雪男
[雪男]
失敗作と言われた雪男の話をしよう。
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とある一年中吹雪の厳しい山奥にその雪男は暮らして居た。
銀色の髪に、細い目から覗かせる灰色の瞳。背中に担いだ斧は大きく、きっと普通の人間が持ったら振るとこは勿論、持ち上げる事もできないだろう。それを振り回す大きな身体は、きっと二メートルを軽々と超えている。
だからだろう。雪男が討伐対象として、悪いイメージが染み付いているのは……。きっとありとあらゆる罪をなすりつけやすかったのだ。
そんな彼は一人でのんびりと、いいや何事も失ったかのような生活をして居た。
誰にも見つからないであろう山奥で、誰とも話さない生活。
彼は孤独そのものだった。
そんな彼の存在は、誰も知らない。
なんならここに小屋があることも知らないだろう。そのくらい彼は大人しく過ごして居た。
そんな雪男の過去の話をしよう。
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彼は地下にある雪男と雪女の村で生まれた。その村はとても整備さている。鉱山資源の採掘がしやすくしっかりと管理されている道や家々。きっと世界一整理された雪男が住む村だろう。
それにしてもなぜ地下に? と思うかもしれないが、迫害され討伐対象になっている雪男は地上では安心して暮らせない。
それに雪男は屈強で大きな身体を持っているが、雪女は細く儚い雰囲気を持っているのだ。顔は人間とは比べ物にならないほどの美形。雪女はその美貌から人間に、雪男とは違う理由で狙われる事がある。まるで真逆の性質をこの種族は、男と女で持っている数少ない生物なのだ。
そんな村の普通のなんの変哲もない家庭。そこが彼の実家だった。両親共に健康で、一人いる弟は可愛くて仕方がない。
家族でよくするボードゲームは、とても楽しくいつも笑顔は絶えなかった。
そんな温かい家庭で彼はスクスクと育った。
だが彼の人生は少しづつ、そう本当に少しづつ破滅へと転がっていく。
音もなく、本当に静かにゆっくりと。
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ある時彼は恋をした、まさに初恋。
この村のお偉いさんの一人娘。その美しい白髪に宝石のような青い瞳、なによりその性格に彼は惹かれた。大層大事に育てられたであろうお嬢様だとは思えないほど、優しく謙遜の効いた性格。そして料理もできて、裁縫もできる。まさに高嶺の花。
彼はその彼女の完璧さに心を奪われた。
だが、自分では彼女には釣り合わない。お世辞で見た目が良いと言える程度の顔と、たいして良くない体格。そして雪男にしては曇っている色の銀髪。その全てが彼の自信を奪っていった。
いつも人に囲まれている彼女を遠くから眺める、その行動で彼は精一杯だった。
だが未来とは不思議なもので、彼はその女と結婚した。その娘が彼に一目惚れし、父親に相談したところ婿に取りたいと連絡が来たのだ。その手紙を読んだ時、相手を間違えているのでは? と宛名を五回は確認した。
その申し立てを断れる筈もなく、トントン拍子で進む婚約話。
そして気づいたら彼は、逆玉の輿になって居たのだ。喜ぶ家族と隣にいる可愛らしい奥さんに口元を緩ませながらも、彼は重い責任を感じていた。
握った小さな彼女の手はとても冷たかった。
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俺は、前なら三ヶ月から村の長になった。俺に一目惚れする理由は良くわからないが、兎に角嬉しいのは事実だ。
こんなにも可愛くて、完璧な女性を今までに見たことがない。容姿も内面も、全てを含めて。
俺は大雑把な性格で事務仕事に慣れるのは一苦労したが、まぁ及第点だろう。見れるレベルまでは上がったと思いたい。
そして俺は今、とても嬉しい事がある。それは妻のお腹の中に第一子がいるという事だ。
こんなにも嬉しいものなのだろうか。それを知った時は嬉しくて、舞い上がりそうだった。
男の子だろうか、女の子だろうか。女の子だったら妻のように綺麗になるのだろうなぁ、と俺は想像して居た。
結果として、生まれてくる筈だったのは女の子だった。踊る心は収まる事を知らない。
出産日。
俺は朝からソワソワして、何度も何度も家の中を歩き回ったり、水を飲んだ。
だが赤ちゃんが、産声を上げることはなかった。待ちに待ったその声を聞ける事は叶わなかった。とても難産で、生まれた頃にはもう赤ちゃんは息をしていなかったとか。
それと同時に妻はもう、子供が産めなくなったらしい。
俺は俺を聞いた時、全てが終わったかのような感覚を味わった。妻だけでも生きて居てよかった、俺は心そこからそう思う。だけど、妻はどう思うだろう? 俺は腹を痛めてないからそう思うのであって、妻は……。
妻は失望したような目を俺に向ける。
そしてそのカサカサの唇から、
“アナタのせいよ”と。冷徹で、慈悲のない声を発した。俺の頭は全力で回転したが、理解なんてできない。
だが、元村長の一人娘。その言葉は易々と信じられ、俺は村から追放された。その村の人々が俺を冷たい目で見る。そして口々に“失敗作”と罵った。全てが夢かのように一瞬で崩れた。
はじめて見る地上は思ったよりも夢がなく、殺風景な雪景色。俺はふらりと歩いた。何もない雪景色に何かを求めるように。
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今のごろ、俺の子が産まれていたら一歳になっているくらいだろう。そんな時、ふらりと歩いた先で布に包まれただけの赤子を見つけた。見て見ぬ振りなんてできない。俺は無意識にその子を抱き上げた。
そのなんとも言えない温かさと、そのなんとも言えない甘い、嗅いだことのない匂いが鼻を通る。俺は心の少し欠けていたモノが埋まった気がした。
俺は誓った。
この子を立派に育ててみせると。
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「俺の過去は、夢のようなものだったよ。
幸せが一瞬で崩れる。だからあの子に会えるのだろう? すごい楽しみだ。あの子がどのようになっていようと、俺の子に間違いはない。
血がつながっていなくても、俺はあの子を愛している心の底から。
……だが一つ不思議な事がある。なぜ俺たちの居場所がバレたのか、だ。魔法を感知する能力が王家にはあるのかもな!」
No.18 愛を知った雪男
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追記ー
道を教えた後、彼は私に向かってついてくるか? と尋ねてきた。だが、私は遠慮した。
だって家族水入らずの方がいいだろう?