菓子職人
[菓子職人]
世界一と言われた菓子職人の話をしよう。
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“オスト”の城下町に店を展開する菓子職人がいた。
いい匂いに釣られて足を運ばせた先は童話のような一軒家。とても可愛らしい焼き菓子をショーケースに並べているお菓子屋さんだ。
そこの店主は、水で濡れた後のような天使の輪が広がる金髪。宝石のような黄色い瞳。キラキラと光を吸収するその瞳は、とても美しかった。緑のオーバーオールがよく似合っている。
左手の薬指にはキラリと光るシルバーの指輪がハマっていた。
彼女の作る焼きお菓子はとても評判がよく、世界から愛されるお菓子で有名だ。
王室に献上された事もあると噂が回るほどの美味しさ。一度食べた者はその味を生涯忘れられないのだと言う。
世界を探してもコレ程のお菓子を焼ける者はいない、と言われる職人だ。
そんな彼女は、レシピを公開しても彼女通りの味にはならなかったといわれた。
今まで、何人の胃袋を掴んできたのだろうか?
それはもう、数えきれないほど膨大な人数になるだろう。
そんな菓子職人の過去の話をよう。
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春の風が強く吹くオストの街。
そこで彼女は目を覚ました。
ごくごく普通の一般家庭の大家族。
姉に兄、双子の弟がいる彼女はとても面倒見が良かったと言われている。
穏やかに笑う顔は太陽の化身のようであった。
その穏やかな物腰に、器用な手先。彼女の作る織物はとても美しく、繊細なモノであったとか。そんな彼女はいつも同じ花柄の織物を作っていた。
周りの人は常日頃から、
“他のものも作ればいい”と提案していたが、彼女は
“私はこの柄が好きなのです”と優しく笑いかけたと言う。
その理由を幼馴染に尋ねられた事がある。その時彼女は、“花柄が好きなのよね”と言った。
聞いていた幼馴染は、“ふーん”と相槌を打ち図書館へ歩いて行った。
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彼女は、幼馴染の事が好きであった。
いつも自分に自信があり、だが決して他人を貶したりしない。そんな彼だった。
“バレンタインデー”にお菓子をあげようと、初めてのお菓子作りをしたのが彼女の始まりだ。初めはうまくいかなかったお菓子作りもメキメキと腕を伸ばし、プロレベルへと成長した。
とても若い職人が誕生したという。
だが、幼馴染は“ナトゥール”の学校へ進学してしまった。
その事実を知ったのは、彼が“ナトゥール”へ行った後であり、満足するお菓子を作れた頃。彼女は強くお菓子の入った袋を握った。
その頬に涙が伝ったのは言うまでもないだろう。
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彼がいない事実に、せっかく作れたお菓子。
勇者になりたいといった彼を応援しないわけではない。だけど、教えてくれてもよかったと思う。
折角の努力が無駄になる、お菓子をどうするだ、と怒りたいわけではない。ただ見送りたかった。
“いってらっしゃい”と見送りたかっただけ。
彼の人生に私は必要ないのだろうか?
いつもいつも勉強して、剣を振るって頑張っている彼だ。確かに一人で生きていけるかもしれない。
それなら私は全力で応援したい。
いままでの人生を賭けてまで勇者になりたいと言った彼を。
彼がいつか晴れ舞台で、大きく笑っていられる未来を。
その隣に私が居ればとても嬉しいが、居なくても私は嬉しい。
彼のために作った焼き菓子は、とてもうまく焼けていた。だけど本当の美味しさは彼が食べてこそ発揮されるものだと私は食べながら、思った。
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どうだっただろうか?
これが世界一と言われた菓子職人の過去だ。
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『取材ですか? はい、大丈夫ですよ。
…私は楽しいです。沢山の笑顔が見れて、沢山の人に美味しいと言ってもらえて。
後悔なんて有りません。だけどもしかしたら、硝子細工師になっていたり、織物職人になっていたり……と考えると、とても楽しいですよね。
あの時、お菓子を作ったからお菓子を今も作っているわけで、全ては運任せですかね。流れに身を任せる生き方ですよ、私は。
ヘヘッ、ああこの指輪ですか?
結婚したんですよ、つい先月。ありがとうございます。誰って、幼馴染ですよ。
学校へ行って随分と雰囲気は変わりましたけど、今はのんびりと花屋をやってますね。
でもよかった。
勇者になれなかったって、その後の人生をズタボロにせず立ち上がれて。
えぇ、とても楽しい人生ですよ!
私もきっと彼もね。いいえ、楽しくないなら妻である私が楽しい人生にして見せますよ!』
No.13 愛の詰まった菓子職人。