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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第二章 学園邂逅
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【二十二】01

『災暦1497年2月29日』


「――お前らはカズに何かやったのか?」

「……どういうことですか?」

「どういうことって、今日はカズの誕生日だろ」

「「「「――え⁉︎」」」」


 昼休みの食堂の一角、アビが伝えた唐突な事実に、ユイ、エリザ、メイ、リーナの四人が驚きの声をあげた。


「どうしてもっと早く教えなかったのよ⁈」

「しらねぇよ、逆になんでお前らが聞いてねぇんだ。毎朝一緒に飯食ってんなら誕生日ぐらい聞いとけよ」


 メイはアビに対して怒りを露わにしたが、今回ばかりはその怒りの矛先は筋違いであり。

 そう思ったからこそ、ユイはアビに質問を投げかける。


「なぜ急に私たちにそんな質問を?」

「義理の妹に渡すよう頼まれたもんがあるから、お前らがもう渡したのなら俺もさっさと渡そうと思っただけだよ」

「なるほど……」


 アビの返答にユイは納得しつつ『どうしよう?』と言いたげな視線をエリザたちに向ける。

 今日、2月29日はカズの誕生日。

 突然そんなことを教えられたからといって、すぐにどうするかという案が出るはずもなく。

 この状況を面倒に思ったアビがため息をついた。


「はぁ〜。めんどくさそうだし俺は――」

「逃すとお思いで?」


 この場を去ろうとしたアビをメイが止める。

 この場において、カズを一番理解しているアビを、メイが――メイたちが逃すわけがないのだ。

 たとえ相手が狂犬なのだとしても、この数ヶ月の様子とカズからの話で、その許容範囲を皆把握していた。

 状況を察して、アビが眉間にしわを寄せる。


「――ッチ。めんどくせぇ……」

「申し訳ないですが、少しだけ時間よろしいですか?」

「わーったよ」


 ユイの頼みに、渋々といった形でアビは同意するが、問題はここから。

 カズの誕生日をどう祝うのか、それも急遽当日にという条件付きで――だ。


「カズって、何か欲しいものはあるの?」

「ねーよ。少なくとも俺が知る限りは――」


 リーナの質問にアビはそう即答したが、何かを思い出したように言葉は途中で途切れ。


「ああでも、あいつ手作りの物は壊しそうだからって理由で、身につけるのを嫌がってたはずだぜ? まあ、それを知った上で義理の妹は手作りのもんを作りやがったがな……」

「あの……妹さんは何をお送りに?」

「自分の髪で編んだ組紐の腕輪だよ」

「「「「――――ッ⁉︎」」」」


 四人が驚いたのは、何も腕輪が髪で作られたからではなく、それが持つ意味がゆえだ。

 自身の髪で編んだ組紐を相手に渡す意味は――離れていても心はそばにあるという意思、道に迷っても必ず私の元に帰ってきて欲しいという祈り、そして、あなたと結ばれたいという想い。

 それは事実上の告白だ。

 その意味をカズが知っているかは別として、この場の全員がその意図を理解し――。

 カズに好意を寄せているユイとエリザは、それが牽制なのだとすぐに察した。


「以前言ってましたもんね。自分の義理の妹がカズさんを好いていると……」


 ユイとエリザはそれを知っている。

 知っているが……自分たちを知らないはずのカナミからの牽制に、内心驚愕していた。


「――で? カナミのことより、お前らはどうすんだよ」


 驚愕しているユイとエリザをよそに、アビが要件を進めようとすると、まず初めに声をあげたのはリーナだった。


「時間もないし、私は放課後にお菓子でも焼こうかな。エリちゃんも一緒に作る?」


 そんなリーナの誘いに、エリザは悩みながら俯き――自身の胸元に手を当てると、何かを決意したように顔を上げた。


「うん、作る――そのうえで私はこれを渡そうと思う」


 そう言うと、エリザは自身の胸元、その服の下にあったものを握った。


「……いいの? エリちゃん」

「うん、いいの――元々カズさんからもらった物だし、剣は受け取ってくれなかったけど、きっとこれなら受け取ってくれると思うから。だからいいの」


 そう言って、胸元から取り出されたのは、黒曜石があしらわれたペンダント。

 それは、かつてカズから貰った短剣の欠片で作られたペンダントだった。





 場所は変わり、午後の武術授業の途中休憩。

 ユイは三角座りで座りながら、いまだカズに何を渡すかを悩んでいた。


「まだ何を渡すか悩んでいるの?」

「うん……メイは何を渡すか決めたの?」

「ええ、以前フォン様に渡すためにいくつか仕入れた手帳がまだ余っているから、それを渡そうと思っているわ」

「手帳かぁ……」


 すでに自分以外の皆がカズへの贈り物が決まっている事実に、ユイは息を吐き。そんなユイの姿に、メイはやれやれと口を開いた。


「好きだってことを伝える気はないんでしょ? ならエリザたちと一緒にお菓子でも作ればいいじゃないの」

「それは、そうだけど……」


 ユイが言い淀む様子に、メイは息をつき、視線を他の生徒たちへと向けた。

 今道場内にいるのは、三、二年生のうち、室内武道を選択した約四十名。

 去年までと授業の取り組み方にあまり変更はないが、以前のような軋轢は、フォンたちの世代が学園を卒業したことで収まり。

 休憩中の道場内は、学年の差など関係なく、四月に行われる剣武大会についての話で盛り上がっている。

 そんな生徒たちの様子を見ていると。


「……いっそ、渡さないのってだめかな?」


 そうユイが口ずさんだ。


「――え?」


「もちろん今はって意味だよ。アビさんの話を聞く限り今カズさんに欲しいものはなさそうだし、ならいっそ欲しいものができた時にあげればいいのかなって」

「…………」

「やっぱりだめだよね……」


 メイの沈黙する様子にユイは肩を落としたが、少し待って返ってきたのは、そんな思いとは真逆の答だった。


「あり、全然ありよ」


 そう言ったメイの目は見開かれ、なぜ気づかなかったのだろうと、自身の口元を手で押さえていた。


「どうせ卒業したら離れることになる。なら、事前に次に会う理由を作ればいい……その案ありよ本当に――フォン様の誕生日に使わせてもらうわ」

「……兄さんに使うぐらいにはいい考えってことでいいのね?」

「そう言ってるじゃないの。でも一つ問題があるとすれば伝え方ね。私ははっきり好きって想いが伝わる様に伝えるつもりだけど……あなたはどうするつもり?」

「……私はただ、正直に誕生日を今日知って用意できるものがなかったから、欲しいものがあったらいつでも言って欲しいって伝えようと思っただけなんだけど」

「まあ、あなたがそれでいいのならいいけど、来年……は無理でも、落ち着いた時にまた会う約束を立てておかないと、一生会えない可能性もあるのよ? それでいいの?」

「それは……」

「――休憩終わり! それぞれ鍛錬に戻れ!」


 ユイの言葉はレオの号令によって途切れ、その想いを口にすることはなかったが『それは嫌だ!』と言いたげに口を固く閉じたその様子に、メイは『まったく』と言って優しい笑みをこぼすのだった。



●●●●●●



「おい、お迎えだ」

「……感情がわかるからって、主語を省くなよ」


 夜の道場で、闘気を纏いながら考えごとをしている俺を、唐突に呼びにきたのは、面倒だという感情を隠す気もないアビだった。


「省いたって察せるだろ?」

「カナミからの贈り物……と、サプライズのお祝いか?」

「わかってんじゃねぇか」


 ーーそりゃわかるだろ。

 一緒に鍛錬をするわけでもなく、面倒そうに俺を呼びにきた。

 カナミから何かしら贈り物はあるのだろうなと察してはいたが、呼びにきたということは、今日が俺の誕生日だということを彼女たちに話してしまったのだろう。


「何で話したんだよ」

「逆に何で話してねぇんだよ」

「それこそ察しろ」


 口を滑らせてしまったのだろう。そうでなければアビが彼女たちに従うわけがない。


「――で、俺はどこに連れてかれるんだ?」

「お前に合わせて図書室だってよ、最近入り浸ってるんだろ?」

「数日前までな、もういってないよ」


 ダンジョン関連の資料を見るため、ここ最近特に入り浸っていたが、それももう終わった。

 ある程度の知識は頭に叩き込んだ。

 あとはダンジョン探索まで、定期的に地図を確認してその鮮度を維持すればいい。


「そーかよ。それより、さっさとその闘気を収めていくぞ」

「わかったよ」


 アビの言葉に従って闘気を解除し、図書室へと向かうため道場を出る。

 そして、図書室へ向かっている道中の中庭。


「ほらよ――」


 と言ってアビに渡されたのは――黒と赤の組紐だった……。


「これ……カナミからか?」

「ああ、自分の髪で作った腕輪だ。意味は――」

「知ってるよ」

「――そうかよ」


 これを送る意味を俺は知っている。

 きっと、カナミも俺が知っていることを知った上で渡しているのだろう。


 またお揃いか、それも自前の……。


 手渡された組紐はカナミの黒髪と赤い糸で編まれ。

 腕輪として渡されたが、まだそれは結ばれる前の状態だった。

 そして、それを結ぶのは渡した相手――。


「本当はこのタイミングで言うはずだったんだな」

「ああ、口を滑らせて言っちまったがな」


 カナミからの想い――好きだという告白だ。

 こっちの気も知らないで……あいつは今頃ニヤニヤ笑っているのだろう。


 なぜ俺がこの組紐の意味を知っているか、それは俺の認証盤の中に、これと同じものが蔵われているからだ。

 カナデの髪と青い糸で編まれた組紐――アビの誕生日に渡すように頼まれたものだ。


「なあ、俺も口滑らせていいか?」

「何をだよ?」


 カナデには誕生日に渡すように頼まれているが、こいつにも俺と同じ気持ちを味わってもらうなら、今渡す方がいい。

 カナデには申し訳ないが、妹の尻拭いは姉とアビにしてもらおう。


「これだよ」


 認証盤から先ほど渡された組紐と色違いの組紐を取り出してアビに渡す。


「…………」

「カナデからだ。本当は誕生日に渡すように頼まれたが、お前も――――」


『お前も俺と同じ気持ちを味わえ』そうと言おうと思ったが……。


 アビは俺から受け取った組紐を手に掴むと、目を閉じて、組紐を自分の口元に当てた。


 まったく――嬉しそうで何よりなこった。

 感極まったその嬉しさが俺にまで流れてくる。


「おめでとう」

「ああ……」

「手紙もあるが、それは誕生日に渡すぞ」

「――わかった」


 きっとアビは里に帰ったらカナデと結婚する。

 元々結ばれていたようなものだが、そう思うほどの決意がアビから伝わってきた。


 感傷に浸っているアビから目を離し、俺もカナミからもらった組紐に目を向ける。

 カナミが求めている答えを、俺は出すことはできない。

 そう思いながら、俺は組紐の髪を指でなぞり――その感情が湧き上がるその前に、認証盤へ組紐を蔵うことにした。





「おめでとうございます!」

「おめでとう!」

「おめでと」

「おめでとうございます」


 アビに連れられ図書室へ着くと、エリザから順にいつもの面々から祝いの言葉を贈られた。


「あなた何で誕生日のこと黙っていたのよ」

「そーだよ。もっと早く知ってたらケーキだって焼けたんだから」


 メイとリーナの愚痴に『だから言わなかったんだよ』と、出かけた言葉を飲み込み。

 俺は作り笑いを繕って、リーナからクッキーを、メイからは茶色の手帳を受け取った。


「ありがとう」


 素直に嬉しいと言う感情はある――が、女性にどんな返礼品を返せばいいのだろうか。


「お返し、期待してますね」

「はい……」


 ニコニコと笑うメイのその張り繕った笑顔に、俺も張り繕った笑顔で返事を返し……。

 次に、言葉をかけるタイミングを見計らっていたエリザの方へ顔を向けると、自分の番が来たことを察して俺の方へ一歩前に踏みよってきた。


「カズさん、私からはリーナと一緒に焼いたクッキーと、このペンダントを――」


 そう言って渡されたクッキーは先ほどリーナからもらったものとほとんど同じもので――ペンダントは、黒い石の欠片があしらわれていた。


「このペンダントは、カズさんから貰った短剣の欠片で作ったものです」

「そっか――」


 これはレイさんから貰ったあの短剣なのか――。

 短剣は壊れてしまったと、以前、朝食を食べている最中に話され謝罪された覚えがあるが、まさかペンダントになっているとは思いもしなかった。

 壊れてからすぐにペンダントにして、日常的に身につけていたのだろう。

 ペンダントについた細かな傷から、どれだけ大切にしてくれていたのかが伝わってくる。


「ありがとう大切にするよ」

「はい」


 嬉しそうに喜んでいるエリザに俺も笑顔を返しつつ。

 最後に、ユイへと顔を向けると――ユイからは、何か不安気な感情が感じられ。

 どうしたのだろうと少し待っていると、ユイは申し訳なさそうにその口を開いた。


「カズさん、私は誕生日プレゼントを用意しませんでした。ごめんなさい――」


 申し訳なさそうにそう言って、頭を下げたユイを俺が止める前に、


「だからカズさん、欲しいものができたらいつでも私に言ってください。私に用意できるものなら何だって用意しますから――」


 そう言って、頭を上げたユイの顔は――瞳が潤み、耳と頬が赤く染まり。

 きっと本人は気づいてないが、その姿は告白を終えた乙女のように――俺を含め、この場の全員の目にそう映ったにちがいない。


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