私、吸血鬼って言ったよね!?
「ど、どうしたの?こんなところ来たら危ないよ?」
8歳くらいだろうか。年端もいかない少女が夕暮れ時の森の中で涙目を浮かべて一人で歩いていた。
「っ……ぇ?」
その少女は声がした方向にその青い目を向ける。長く青い髪がゆらゆらと揺蕩う。
「お、おねえさんはだれ?」
「私?私はクレハ、ただの……えっと……」
(吸血鬼って言ったら怖がらせちゃうかなぁ?)
「ただの人間……みたいなものかな!」
クレハと名乗る者は笑って誤魔化してその場をやり過ごすつもりだった。
クレハは、クレハ・フェルウェルは吸血鬼である。人間の生き血を啜る者。その伸びている犬歯と病的に白い肌、紅い眼は吸血鬼であることを如実に表している。
だが、クレハ曰く「人間がいるからこそ私たち吸血鬼は生きることができるんだから人間を大事にしないと!」という信条のため、人間を襲うことは無いようだ。
むしろ人間を助ける存在とも言える。
「わたし、えっと、みんなとはぐれちゃって…」
もじもじしながら少女はクレハに訴えかける。
「じゃあ、みんなのところに行けばいいのね?」
「う、うん、でも、どこにいるのかぜんぜんわかんなくて……」
「私、多分分かるよ」
「ほ、ほんとう?」
少女は目を輝かせてクレハを見る。クレハはそれを微笑みながら見つめ返して言う。
「私、生物の居る場所がなんとなく分かるのよ」
それは、吸血鬼特有の血の匂いを辿る能力によるもの。
クレハは持っている傘で刺した方向にみんなが居るのだと言う。
「あっちの方からすごい香ばし……じゃなくて匂いがするのよ、人間の匂いが」
それから実際にクレハが刺した方向に行くと、少女の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、ローラ!」
「おにいちゃん!」
クレハのもとをローラが離れて、兄である人物のもとに走って行く。
そこには約10人程の子供から大人までが集まっていた。
「ローラをここまで連れてきてくれて本当にありがとうございました!」
「いえいえ、私は当然のことをしたまでですよ」
にこやかに笑ってそう答えると、次々と他のみんなが感謝をクレハに伝えてきた。
そこにはローラという少女が愛されていることを表す空間が生まれていた。
少し、羨ましいと感じた。
「それでは、私はこれで」
「ま、待ってください!私たち、まだ何もお礼ができてないです!」
「礼なんていらないよ」
「でしたら、お名前だけでも!」
「……クレハ、クレハ・フェルウェル、ただの吸血鬼だよ」
クレハは告げた。自分が吸血鬼だと。
嘘を吐き続けることをクレハは好まない。
ただ、こう言うと大抵は態度を一変させて怒号を浴びせられる。吸血鬼は人間が居ないと生きることができないのに、同時に人間に嫌われる種族でもある。
クレハが去ろうとして背を向けたそのとき。
「……天使様……」
「て、天使ぃ!?」
クレハは素っ頓狂な声を出して振り返った。振り返ってしまった。
「人間を超えた存在で人間を助けてくれる、天使様なんだ」
「え、私、吸血鬼って言ったよね!?」
「私たちの村では人間の上位存在で、人間を助けてくれる存在を天使と呼ぶのです。あなた様が吸血鬼であろうと、私たち人間を助けてくれるのであれば、その者は天使なのです」
気づけば、森の中にもかかわらず、皆がクレハに向かって跪いている。
ローラも、その兄もみんな跪いていた。
「ちょっ、ちょっと、みんな、え、どうすればいいの!?」
クレハは初めての反応にただあたふたするしかできなかった。
それからその村では、クレハ・フェルウェルという名前の天使が祀られ始めた。
また、自分が心地よく過ごせる場所はここだと感じたクレハはそこで、人間と共生を始めるようになるのであった。