キ・ク・チはあそびたいだけ!
コロン様の「菊池祭り」参加作
まったく朝から騒がしいこと。
夫の寝室を覗くと、いつもの光景があった。
「だぁかぁら~。今はきぃがお腹ぴょんぴょんなの」
「やーだぁ。くぅ、ずっと待ってるのに」
「わーい。ぴょんぴょんたのちー」
「あ! ちぃ!?」
人差し指ほどの小さな三人娘が夫の弛んできているお腹の上で跳ねて遊んでいた。
新婚当時は衝撃映像だったが、今ではお馴染みの光景。
きぃは頭に菊の花を載せたような、黄色い妖精。
くぅは黒猫のような耳をはやした、灰色の妖精。
ちぃはぷるぷるの水帽子を被った、水色の妖精。
そして、キクチ達は良い意味でとても素直。ぎゃあぎゃあ騒いではいるが、夫との約束「お腹ぴょんぴょんはひとりずつ」を守っているのだ。
「もう、キクチ、静かにしろよ。もう少し寝かせて~。何時だと思ってるんだよ、今」
頭に敷いてあった枕を、わざわざ顔の上に載せた夫が『キクチ』と呼ぶのは、妖精信仰のあるこの世界の至る所にいるらしい、妖精達、3人組である。
夫がキクチと出会ったのは、ほんの7つの頃だったそうだ。
普段は目に見えない妖精を3人(匹?)も見つけた夫は、喜び勇んで「あそぼー」と叫んだそうだ。
すると、キクチ達が言った。
「じゃあ、あなたの一部をちょうだい」
大人だとなんておぞましい言葉と思ったことだろう。しかし、夫は、良い意味でも悪い意味でも賢く馬鹿な子どもだったのだ。
「うーん」
夫本来の名前はキクティオチ・イライラ・モドン。
一応由緒ある神官一家の次男坊で、末っ子。
考えた夫は、こう言った。
「じゃあ、キクチをひとつずつあげる」
夫は常々思っていたそうだ。
キクティオチ。普段は親にまで『ティオ』と呼ばれる。『イライラ・モドン』は父方の家名と母方の家名だが、残すキ・ク・チはなんなのだろうと。
そして、幼い夫は、真面目に自分の家を考えたのだ。
代々受け継ぐように名前に入る『キ・ク・チ』についてを。神聖な言葉だと教えられている、その文字を。しかも、ちょうど3つ。
あ、きっと、妖精達にあげるために残ってた名前なんだ。
神官一家の育て方が良かったのか、どうなのかは分からない。しかし、夫はこの後、この国唯一の妖精3人持ちという神聖極まりない存在となった。
なったのだが……。
私は、腰に手を当て叫んだ。
「ティオ! 何時だと思ってるの!? 食事の片付けが済まないから、早く起きてちょうだい! 起きないなら……キクチ、やっておしまいなさい!」
「わーい」
3人のキクチの喜びに満ちた声が響くとともに、夫の悲鳴が響いた。
3人のキクチが同時に、彼の鳩尾めがけて落ち込んだのだ。そして、続く強烈ジャンプ。
枕を床に落とし、涙目の夫が、私に助けを求めていた。
そして、夫の名誉のため念のため言っておこう。
毎年行われる「キクチ祭り」。夫がそこで一年の豊穣を願うようになってから、災害どころか、死に至る病気が流行ることもなく、国中が平和で幸せと笑顔に満ちている。
私自慢の夫である。