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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第二章 学園邂逅
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【二十二】02


「さっきのありゃなんだ」

「見たまんまだよ」

「そりゃそうだが……」


 時間も時間だったので、祝いは早々に切り上げて、道場へ戻っている途中。

 先ほどのことについて、アビから指摘が入った。


 そりゃそうだ。あんな顔を見せられれば、感情が感じ取れなくても、誰だってその想いに気づく。

 あの場でそれに気づいていなかったのは、張本人のユイぐらいだ。


「いつから気づいてたんだよ?」

「最初から――レオと試合をした時からだよ」

「あの時からかよ……」


 アビは不快そうな表情を浮かべたが、その内心は俺に対しての心配の感情が含まれ。


「お前は……いやいい、忘れてくれ」


 以前にも似た心配の言葉を言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。

 俺を気遣っての言葉――その言葉は俺に言わずとも、思っただけで十分に伝わってくる。

 そして、だからこそ……。


「なあアビ、俺たち弱くなってないか?」

「……かもな」


 今感じているこの感情が、この思いが弱さなのだと俺は感じてしまった。

 それはアビも同じなのだ。だからこそ俺の言葉に共感している。


 学園での生活は温かく――それが何よりも心地いい。

 でもだからこそ、胸の内に押し込める感情がより一層醜いものになっていくのがわかる。

 一度切り替えなければいけない。


「アビ、お前からも誕生日プレゼントもらっていいか?」

「あ? ……何が欲しいんだよ」


 嫌々ながらも、アビならそう言ってくれると思った。

 そして、だからこそ、俺が今からいう言葉に、アビは怒りを顕にする。


「……お前は怒るだろうけど、修羅道を使った俺と全力で戦って、俺を一度殺してくれ」

「――は?」


 立ち止まって、アビは俺を睨みつけた。


 前々から考えていたことだ。

 ダンジョン探索に行く前に一度死んで甦ったほうがいい。

 もう随分と死んでいないせいで、それなりに疲れが溜まっている。

 そして、来たるキッドさんとの戦いの前に、自分の能力を再度確認する必要がある。


「たのむ――」


 睨みつけてくるアビのその視線には、本気の殺意が込められ。

 その感情は怒りと、俺の考えを察しているからこその葛藤があった。


 アビは修羅道を憎んでいる。

 それは自身の兄弟を死なせた原因であり、大切なものを傷つけてしまった力だからだ。

 だからこそ、アビはこの力を到底受け入れることなどできず、俺にこの力を使わせないために、闘気や剣術などの戦い方を教えてくれた。

 そんなアビに対してのこの頼みは、今までの厚意を踏み躙るのに他ならない。

 だというのに、沈黙を破ったアビから返ってきた言葉は――


「……殺す。それでチャラだ」


 葛藤の末、怒りを鎮めてくれたのだ。その顔に先ほどのような怒りはなく、あるのは俺の願いを真摯に聞いてくれた親友の力強い眼差しだけ。


「恩に着る」

「ああ、恩に着っとけ――」


 そして、俺にそう言ったアビは、再び道場へ向かって歩き出した。





「全力でいく――殺す気でこい」

「ああ、そういう力だ。殺す気でいく」


 この戦いに勝利条件なんてない。

 あるのは俺の死という終わりだけ。

 修羅道を使うのは先生との最後の死合以来だが。


「――カチッ」


 奥歯が砕けるこの音は、いつもどおりの音だった。

 アビが闘気と魔装を纏い、刀を構えた様子に、俺も認証盤から刀を取り出して構える。


「やっぱ纏わねぇか」

「ああ――」


 今回俺は闘気と魔装を纏わない。

 この戦いは俺が死ぬための戦いだ。

 殺す気で戦うが、殺しはしない。

 だがその上で。


「死ぬなよ」


 俺はアビに向かって、全力で一歩踏み出した。

 そして、横薙ぎに斬り掛かり。


「馬鹿が――」


 そんな言葉と共に、俺が振った刀の等身は音もなく両断され――真っ直ぐに振り下ろされるアビの刀を。

 俺は寸前のところで横に躱し、そのまま一歩距離をとった。


「次はねぇぞ」

「ああ――」


 魔装を纏っていないと、こうもあっさり切られてしまうのか。

 それに今の一刀、斬ろうと思えばアビは俺を斬れた。

 横に躱した時、アビはそれを目で追っていた。

 次はないと、自分に言い聞かせなければならない。

 両断された刀を横に投げ捨て、素手での戦闘に切り替える。

 俺の肉体は頑丈だが、アビなら難なく断ち切れる。

 三ヶ月前にそれは実証した。

 だから刀に切られないよう意識して、俺はもう一度、アビに向かって踏み出した。

 近づく俺の首を、アビは正確に狙う――が。


「――ガン!」


 と、刀を拳で打ち払い。

 今度はアビの方が一歩後ろに飛び退いた。

 だが、距離は取らせない。

 ここからは死する瞬間まで応酬を止める気はない。


 悪いとは思う。

 悪いとは思うが、それが殺し合いというものだ。

 飛び退いたアビとの距離を詰め――体勢を崩した状態の、その腹目掛けて拳を放つ。

 ――が、その攻撃は体を捻るようにして避けられ。

 刀を持ち直したアビによって、今度は腹を狙った腕が狙われる。

 だが、体勢を崩した状態からの振りが避けられない訳がなく。

 その一刀を避け、今度こそ、拳をアビに叩き込んだ。


『――バン‼︎』と、アビが道場の壁側に吹き飛ばされる。

 だが、拳が直接当たったわけではない。拳が当たる寸前に刀を切り返し、左腕を支柱にして、刀の腹で俺の拳を受け止め、後ろに飛んで衝撃を殺したのだ。


 ――さすが、でもだからこそ。


 もう一度アビとの距離を詰め――そんな俺に、アビは刀を突き立ててきた。

 刀の鋒が俺の頬を掠め、俺の拳がアビの頬を擦る。

 お互い一歩届かない。

 ただし距離の有利はこちらにある。

 そう思いアビに掴みかかろうとした瞬間――アビの刀がその手元から消えた。

 認証盤にしまったのだ……だがなぜ? そう思考するのと同時に、掴みかかろうとした右手を、アビも右手で掴み。そして一瞬の間もなく――


「バァァァン‼︎」


 鼓膜を破るような爆裂音が、真紅に弾ける衝撃波と共に、俺の手から腕にかけて襲いかかった。

 衝撃を利用して、二歩、三歩と、アビから距離を取る。

 魔術を使用したのだ。

 アビが魔術を使うのを初めて見た。

 衝撃をもろに受けたが、右手は無事だ。

 皮膚が爛れ骨は折れてはいるだろうが、問題なく動く。


 そんな確認をしていると、次はアビの方から俺に走りかかってきた。

 アビに向かって俺も駆け出す。

 まだその両手に刀は握られていないが――。

 お互い距離を詰め、拳を振りかぶったところで、アビの手に刀が現れた。

 予期していたとはいえ厄介な使い方だ。

 俺は体勢を落として刀を避け――それを予期して切り返された二刀目を、さらに予期して拳で打ち払う。


「――ッ」


 そして、感情の揺らぎによって察した次の衝撃に備え。


「バァァァン‼︎」


 と、今度は左手から放たれた爆裂によって、俺は一歩後ろへ押し飛ばされた。


 ……これじゃ終わりが見えない。

 アビの攻撃を俺は動きと感情から察せられ。

 俺の動きをアビは動きと予測から察せられる。

 自身が生み出した魔術によって、衝撃が軽減されているアビの方が優勢ではあるが、この威力なら数十回喰らっても支障はない。


 なら、俺はどうすればいい?

 そう考えた時、アビから怒りと不満の感情が押し寄せてきた。

 見れば、その顔は真剣だが、俺を睨むその目は何をしているのだと言いたげで……。

 その感情の中には、絶対的な余裕があった。

 修羅道を使っているというのに……俺は今手加減されているのだ。

 呆然としている俺の様子に、アビが痺れを切らして口を開く。


「カズ――本気でこい! そのために俺に頼んだんだろうが! 理性的に戦うのが修羅道なのか、違うだろ⁈」


 理性的に戦っている……?


 その言葉が脳内に響き、自分の両手に目を落として自問する。


 この手は何のためにあるのだろう?

 大切なものを失わないためだ。


 大切なものはどこにいる?

 どこにもいない。


 ――なぜ?

 死なせたからだ。弱すぎるあまり死なせたからだ。


 感情の余波が全身に響き。視界を漆黒に染め上げる。


 なぜこんなに弱いのに、俺はのうのうと生きていられるんだ?


 自問に対しての苛立ちから拳を握り締め。

 握りしめた拳から『――ミシミシ』っと、音が鳴る。


 カナミの想いを、エリザの想いを、ユイの想いを――フィーを死なせた俺が、なぜ彼女たちの想いを嬉しいと感じている?


 苛立たしい――こんなことに彼女たちの想いを利用する行為が。


「アビ……」


 腹立たしい――こんな感情に頼る己が。


「今すぐ俺の首を刎ねるか――」


 そんな全てがどうでもいいほど――


「死ぬか選べ」


 俺は、俺自身が何よりも、殺したいほど憎いのだ。


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