。えぇ、勇者なんてお勧めしませんよ。
人生無限の可能性があると思っているなら……ね。』
No.2 冒険をすることのない勇者