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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第二章 学園邂逅
41/46

【対談劇】01

『災暦1497年2月2日』


 場所は学園の図書室の片隅。

 学園の生徒達は一限目の授業を受けてる時刻。

 魔石の明かりは使わず、雪が降る雲がかった外からの光を頼りに、俺は一冊の本を読んでいた。


『獣魔生態・中編』いくつかの本を読んでみて、一番わかりやすいと感じた本の中編。

 なぜこの本を読んでいるのかといえば、先日キッドさんから直々に、ダンジョン探索をユイとフォンを連れた、俺とアビの四人で行って欲しいと頼まれたからだ。

 アビがそんなの了承するはずないと思った俺の考えとは裏腹に、いつの間にかアビから了承を得ていたキッドさんは、俺が『いいですけど――』と言った瞬間。

『じゃ、アビくんの了承も得てるし、決まりでいいね』と、俺の考えを口にする前に打ち砕き……流れるようにダンジョン探索の詳細を説明された。

 結果として、今俺は獣魔生態――文字どおり、獣・魔獣・魔物の生態について学んでいる真っ最中というわけだ。


 別にキッドさんに言われたから学んでいるわけではない。

 ただ十七、八歳の子達と一緒に授業を受けるより、一人で本を読み、ダンジョンへ行くための基礎知識をつけた方がよっぽどいいと思ったからだ。

 学園に来てからすでに二ヶ月。

 この学園……と言うより、この世界では年を越したタイミングで学年が上がり、ユイ達は三年生に、フォンは卒業と同時に三年生の副担を任された。

 ちなみにあの牙無しは、卒業と同時に取り巻きを連れ、逃げるようにして学園を去ったそうだ。

 相当精神的に参っていたのだろうとユイが、その後の授業の様子から教えてくれた。

 実際、相当憔悴していたのだろう。

 詳細は知らないが、俺が牙無しの歯を折った後日、俺のベッドの枕元の横に見知らぬ二本の歯が転がっていた。

 また問題になるのかぁ……なんて思っていたが、その後何を言われることもなかったので、アビが脅しでもかけていたのだろう。

 そして俺はというと……授業に出るのが面倒になった。

 元から面倒ではあったが、出席が自由化されたことが決め手になり、今はユイかエリザに誘われた時だけ渋々授業に出席している。


「…………」


 珍しい奴が近づいてくるのをその気配で感じる。

 こんな時刻に一直線となれば、その目的は間違いなく俺なのだろう。

 読んでいた本のページを覚えつつ、図書室の入り口に視線を向けて数十秒。


「やっぱりここか――」


 引き戸を開け俺の姿を確認した人物は――フォンはそう口にした。


「どうかしましたか?」

「ああ、少し話がしたくてな」


 俺の言葉に相槌を打ちながら、フォンが俺が座る席へと近づいてくる。

 今までほとんど接点がなかったというのに急に話しかけてくるということは、十中八九ダンジョン探索についての話なのだろう。


 俺の座る席の対面にフォンが座る。

 服装は今まで着ていた学生服とは違い柄はなく、だけど未だ学生に見えるようなグレー紳士服を身につけ。

 今更ながらさすがとしか言いようがないほどの、その整った顔立ちの良さに、内心『さすがエルフだな……』と呟いた。


「今度のダンジョン探索について、事前に聞きたいことはあるか?」


 やっぱりその話だよな。

 簡潔質問してくるフォンに対して、俺も簡潔に返事を返すことにする。


「何度か潜ったことがあるんですよね?」

「ああ、ダンジョン自体は何度か――だが今度潜るダンジョンは去年の試験で十二階層まで潜っただけだ」

「なるほど――」


 十二階層までか……。


「師範から今度の探索ではお前と彼奴の二人に指揮権を渡すと言われている。だからお前と話に来た」

「アビと話すより俺と話す方を選んだんですね」

「――ッチ」


 おっと、失言だったが、事実なのだから仕方ない。


「キッドさんから詳細はどこまで聞いてますか?」

「……日取り以外はお前達に聞けと、あと情報を提供して、出来うる限り全ての要求を飲むようにと言われてる」


 俺とアビに全部任せたってことね。

 それこそフォンの怒りも反発も込みで――まったく、面倒なこった。


「それじゃ、いくつか質問させてもらうんですが、もし仮に私達が向かうダンジョンにあなたが一人で潜るとしたら何層まで踏破できますか?」

「……十四、よくて十五階層の主までだろうな」

「なるほど……向かうダンジョンの詳細が書かれた書類ってありますか?」

「ああ、少し待ってろ――」


 持ってきてくれと頼んだ訳じゃなかったが、どうやらその書類があるのはこの図書室だったらしく。


「これがコンジャクダンジョンの書類だ」

「こんじゃく……今昔……」


 書類に記された『今昔』の文字、それがダンジョンの名前らしい。


「それで、他には?」

「先に少し見させてもらいますね」

「…………」


 早く目を通せとでも言われるような視線を向けられながら、俺は今昔ダンジョンについての書類に目を通すことにする。書類に書かれているのは階層ごとのおおまかな見取り図と、現れる魔物と階層主の詳細に復活周期。

 十分な情報だが……不十分な点もある。


「ここより下の層についての記載はありますか?」

「――は?」


 俺の質問に対してフォンが眉を寄せた。

 今手元にある資料は二十五階層までの詳細が書かれたもので、俺が求めていたもので間違いないのだが……キッドさんから頼まれた内容は――。


「キッドさんからは三十階層の主討伐をするように言われてるんですよ」

「三十……お前、それ……」

「ええ、深層です」


 ダンジョンには、上下左右方向は違えど、いくつもの階層によって構築され。

 八層までを低層、十六層までを中層、二十四層までを上層と言って、二十五層以降は深層と称されている。

 そしてフォンが危惧しているのは、そんな深層である三十階層にどうやって挑むのかという恐れからくる焦りだ。

 ダンジョンについてあまり知らない俺ですら深層が危険だと知っているのだから、フォンが抱く感情は至極真っ当なものであり、この反応からして二十五層以降の内容が記された記述はここには置いていないのだろう。

 おそらくはキッドさんもそれを分かった上で三十階層を目標に設定した。

 俺達に……いや、フォンとユイに経験を積ませ、体験させるためにそんな設定にしたのだ。


『カズ君達にはフォンとユイを守りながら三十階層まで行って、階層主を倒してきてほしいんだ。それで出来れば体験させてあげてほしい』

『体験?』

『うん、死を覚悟する感覚を二人に体験させてほしいんだ』


 キッドさんとの会話……。

 まったく無茶を言ってくれる。

 死を覚悟する感覚を体験させるなんて……まぁ、出来そうではあるが、だとしても危険なことに違いない。


「可能なのか?」

「まあ、キッドさんが行けると判断したんですから可能なんだと思いますよ」

「そうか……」


 意外だな、以前の様子的に何かしら難癖をつけてくると思ったが……。

 レオとの立ち合いの話をユイからでも聞いたのだろう。

 それならそれで話が早くて助かる。


「少しお願いがあるんですが、ダンジョン探索期間中の食料を今のうちに蔵っておきたいので、食堂側に一日五食程度追加で出して貰えるように頼んでもらってもいいですか?」

「携食じゃダメなのか?」

「携行食でもいいですけど、それだと文句言う奴がいますし、持ち運びやすさに差がないとしたらそっちの方がいいでしょ? それに携行食料ならある程度蔵ってあるので、移動しながらの食事も問題なくできます」

「……わかった、食堂側には話を通しておく。少なくとも明後日からは受け取れるようにしておこう」

「よろしくお願いします。薬品類などは用意があるので、あとの手荷物や着替えなどは探索当日にでも預けてくれれば蔵っておきます」

「……わかった。追加で何かあるようなら私かユイに言ってくれ」

「そうさせてもらいます」


 俺がそう返事を返すと、フォンは席から立ち上がり図書室から出ていった。

 本当に話が早くて助かった――これが素なのだろう。

 初対面時に堅苦しくても今のように対応してさえくれれば、アビだってあそこまで毛嫌いしなかっただろうに……。





「ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン」


 鐘の音が三度鳴り昼休みを合図する。

 廊下から聞こえる生徒達の声が図書室の中に聞こえ、外に視線を向けると、中庭を通って食堂に向かう生徒達の姿が見えた。

 雪が降っているのだから校舎内を通って移動した方が良さそうに思えるが、雪が降る中通っていく生徒達は楽しそうに笑っている。


 さてと、午後からどうしようか。

 獣魔生態の中編は読み終えたので後編を読んだっていいし、うろ覚えの今昔ダンジョンの資料をもう一度読んでもいい。

 正直俺の頭ではどんな魔物が出るか覚えられても、地図は頭に入らない。

 なんとなくの、それこそ階層移動後の進行方向なら覚えられるが、それなりに広いこの地図を二十五層分頭に入れるなんて俺には無理だ――正直言ってめんどくさい。

 とは言え、何かあってからでは遅いので一応頭には叩き込むつもりだが、流石に一日じゃ不可能か……。

 なんて考えていると、本日二度目の来訪者が近づいてくるのを感じた。

 ユイ、メイ、エリザの三人――いつもは四人組なのに珍しい。

 昼食の誘いだろうか、それともダンジョン探索についての話だろうか、授業の誘いは勘弁してほしいが、昼食の誘いより幾分マシか――。


 図書室の扉が開かれ中に入ってきたのは……ユイとエリザの二人。


「「こんにちは」」

「こんにちは」


 元気に挨拶してくる二人に俺も返事を返す。

 メイはどうやらここを離れ食堂に向かったようだ。

 昼休憩なのだから当然か。

 ユイとエリザがこちらへと近づきながら、俺の前に広げられた今昔ダンジョンの資料に視線を向ける。


「昼食の誘いに来たんですが――やっぱり、ダンジョンについて調べていたんですね」

「ええ、ダンジョンについてあまり詳しくないので最低限の知識だけですけど」


 ユイもフォン同様ダンジョン探索については既に聞いているらしい。

 続いてエリザが聞いてくる。


「図書室には朝からいたんですか?」

「うん、一限前からいたよ」

「そうだったんですね……」


 驚いた顔をしているが、エリザの感情からは寂しさのようなものを感じる。

 授業に出席して欲しかった、一緒に授業を受けたかった。

 きっとそう思っているのだろう。


「朝兄がカズさんを探していたのでこの場所を伝えたのですが……」

「ええ、会いましたよ」

「その……問題はありませんでしたか?」


 口論になった可能性を心配しているようだが問題ない。


「大丈夫でしたよ。正直何か言われるかなと思ってましたが、何も言われなかったことに驚いたぐらいです」

「それならよかった……」


 ユイはそう言いながら安心した表情を見せると、少し残念そうに言葉を続けた。


「それでお昼ですが……」

「すいません、今日はやめておきます」

「そうですか――」


 予想していた俺の返答を聞くとユイは息を吐くようにそう答え――ふと、机に広がる資料、今昔ダンジョン十六階層の地図を手に取った。


「何階層まで覚える予定ですか?」

「目標が二十階層なので、念のため二十五階層まで覚えるつもりです」


 ユイからの質問に対して、俺は平然と嘘をついた。

 嘘をついた理由は隣にエリザがいるからだ、きっと彼女は目的が三十階層だと聞いたら酷く動揺する。

 それなら初めから知らない方がいい。


「なるほど……でもそれなら覚えるのは十六階層以降からで大丈夫ですよ。私と、おそらくは兄も十五階層までなら記憶しているので」


 確かに、フォンが試験で十二階層まで潜ったと言っていた。

 それと同じようにユイも潜ったことがあり、その際に一五階層までの地図を覚えてるなら、十六階層以降の十層分を覚えればいいだけになる。

 もちろん十五階層までも覚えるつもりだが、優先するべきは上層より下層だ。


「わかりました。それなら俺は十六層以降を重点的に覚えることにします」


 俺の言葉にユイは頷きを返すと、視線をエリザへと向け何かを合図するように頷き。

 エリザを見れば、恥ずかしそうに顔を赤らめ、緊張しながら俺の目を見つめていた。


「カズさん――あの、これ、よかったら……食べてください」


 そう言って手渡してくるのは、サンドイッチが入っていそうな竹網のバスケット。


「朝にリーちゃんと一緒に作ったんです……だから……」

「ありがとう。いただくよ」


 笑顔を作り、エリザからバスケットを受け取る。

 アビの分も含まれているのか結構な量が入ってる。

 いや、もしかするとみんなで食べようとしていたのかもしれない。

 だから昼食を誘いにきたのかーー。


「この量もしかするとみんなの分が入ってたんじゃ?」

「それは大丈夫です! 多めに、三つ作ったから、みんなの分は十分あります」

「そっか、それならよかった」


 量に関しては杞憂だったようだ。だが、何か言いたいこともあるらしい。

 もじもじと、何かを言おうと唇を震わせ。


「カズさん! 食べ終わったら、味の感想聞かせてください!」

 うるうるとした瞳で、やっと開いたその唇から出た願いはとても可愛らしいもので、そんな少女からの可愛らしい願いに対して――。


「わかりました」


 と、そう俺は嘘をついた。


「私はカズさんともう少しダンジョン探索のことで確認したいことがあるから、みんなと先にご飯を食べていて」

「わかった。メイちゃんたちに伝えるね」


 これ以上話すことはないと思っていたが、ユイにはまだ話すことがあったようだ。

 そしてエリザはユイの言葉に返事を返すと、にこにこと嬉しそうに図書室の外へ出ていった。


「カズさん、確認なんですが本当は何階層まで潜るんですか?」

「……三十階層、その階層主討伐が目標です」

「やっぱり……」


 驚いた。

 嘘がバレていたなんて思いもしなかった。


「よく嘘だって気づきましたね」

「二十階層って言った時エリザを心配そうに見たので、心配させないようにそう言ったのかなって」


 確認は……したかもしれないが……バレた気配はしなかった。

 それに、それがバレているのなら……。


「それと……聞きづらいんですが、サンドイッチはお嫌いでしたか?」

「――っ」


 最悪な嘘もバレているに決まってる。


「あの、責めてるわけじゃないです! 逆に嫌いなものなのにエリザのために受け取ってくれたんだなって思ってるので、次からのために嫌いなら先に聞いておこうと思っただけなんです」


 慌てたようにそう説明してくれるユイの言葉に嘘は感じられない。

 きっと今のユイの言葉は本心なのだろう……。

 ――だが、嘘を気づかれたことに気づけなかった以上、ユイに対して俺の感覚は当てにならないと思った方がよく。


「…………」

「その、ごめんなさい……私……」

「いや、謝るのは俺の方です」


 嘘が通じずその感情が読めないのなら、正直に――素直に話すしかない。


「嘘をついたうえで信じてもらえるかわかりませんが、味覚が弱いんです。だから味の感想を求められた時嘘をつきました」


 頭を下げる。

 ユイに、そしてこの場にいないエリザに対し、頭を下げることしかできなかった。

 そんな俺に対し、ユイは動揺しながらも、


「……それは、精神的な要因のせいですか?」


 的確に、原因が精神的なものだと言い当てた。


「――ごめんなさい私、よく考えもせずこんなことを聞いて……」

「大丈夫ですよ。そのとおりなので」


 異常なほどに心が読まれるが、今はそれが救いだとも言える。


「まったく……わからないんですか?」

「甘い、塩っぱいとかはわかります。でもそれだけで美味しいとは思えません」

「普段は――だからあまり食堂に来ないんですね」

「ええ」


 悲しそうな表情だ、心配してくれているのだろう。

 もう慣れてしまってる俺からしたらこの味覚に悩みなどないが、そう伝えたとしても、ユイのその感情を取り払えはしないのだろう。


 しばしの無言が続く――。

 俺もユイもお互いなんと言えばいいのか次の言葉が出ないでいる。

 これ以上話すことも、言うべきこともありはしない。

 だから無言で、お互い口をつぐみーー。

 俺はエリザからもらったバスケットを見つめながら。


「エリザちゃんのサンドイッチ、一緒に食べて味を教えてもらえますか?」


 と、そうユイに語りかけた。

読んでくれてありがとう!

活力になるので評価おねがいします。

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