魔女
[魔女]
悪者と言われた魔女の話をしよう。
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シンシンと雪が降り積り、一面雪景色になる季節。凍った湖が綺麗に見える一つの家が建っていた。黒い木で作られた小屋のような家。見ていて気味が悪くなるほど、禍々しいオーラを放っていた。
そこにはまるで、御伽噺のような風貌をした魔女が住んでいる。この家にぴったりな風貌だ。
黒いとんがった帽子に折れ曲がった鼻、ちらりと覗くミントグリーンの瞳は黒く濁っていて、手入れのされていない事がわかるほど傷んでいる赤髪。それは不吉の象徴にぴったりだ。
彼女の魔法はとても強力である。
杖一振りで大半の人間を従わせる事ができる。
杖から放たれた魔法の美しさに誰もが気を失い、永遠に瞳を輝かせる事はない。
“誰も捕まえる事ができない” そう思われ、完全に孤独になった魔法使い。
そんな魔女の過去の話をしよう。
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彼女の生まれはわからない。
分かることは彼女が目覚めた時目の前に居たのは、母親ではなかったという事。勿論父親でも、乳母でもない。
目の前に立っていたのは、雪に身体を包まれた大きな男。恐怖すら感じるその巨体に少女は身を震わせた。大きな宝石のような瞳にうるうると涙を溜める。
まだ言葉を話せない赤子を怪しげに見つめ、ソレをおぼつかない手つきで抱き上げた。身体に似つかない瞳が、優しく微笑む。大きな温かい手のひらに安心したのか、赤子は寝息をこぼし始めた。
大きな雪男は、重い大きな足でドシドシと雪の中を歩いていった。
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雪男が住んでいたボロくさい小屋。そこが彼女の家となった。新しい家なのか、はじめての家なのか。
見た目とは裏腹に、優しい大男は彼女の心を癒すのに十分でとても温かい家庭を育んだ。
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私は産まれた時、親に捨てられたらしい。だけど今、とっても楽しい生活を送っている。とても満足しているの!
私を育ててくれたおじさんはとっても大きくて、その分愛も多いのよ。ふふッ、それに私は魔法使いなの。おじさんから聞いたのだけど、魔法は選ばれ者しか使えないらしいのよ。私才能あるんだって。とっても嬉しいわ。
だけど魔法使いはとても珍しいのよ。王様が探し求めるほどにね。だけど私は、ここを離れる予定はないよの! なんでって?
だってこことおじさんが大好きだからね。
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だけど幸せって続くモノではなかったの。その日は、吹雪の強い日だったわ。
王様の眷属? って人が私を連れて行こうと家の戸を叩いたの。とても意地の悪そうな顔でね。そしておじさんを殺そうとしたのよ。その腰に付けられた立派な剣を抜たの。キラリと光るその刀身がとても怖かった。
おじさんみたいな雪男は討伐対象。でも悪いことはしてないわ。少なくともおじさんはね。
雪男は逃げ足が早いと、眷属の人が言い、ラッキーと言わんばかりに口笛を吹いた。
でもおじさんは私を守ろうとして、一人で逃げとようとはしなかったよ。まるで我が子のように子供を抱きかかえながら走る雪道ほど、走りにくいものはないわ。それでもおじさんは、私を抱き上げた力を決して弱めなかった。それどころか、どんどん強くなった。
でも私は、おじさんに断って戻ろうとしたの。おじさんは私をなかなか下さなかった。私のせいでおじさんが辛い思いをするのは耐えられない、そう言ったけどおじさんは決して首を縦には振らなかったわ。おじさんは叫ぶようにこう言ったの。その声は、今まで聞いたことのないくらい震えていたわ。
「誰が! 死に急ぐ我が子の背中を押すか? 赤ちゃんの頃からお前を見てきたのだ。お前はもうオレの子同然だ!」って。私は感動したわ。私をここまで思ってくれているなんて。
でも私は、おじさんに杖を向けて遠くに転移させたの。平和な場所はね。泣きそうな顔をして手を伸ばして来たおじさん。私もとても心苦しかったのよ。
だけど、私にはこの解決策しか思いつかなかったのよ!
ごめんない……お父さん。
こんな娘で。貴方は最後まで、完璧な父親だったわ。決して血は繋がって居なくとも、貴方は私の立派な父親よ。
私は王様の眷属に杖を向け、魔法を放った。それは王家に反発する、つまりは敵になったのよ。でも私は後悔なんてしなかった。
そして私は家の戸を叩いて、家の中に入った。
でも、“お帰り”と優しく言ってくれる人はいなかったわ。私の足音が無情に響くだけだったの。
きっと私はこの時からずっと一人だ。
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『なんだい! 私は絶対にここを動かないよ。早くおかえり……って女の子じゃないか。どうしたの、道にでも迷ったのかい?
えぇ、取材? 私は魔女の端くれだよ、なんの役にも立たないさ。……でもここにくる人間も珍しい。巷では私は、わるーい魔女になっているのだろう? でもアンタ来た。その勇気に免じて少しくらいなら、話を聞いてやらん事もないよ。
フーン、そうだね。私はあの人が親で良かった。とてもとても楽しい時間だったさ。今でも夢に見るくらいね。
もう一度会えるのならば、お礼を言いたい。育ててくれた礼さ。私をあそこで拾ってくれなきゃ、私は凍死していただろうから。
私は悪に堕ちた事を、後悔して居ないよ。私の思う正義はここにあるからね。
自分を信じて、生きていくと私は決めている。』
No.17 家族を愛した魔女。
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追記ー
私は帰り道大きな雪男に、道を聞かれた。
“ここらへんに、魔女の住んでいる小屋はないか?”と。
私は交換条件を差し出した。貴方の過去を教えてと。