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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第二章 学園邂逅
39/46

【感情の行方】

『災暦1496年12月7日』


 場所は変わり、女子寮のユイとメイの相部屋。

 時刻は深夜二時を周り、もう間もなく三時になる頃。


『――バタン』と、音を鳴らしながら閉じた扉の音に、メイは眠りから目覚め、目元をこすりながら部屋に入ってきた人物へと言葉をかける。


「お疲れさま……随分かかったのね……」


 おそらく昨日の事件の後始末に、先生方と遅くまで話し合いをしていたユイが帰ってきたのだろうと思いながら、メイはその返事が返ってくるのを待ち……。


「……ユイ?」


 ――いつまで経っても返事が返ってこないことに違和感を覚えたメイは目を見開いて。


「――ッ⁉︎」


 目に映ったユイの、その今にも泣きそうなその姿に――


「どうしたのよ⁉︎」


 メイは慌ててユイの側へと駆け寄った。


「私……どうしよう……」

「大丈夫だから、とりあえず座って――」


 涙を流し始めたユイの姿にメイは動揺しながら、その冷え切った体を温めるようにして抱きしめ、メイはユイをベッドへと座らせた。


 こんなユイの姿をメイは初めて見た。

 そして、こんな傷心する理由など一つしかないと思い。

 メイの脳裏に、最悪な光景が浮かぶ。


 寝起きでの突然のことに、メイの心臓が異常に脈打ち呼吸が乱れ。

 冷え切ったユイの体を力強く抱きしめながら。

 今すぐ犯人を――ユイを襲った奴見つけ出さなければと怒り立つ――が。


「どうしよう……」

「大丈夫、大丈夫だからね」


 怒り立ちながらも、ユイの憔悴したその姿に、メイは一度冷静になって考える。


 この事を公にした時に傷つくのはユイだ。

 薬なら医務室にある。

 だから万が一は起きない。

 それでも、それでもだ……。

 人一人……バレればよくても追放――ユイのためなら問題ない。


 自身の今の思考が冷静なものではないことをメイ自身もわかっている。

 だが、それでもメイの覚悟は揺らぐことはなく。


「誰なの……?」

「…………」


 そう簡単に話せる内容じゃないとわかってはいるが、手筈を整えるのならば早い方がいいと考え。


「大丈夫、私は何があってもあなたの味方ですから、話して――」


 メイはユイの目を見つめながら、『信じて』とでも言うようにもう一度質問した。

 そんな、メイからの言葉にユイは押さえつけていた感情が決壊したように、さらに大きな涙を流し――


「わたし……カズさんを好きになっちゃったよぉ……」

「え……?」


 そんなとっぴな告白をしたユイの言葉に、メイの思考は停止した。


「どうしよう……エリザの好きな人だってわかってるのに……私……私は……」

「いや、え? まって……ちょっと待って……え?」


 停止した思考で、必死にユイの言葉の意味を考えるが。

 寸前まで人一人――場合であれば複数人を手にかける覚悟をしていたメイにとって、ユイの言葉の意味を理解するには数分の時間が必要で……。

 そんなメイからの返答を、ユイが目を腫らしながら待っていると。

 メイはやっとユイの言葉の意味を理解できたらしく。


「……って、ことは……暴漢に襲われたとかでは……」

「なんでそうなるの⁉︎」


 メイからのとっぴな言葉に今度はユイが動揺した。


「だって、あなたがこんなに憔悴して、体を冷やして泣いている姿なんて初めて見たんですもの……そんなの襲われたと思うでしょ?」

「私だって憔悴するよ!」

「憔悴してても泣かないでしょうが! まったく……」


 とりええず自身が想像したようなことが起きていないという事実に、メイは安心して息を大きく吐いた。


「それでカズさんを好きになったって、どうしてそんなことになったのよ?」

「どうしてなんだろう……」

「催眠……?」

「――違うから! そっち方面に持っていこうとしないで!」

「だって……あなたクルキッド様のことを好きだったんじぁ……」

「…………」


 メイの言葉にユイは無言で顔を伏せ、小さく二回頷きながら、自身の感情を話し始めた。


「私も……今までずっと私は師範のことが好きだと思ってた……でも、違ったみたい。カズさんとレオ先生の戦いを見てーー」

「待って、レオ先生との戦いって⁉︎」

「実は……」


 メイの質問に、ユイは先ほど行われたカズ達の試合について、その結末について説明した。

 だが、説明を聞いた上でもメイはその話を――特にカズがレオに身体能力だけで勝ったという話を手放しで信じることはできず。


「本当に惑わされてるわけではないのよね……?」


『まだ言うか!』という思いもあったが、メイの言葉に、ユイは静かに頷きを返した。


 ユイ自身、メイが言いたいことがわからない訳ではない。

 自分の目で見なければ、英傑であるレオが負けただなんて到底信じられる話ではない。

 それも自分が――自分だけではなく周囲も弱いと思っていた人物が、強いと周知されている人物を一方的に倒すだなんて、そんな話、簡単に信じられるはずないのだ。


「とりあえず試合の件は事実だとして、どうして急に好きに?」

「私もわからないの……レオ先生との試合を見てて、カズさんが上着を脱いで……」

「……その肉体に惚れたと?」

「体だけじゃないよ……たぶん……。でも、なんだろう……私もよくわからないの……」


 今日初めて恋心を抱いたユイにとって、この気持ちを整理するにはまだ時間が必要なようではあったが。

 普段見せないユイの年相応のその姿に、メイはユイが本当に恋をしてしまったのだと、それだけは理解した。


「それにしても、カズさんですか……」

「…………」


 メイの頭に浮かぶのはカズの姿ではなく、カズのことを好きなエリザの姿。

 そして、ユイがここまで憔悴している原因もまたエリザだ。


 一人の男を複数人の女が好きになる。

 これ自体はなんの問題もないとメイは考えている。

 ユイの兄であるフォンを好きなメイにとって、そんなの当たり前のことであり。

 それこそ、元々キッドを好きだと、そう思っていたユイにとってもそんな状況は当たり前のものであった。

 だが、エリザは違う……。


「あの子の性格からして、あなたがカズさんのことを好きだということを知ったら……」

「うん……だから私もこの感情を表に出すつもりはない……そのつもりではいるの」

「言ってはなんですが、その調子じゃ隠せないと思いますわよ?」

「だね……。私もまさか自分が泣いちゃうなんて思ってなかった」


 そう言いながらユイは微笑んだが、微笑むのをやめると言葉を続けた。


「初めはこの感情を誰にもいうつもりはなかったし、少し我慢すれば慣れてくると思ってたんだけど……」

「無理だったみたいね」

「そうみたい……」


 ユイはそう言いながら自分の胸元に手を当てると、メイを見つめて口を開いた。


「メイはこんな感情を、いつも兄さんに抱いていたの?」

「……そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわ」

「どういうこと?」

「あなた、その感情を私達にだけじゃなく、カズさん相手にも押し殺そうとしてるでしょ?」

「…………」


 メイの言葉にユイは口を閉じて頷きを返す。


「あなただって知っているでしょう? 感情を押し殺してる子達のことを、根本が正の感情であれ、それを押し殺そうとした時点でその感情は負の感情と同じものになる。だからこそあなたのその感情は恋ではあるけど、私と同じような思いではないの」

「…………」

「その上でその感情を押し殺す気なのね?」

「うん――」


 ユイはこの感情を自分の中では受け入れたが、それを表に出すつもりは一切ない。

 その理由はもちろんエリザのこともあるが、それ以上に、カズが抱えている思いを――カズが大切な人を失ってしまったと知ったからこそであった。


「理由はやはりエリザ?」

「それだけが理由じゃないの……」

「それは私にも言えないこと?」

「…………」

「そう、わかったわ。今はそれでいいから、話したくなったら話しなさいよ?」


 ユイの悲しげなその表情に、これ以上の追求をメイはするのをやめることにした。


「――っちょと、メイ⁉︎」


 メイはユイの体をベッドへと押し倒し、その体を抱きしめた。

 何か考えがあって行動ではなく、感情からの突発的な行動ではあったが、今なら多少のわがままは通りそうだと思い。


「寝起きに心配させた罰として、今晩は私に抱かれながら寝なさいよね」

「そんな、無茶苦茶な……」

「何よ、嫌なの?」

「そうじゃないけど……」

「ないけど?」

「もう、わかったよ……」

「それでいいのよ」


 自分が思った通り、ユイが諦めたその様子にメイは微笑み。

 冷え切っていたユイの体が、多少温まったなと思いながら、メイはその目を閉じたのだった。


●○●○●○


 レオが目覚め最初に視界に映ったのは、今まで一度として見たことがなかった道場の天井。

 そして、呆然と天井を眺めていると、すぐ側からフェルトが声をかけてくる。


「やっと目覚めたのかい?」

「俺は負けたのか……?」

「そうだよ。それもスキルも魔術も使えない坊主に魔装も闘気も無しで、全力で挑んで完敗したんだ」


 嫌味たらしく聞こえるフェルトの言葉に反論したい気持ちもあっただろうが、レオはその言葉に反論ぜず。

 何故だか、いつもよりも弱々しい気がするフェルトの声の理由が気になって隣を見てみれば――

 何のことはない。

 レオの隣で、フェルトも横になって倒れていた。


「お前も負けたのかよ……」

「ああ、そうだよ――完敗さ。お前さんはボコボコにされたが、わたしゃボロボロどころか、様子見の魔術を避けられて、咄嗟に肉体強化と魔装を纏ったが、そのまま腹に一撃もらった流れで、刀を首に突き立てられて……結局十秒も経たずに負けちまった……」

「――ッカ! 瞬殺じゃねぇか!」


 息を吐くようにレオは笑うと、フェルトもそれに便乗するように笑い。

 ――そして、すぐに二人は笑うのを止めると。


「俺らはあんな小僧二人に負けたのか……」


 今更レオは理解した。

 頭では、負けたことはわかっていた。

 それでも、獣人としてのプライドが、今まで成し遂げてきた武功が邪魔をして、自身よりも圧倒的に若いカズに負けたのを、本当の意味では受け入れることができなかったのだ。

 だが、受け入れるしかないのだとレオは……そして、フェルトは理解した。


「やぁやぁお二人さん元気してるかい?」


 傷心中の二人に、嫌味たらしくニコニコと笑いながら声をかけてくるのは、今回の試合を企てた張本人のキッド。


「「はぁ〜」」


 二人はキッドを見ると同時に、気だるげそうに息を吐き。

 同時に同じ感情を抱きながら。


「「お前俺らを(あんた私らを)――」」

「「噛ませ犬にしやがったな(したね)


 レオとフェルトは声を合わせて、ニコニコと笑うキッドに物申し――

 そして、そんな二人の様子に。


「あははははははは」


 キッドは楽しそうに笑いながら言葉を返し始めた。


「さすがに、僕もあそこまで二人が強いとは思ってなかったよ」


 キッドの言葉に嘘はない。


「もちろん、魔装や闘気を使えば君達に勝てるだろうとは思ってたさ」


 そう言って目を閉じたキッドは息を吐いて、ゆっくり閉じた目を開けると。


「――でも、まさか身体能力だけで二人を倒すなんて、僕も想像してなかった」


 困ったなと言いたげに、今度は弱々しく笑った。


「それが戦神の弟子なんだろ?」

「うん。そうだよ……」


 レオの言葉にキッドは肯定の言葉を返すが。

 その言葉の歯切れは悪く。


「――でも、驚いたのは彼らの今回の力が、アビくん曰くカズくんは本気の一割程度、カズくん曰くアビくんは二割程度って言われちゃったことなんだよね……」


 キッドはそこで笑うのを止めると、道場の奥で楽しげに話をしているカズとアビへ視線を向けた。


「もしも二人の言っていた言葉が本当だとするなら、彼ら二人がかりなら僕を制圧出来る可能性があるってことで……」

「――あんた恐れてるのかい?」


 フェルトの指摘にキッドは戸惑いながら苦笑した。


「どうだろう……恐れてはいないけど――動揺はしてるかな。あの歳であの力量は僕から見ても異次元だ。アビくんは剣技に天賦の才があるし、カズくんに関しては異質としか言いようがない」

「彼奴のあの硬さは何なんだ?」

「さぁ、実は僕もまだカズくんの力について、詳しくは聞いてはいないんだよね。自分から説明してくれるのを待ってるんだけど、何か裏があるのか口止めされてるのか――僕から聞けば教えてくレそうではあるんだけど、自分から話してくれないんだよ」

「信用されてないってことか?」


 レオの言葉にキッドは『さあね』と首を傾げながら、ここに来る道中の二人の言葉を思い出していた。


『俺らはもっと力が欲しい』


 ここへ向かう道中のアビの言葉は本心からのものだった。

 そして、カズも言葉で言いはしなかったが、全力のレオを身体能力だけで打倒するほどの力を持っているのに、その目は力を欲していた。


 キッドは危機感を感じていた。

 恐怖ではなく危機感だ。


 二人はこれ以上の力を得た末に、一体何を目指しているのだろうか――と。


『理想のために』


 そう言っていたアビに、その言葉を途中で止めたカズの目を思い返す。


 彼ら二人には理想がある。

 そして、その理想を叶えるためならば、何を犠牲にしても構わないという覚悟を持っている。


 二人のその目に思い出させられるのは、五十年前にいた最初の弟子の姿と、弟子をちゃんと見ようともしなかった愚かな自分の姿。


『あんな思いはもうごめんだ』と、キッドはそう胸の中で呟きながら。

 笑っているカズ達の姿を、自身の瞳に焼き付けるのだった。

意見大歓迎です、評価も待ってます!

誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

読んでいただきありがとうございました。

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