【呪いと言う名の毒】03
里に入ってから十分ほどで、神社の手前、石造りの長い階段の下に着いた。
「はぁ……」
ため息を吐きながら、俺は神社の階段を登り始める。
俺がため息を吐くのは何も階段を登るのが面倒だからではない。
俺がため息を吐いた理由は――
「よぉ、久しぶりだな人間!」
階段を上り切り鳥居をくぐると、やっと来たかとでも言いたそうな、細いつり目に犬歯が目立つ。先日俺を斬り殺そうとしていたシュウヤがそこにいた。
「どうも……」
「何が、どうもだよ。ふざけたこと言いやがって、それにその服頭に来るな」
何が気に障ったのだろうか……。
俺の何かに怒りを感じているシュウヤに対して『はぁ〜』と、心の中で再度息を吐き。
「覚悟はできてるよな?」
なんてシュウヤが言いながら、帯刀する刀の柄に手を添える姿を、俺は無言で眺めていた。
何の覚悟だよ!
――と、ツッコミを入れてやりたいが、そんな冗談言ってる場合ではなさそうだ。
「なぁ俺がここへ来た理由知ってるか?」
「んなもん知るわけねぇし、興味もねぇよ!」
好戦的な態度で、話を聞く気は無いようだ。
「とりあえず神主さんを呼んでもらってもいいかな?」
「爺ちゃんは今関係ねぇだろ!」
神主さんお前の爺さんなのかよ……。
ああ、どうしよう……。
シュウヤが刀を引き抜き、切先をこちらへと向けてくる。
別に斬り殺されてやってもいいが、今殺されるのは正直困る。
先生に酒を届けるのが遅れたとなれば、弟子を切られる未来が容易に想像できる。
それにせっかくカナデが忠告してくれたと言うのに、こんな風に殺されてしまっては流石に申し訳が立たない。
「悪いけど、今殺されるのは困るんだ。今度相手になるから、今はこの手紙をお前のお爺さんに渡してくれよ」
胴着の内側から先生に渡された手紙を取り出しシュウヤへ投げ渡す。
「なんだよこれ」
だがシュウヤは手紙を受け取ろうとはせず。手紙が雪の上へ落ちるのを目で追うだけ。
「先生……セン様から、お前の爺さん宛の手紙だよ」
「…………」
「黙り込んでないでさっさと拾ってくれよ、雪で手紙が汚れちまうだろ?」
「お前が投げたんだろ⁉︎」
「じゃぁ、俺が拾わせてもらうが斬りかかってくるなよ。セン様の手紙が汚れたらお前の方が困るだろ?」
「クソ!」
シュウヤは大きな声で悪態をつくと、俺のことを睨みながら刀を鞘にしまい、雪の上に落ちた手紙を拾い上げた。
「そこで待ってろ!」
「ああ、わかった」
どうやら手紙は無事に神主さんに届けてもらえそうだ。
とは言えそもそもの課題は、俺が今日中に酒を届けられるかどうかだ。
「――ごめんね。孫が物騒なこと言って」
「いえ、別に気にしてないので大丈夫ですよ」
シュウヤが本殿の横に立つ建物の中へ入って行くと、背後から肩を叩かれ、渋い声の男に声をかけられる。
後ろを振り返れば、四十代前後半の頭を剃り上げ、俺の着ている真っ白な袴と同じものを着る、背が二m以上あるだろう男が苦笑しながら立っていた。
「貴方が神主のカイさんですか?」
「そうだけど……驚いてないね?」
「驚いてますよ。シュウヤのお爺さんなのに随分と若そうなので――」
「僕が後ろにいること、もしかしなくても気づいてた?」
「鳥居の上になんか居るなとは思ってました」
自分で言うのは何だが、気配察知と敏捷性には俺は多少だが自信があり、誰かが俺のことを常に監視している事には気づいていた。
俺は自分で言うのはなんだが、気配察知と敏捷性には多少だが自信がある。
だからこそ里に入ってから俺を尾行し監視していた番兵の事や、階段を登り始めた時から、鳥居の上で俺を見ていたカイさんの存在にも気づいていた。
「さすが、先生が弟子にしただけあるね。アビくんも大概だけど君もなかなか――っと、自己紹介が遅れたね。僕はこの神社の神主のカイ、君はカズくんだったよね?」
「はい。カズと言います」
「うんうん。元気そうでよかったよ」
カイさんはそう言うと俺に笑顔を向けてきた。
「元気そう?」
「君は眠ってたから知らないだろうけど、二十日前に一度先生が君をここへ連れてきて、天位の石碑で君の能力値を更新していったんだ」
「天位……」
随分前に、同じような言葉を見たことがあるような気がするが……いったい何処で見たのかまでは思い出せない。
だが、能力値の更新をしたと言うことは、大国の教会――人間の神を祀るセト教にしか置かれていない石碑があるということなのだろう。
「それで、今日はどうしてここへ?」
「えっと、お孫さんに渡した手紙に書いてあるはずなんですけど、先生に神社で酒を貰って来てくれと頼まれて」
「なるほど、酒を持ってこいって命令されたわけか」
「えぇ、まぁ……。そうですね……」
カイさんはまるで自分のことのように『あはは』と、疲れたように笑うと。
「とりあえず、こんな冷える所での立ち話もなんだし、中に入ってゆっくり話そうか」
「いいんですか?」
「もちろん、それと孫のことなら気にする必要はないよ。期間はどうあれ、君は僕の弟弟子なんだからね」
そうなのだろうとは思っていた。
他の人たちは先生をセン様と呼ぶのに、カイさんは俺と同じで先生と呼び、服装も俺と同じ真っ白な袴姿に、先生を知り尽くしたようなこの反応。
これで先生の弟子でない方が逆に驚いてしまう。
「さぁ、上がって上がって、靴はその辺に」
「お邪魔します」
カイさんに連れられシュウヤが入って行った建物に入るとそのまま客間へと通される。
先生の屋敷は家中が迷路のようになっているので、もしかしたらと思って少し警戒していたが、ここは外観通りの広さのようだ。
まあ、それが普通なのだが……。
「緑茶でいいかな? 麦茶もあるけど」
「緑茶で大丈夫です」
「それならよかった」
卓上に置かれた湯呑みに緑茶が注がれ。
「――爺ちゃん! こんなとこいたのか――って、何でお前が上がり込んでんだよ!」
注がれたお茶を飲もうと湯呑みに口をつけると、廊下側からシュウヤの元気な声が聞こえてきた。
「シュウヤ、彼は僕のお客様だよ。それをいつまでも孫のわがままに付き合わせるなんて、そんな失礼なことできるわけないだろ? それに伝令の伝言を聞いたのに僕にわざと伝えなかったね? そう言うのはよくないよ」
カイさんの言葉にシュウヤは拳を力強く握りしめて黙り込む。
俺が来るって伝言があったのか、どうりで階段を登る前からシュウヤの殺気を感じたわけだ。
「部屋に戻ってなさい」
「ぶざけやがって……」
振り絞るようにシュウヤはそう言い残すと、先ほど俺が投げ渡した手紙を、今度はカイさんに向かって投げ渡して、すたすた足音を立てながら去っていった。
「すまないね。根は悪い子じゃないんだが……」
「大丈夫ですよ。人間がやったことを考えたら仕方がないことです」
「君は……少し変わってるね」
微笑を浮かべながらカイさんはそう言うと、落ちた手紙を拾い――広げて読み始め。
「……参ったな」
手紙を読み終えたカイさんが困ったように呟いた。
「君はこの手紙の内容を何か聞いているかい?」
そう聞いてくるカイさんの表情は焦っているようにも見え。
「先生からは手紙を渡せば事情は伝わるとだけ……」
様子を見るに手紙の内容は酒樽関連ではなかったようだ。
カイさんが読み終えた手紙を俺へ渡してくる。
「これは……」
手紙に書かれた内容は最悪なものだった。
『お前の孫とカズに試合をさせな。それでお前の孫がカズに参ったと言わせたら、お前の孫をカズの代わりに弟子にしてやろう。無論そうなったらカズは破門、私の元からは出ていってもらう。この内容を両者に伝えた上で試合をさせな。追伸――どちらが勝っても、夜までに酒は届けさせな』
ふざけた手紙だ。
こんな内容が書かれていたのなら、シュウヤに投げ渡した時に雪に埋もれてしまえばよかったのに――
「この手紙を受け取った以上……僕はこれを実行しなきゃならないんだが……」
「俺のことは気にせず、お孫さんに伝えて来てください」
「いいのかい?」
「はい」
「わかった。先に言っておくけど、ごめんね……」
カイさんは申し訳なさそうに俺から視線を外してそう言うと、シュウヤに手紙の内容を伝えるため部屋の外へ出ていった。
面倒なことになるとは思っていたけど、あのババア……。
頭が痛くなる。
もちろん比喩だが気は重い……。
場所は変わり境内の中にある庭。
止んでいたはずの雪が再び降り始め、指が悴むほど冷えているそんな中――
俺の目の前にはそんな寒さをものともせずに、目をギラギラと輝かせて笑うシュウヤの姿があった。
よくまぁこんな状況を楽しめるな……。
と俺の立場からは思ってしまうが、そんなこと考えるだけ無駄なようだ。
「セン様はいい人だな。こんな機会を俺にくれるなんて。なぁ、お前もそう思うだろ?」
「そうだな……」
本当にいい性格をしてるよあの人は……。
庭に移動する際にカイさんに聞いたが、シュウヤは以前、先生の弟子になろうと弟子入り志願をしたことがあったそうだ。
だがその時の先生からの回答は『お前に教える価値はない』と、どこかで聞いたようなセリフで一喝され、その場で屋敷から追い返されたのだと言う。
そんなシュウヤにとって今回の先生からの提案は、憎い人間を追い出す事ができ、尚且つ先生の弟子になれるという是が非でも受けたい申し出であり。
そりゃ喜ぶわな……。
本当にあのババアは性格が捻じ曲がっているとしか思えない――いや、捻じ曲がってはいるのだろう。
だからこそ、俺にとっては有り難いことでもあるが、面倒な事に変わりはない。
「カズくん、君は本当に武器は要らないのかい?」
「はい。俺のことは気にしないでください」
「そうか……」
カイさんは俺のことを心配そうに、最後にそう言って目を閉じると。
「両者構え!」
と、大きな声で――
「始め!」
試合の開始を合図した。
試合の開始と共に刀を引き抜いたシュウヤが、すぐに斬りかかってくると思ったが、俺の出方を伺っているようで動かず。
そんなシュウヤに対して俺も同じく動こうとはしなかった。
俺が先に動かない理由は、先制しても返り討ちにあうとわかっているから動かないのだが……シュウヤの方は俺の――
異世界人の俺が持つ力を警戒しているようだ。
「先手を譲ってやってるんだ。かかってこいよ」
「先手を譲るって言われてもね……」
そう言われても困る。
今回の試合のルールは一方が負けを認めればいい。
ただそれだけの至極単純なものだが。
シュウヤにどうやって負けを認めさせるか、そのやり方には少し悩む。
あんまり気乗りはしない方法だがこれしかないか――
「そう言えば、ちゃんと挨拶したことなかったよな」
俺はシュウヤにそう言いながら一歩前に踏み出し、そして自己紹介をするように右手を差し出した。
「俺の名前はカズ」
「お前……ふざけてるのか?」
「ふざけてないさ。ただ、なんか殺伐としてたから和ませようと思ってね」
怪訝そうに聞いてくるシュウヤに偽りなく正直に答えると、俺の様子にシュウヤは少し驚いた顔をしていたが、刀を左手に持ち替えると俺の方へと近づき。
「意味わかんねぇけど」
と言いながら俺の手に、シュウヤは自分の手を添え。
「俺の名前はシュウヤ――」
シュウヤは自身の名を名乗ると――次の瞬間。
秘めていた憎悪を表情に出して、俺の手を握り力任せに引き寄せてくる。
「――よろしくなニンゲン!」
「やると思ったよ」
「――ッン⁈」
引き寄せられるのと同時に、俺もシュウヤの手を強く握り引き寄せ返し、左側からシュウヤの背中へと回り込んで右腕を拘束しつつ、空いた左腕でその首を絞め――その流れでシュウヤの足を刈り取り。俺の下敷きになるようにシュウヤを前のめりに押し倒した。
推測だがシュウヤは俺の手を掴み引き寄せた後、左手に握る刀で俺の肩を関節部分から斬り落とし、腕を失い動揺しているだろう状態のところで、負けを認めさせようとでもしていたのだろう。
その証拠とでも言うべきか、倒れた際にシュウヤの左腕は体の下敷きになり、右脇から刀を握る左手が見えていた。
首を絞める左腕に力を込める。
シュウヤにはわるいが、真っ向勝負で勝てない以上このまま気を失ってもらうしかない――
「ざ……けんなよ……」
まいったな……。
絞めは完璧に決まっているはずなのに、十秒以上経ってもシュウヤが気を失いそうな様子がない。
踠き苦しんでいる様子からも、人間と体の構造が違うわけではないようだが……これが身体能力の差なのだろう。
このままじゃ負けるな――
少しずつシュウヤの抵抗する力が増し始めている。
おそらく何らかのスキルを使い始めたのだろう。
両手で首を絞めることができたらまた違ったのだろうが……。
「――ッ!」
激しく踠かれた次の瞬間、左腕にできた僅かな隙間にシュウヤは自身の顎を入れ、俺の左肩近くの腕に躊躇なく噛み付くと――腕を胴着ごと噛み千切り、再び噛みつき――
俺の腕は二度にわたって噛み千切られた。
左腕に力が入らなくなり、真っ白な胴着に血が滲む。
まだ今なら倒す手段はあるが……俺がその手段を取ることは絶対にない。
拘束していたシュウヤの右手を放して即座に距離を取ると、解放されたシュウヤは口から俺の肉と唾を吐き吐き捨てて立ち上がると刀を構え直した。
「今のは流石に焦ったぜ。人間だからって気抜きすぎた。でも次はねぇぞ――」
「だろうな……」
確実に今のが俺の勝つ唯一の機会だった。
警戒しつつも俺を過小に評価し、その上で不意打ちをしようとしたシュウヤに対しての不意打ちだったからこそ、うまく拘束でき締め技を決めることができたのだ。
だが、こんな手が二度も通じるはずがない。
それ以前にスキルを使用された時点で今の俺に勝機などありはしないのだ。
「最後に言ってやる。それ以上怪我する前に降参しろ」
「はは、ずいぶん優しいこと言ってくれるじゃん」
「当たり前だ。俺は人間とは違う。力量が明らかに違うやつを一方的に痛めつけることなんかしねぇよ。お前雑魚だろ? 俺がスキル使ってんのに何も使おうとしない。喧嘩売ってんのかと思って、腕の腱を食いちぎってもまだ使わねぇ。お前、戦闘向きのスキル持ってねぇんだろ」
戦闘向きと言うか、何のスキルも持ってないんだよな……。
「思ってたより冷静なんだな……」
「負けを認めるな?」
刀の切先を俺へと向けてくるシュウヤに苦笑しながら。
「悪いな、俺も降参は出来ないんだ」
「は?」
俺の言葉にシュウヤは呆然としていた。
「お前……今の自分の状態がわかってないのか?」
「状態って?」
「お前の腕の腱は千切れた。もうその腕は一生使えないんだよ。そんな腕でただでさえ弱いお前がセン様の弟子でいられると思うか?」
ああ、そう言うことね。
カイさんの言っていた通り、シュウヤは心の奥底まで悪い奴ではないらしい。
「何が可笑しいんだよ!」
「悪い。ついな――」
シュウヤが俺を睨んでくる。
せっかくカナデに忠告してもらっていたと言うのに、無意識に笑ってしまったようだ。
「来いよ――」
シュウヤに言う。
この試合に勝つことは不可能だ。
だが、何もせずに負けるつもりは無いし、負けを認めるつもりもない。
どうせやられるのなら数発ぐらいはこの腕の借りとして返してやろうじゃないか!
シュウヤを見据えて、どのような動きにも反応できるように集中する。
そして、シュウヤ以外の情報を排除していき。
……なんだ?
シュウヤの動きに全神経を集中させていたからこそ、シュウヤの体の異常に――
「お前、何しやがった……」
本人が気づくよりも先に気がつくことができた。
シュウヤが握っていた刀を地面に落とす。
先ほどは前のめりに倒れ込んでも放そうとはしなかった刀を落としたのだ。
「なんだ……なんだよ、これは……」
膝を着きながら前のめりに倒れ込むシュウヤの声は震えていて、一瞬演技かとも思ったが――
「くそ……クソ! 負けを認める。だからもうやめてくれ……」
あっさりと負けを認めるシュウヤの様子に状況がますますわからなくなった。
「そこまで!」
カイさんが試合の終わりを告げてシュウヤへと駆け寄っていく。
「カズくんいったい何をしたんだい⁈」
「俺は何もしてないです……」
カイさんの言葉を首を横に振って否定する。
どうやらシュウヤの今の状態は相当まずいようで、カイさんが焦っている。
シュウヤを見れば先ほどまでは唸り声を上げていたのに、今は目を開けたまま瞬きすらせず、息はしているが、死んでいるようで……。
「家の中へ運ぶからカズくんも来て――」
「わかりました……」
シュウヤを抱き抱えて運ぶカイさんの後を、先ほどシュウヤが落とした刀を拾ってついて行く。
着いた場所は薬品がいくつも置かれ、布団が二組敷かれた四畳半ほどの部屋。
シュウヤを布団に寝かせると、カイさんは状態を診断するために医療器具を取り出して、その体を診断し始め。
「カズくん、君は本当に何もしてないんだね?」
「はい、なにも……」
俺はなにもしていない。
「わかった。何度も聞いてごめんね……」
「気にしてません。そんなことより」
どうして急にこんなことが?
カイさんがシュウヤの上着を脱がせ、胸元に手を当てると手から白い光が放たれた。
この強い光は魔術――それもフィーと同じ高位魔術によって生み出される光だ。
「これは……呪い? いや毒か」
――毒?
カイさんの呟きに今朝の飲まされた薬のことを思い出す。
「カイさん。その毒ってもしかして神経毒ですか?」
「神経毒とは少し違う……それに近しいものではあるけどね。これは魂と肉体を乖離させる禁忌の呪毒だ。もしかして何か心当たりがあるのかい?」
「はい……先生にここにくる前、魔術で作った即効性の――先生的には神経毒を飲まされました」
「ふざけてる……って、わけじゃないんだね?」
「十分ふざけてますよ。先生が、ですけど」
「少し血を貰ってもいいかな?」
「もちろんです」
少し戸惑いつつもカイさんは俺の言葉を信じてくれたようで、俺の右手の小指に針を刺して、小瓶へ血を数滴入れると『調べてくる』とだけ言い残し部屋を出て行った。
まだ決まったわけではないが、十中八九この原因は先生が俺に飲ませた毒のせいだ。
目を開けたまま横になるシュウヤを視界に入れる。
それにしても気分が悪い。
シュウヤの動かない姿を、顔を、瞳孔を見てると……この世界に来る前の、本当の地獄を知る前の――虚無のような憎悪に満ちた……。
――思い出したくもない地獄の日々が脳裏の片隅に甦る。
病室の天井――笑いかけてくれるナース。
死にたいといくら願っても死ねず発狂していたあの日々。
あの男への憎しみと、ナースへの罪悪感……。
忘れてはいけない――一度忘れ、フィーに救われた記憶。
今のシュウヤの姿はその時の俺と同じなのだろう。
意識がまるでないように見えるシュウヤが怯えているのが俺にはわかる。
目を見れば、俺はそれがわかるのだ……。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。