【獅子殺し】01
『災暦1496年12月7日』
日付が変わったばかりの深夜。
暖炉によって暖かい、師範の書斎にある応接椅子に座りながら。
私は、昨日起きた武術授業での出来事について、その詳細を師範へと伝えた。
「ははは、それは大変だったね」
「笑い事じゃないですよ……結構大騒ぎになってるんですから……。それに今回カズさんが怪我をさせた相手はリエラの」
「――リエラちゃんと一緒に来た伯爵家のリクトくんでしょ?」
「……そうです」
事の重大さを理解していない師範の様子に、カズさんが怪我を負わせてしまった相手が何者なのかを説明しようと思ったが。
師範はリクトの素性についてしっかりと理解はしているらしく。
「それにしても、彼まだここにいたんだね。てっきりリエラちゃんが国に帰った時に一緒に帰ったものだと思ってたよ」
腕組みをしながら、師範はそう口にした。
師範の言う通り、リクトはアビさんの許婚であるリエラの従者として、私が中等部の頃に、学園へとやってきた。
ただ、リクトは従者としての任を何もしていない名ばかりの従者で、学園へやってきた目的も、貴族であるリクト自身の将来の派閥強化――簡単に言えば、学園生徒の引き抜きの為にやって来たのだ。
「――っあ!」
今回の一件について、リエラの名前が出たことでもう一つの問題を思い出す。
「アビさんの事でも問題が!」
「問題?」
「はい、アビさんにリエラの名前を出したら、あの人リエラを知らないって、それに」
「――ああ、アビくんならたぶん彼女いるよ」
再び、私が言おうとしていた事を、先に師範に言われてしまった。
ただ、今はそんなことより、何故師範がその事を知っているのかの方が重要だ。
「知ってたんですか⁈」
「知ってたってわけじゃないけど、アビくん達を迎えに行った時、先生の屋敷で女の子といい感じだったから二人は恋仲なんだろうな〜って思っただけさ」
「その時に何も言わなかったんですか⁈」
「言わないよ。野暮じゃないかそんなこと聞いたら」
野暮……確かに野暮は野暮だが、それ以上にリエラと言う許嫁がいるというのに、別のところで恋人を作っている事の方が問題なはずだ。
「でも、それじゃあリエラの気持ちはどうなるんですか!」
「リエラちゃんの気持ち?」
「リエラがアビさんの事で色々言われているのを、師範だって知ってるじゃないですか!」
「多少はね? でも、アビくんはリエラちゃんを知らないって言ってたんでしょ?」
「言ってましたが……」
「ならそれが全てなんだよ。僕もアビくんの事件を事細かに知ってる訳じゃないけど、あの時のアビくんはまだ十歳になったばかりで、国の学園に通ったのも数年、それ以降は家で勉強して、中等部に上がる頃にはもう先生の弟子になっていたはずだからね。貴族の集まりでお互い顔を合わせる機会はあっただろうけど、アビくんの方はリエラちゃんのことを認識はしてなかったってだけの話さ」
「そんなことって……」
そんな事があっていいはずがない。
リエラは私と同い年の女の子。
ここにいたのは中等部の三年間だけだが、リエラとは同じ皇族の血を引いている遠縁の親戚としてだけではなく、気の合う友人として中等部の頃はメイとリーナと共に学園生活を送っていた。
そんなリエラの幼少期よりの許嫁がアビさんである。
リエラは国の貴族、その中でも五大公爵――カルラ家の一人娘。
普通であれば自国の学園に通うのが通例だが、リエラは十二歳の……今から五年ほど前、学園の中等部と高等部が出来た翌年に学園へとやってきた。
十年以上前に起きたアビさんの事件は――賢龍王国を震撼させた。
何故そのようなことが起きたのか、なぜ無能と言われていた弟が、天才と言われていた兄達二人を殺すことが出来たのか――全ては憶測で、結論なんてものは出なかったが、国では色々な憶測が飛び交い。
賢王は最終的にアビさんになんの罰も与えはしなかったが、国民はそれをよしとは思わず、アビさんを大罪人として周知し。
結果として、国民から敵意と憎悪を向けられるようになったアビさんは、追われるように国を離れる事になった……。
だが、事態はそれだけでは収束せず、許婚であったリエラまでも後ろ指を差される事態が起き。そう言った経緯から、娘のことを心配した公爵と賢王によって一時的にでも気を休める場所として、リエラはここ学園へとやってきたのだ。
リエラは優しく器量があり、貴族令嬢の鏡のような人物で。
そんなリエラは自分のことよりも、批難の対象であった許嫁のアビさんをいつも気にしていた。
――だと言うのに、アビさんはそんなリエラを知らないと言った。
「友人を心配するのは良いことだよ――でも、これは僕らが口を挟む事じゃない。それだけは覚えておきなさい」
「はい……」
今何かを言ったところで、リエラ達の問題に口出しする権利は私にはない。
師範もそれをわかっているからこそ、これ以上の問答は無用だと話を終わらせようとしているし、そんなこと私だってわかっているが……。
「ユイが気を落とすことじゃないよ」
恥ずかしい……。
自分の顔が熱くなり、顔が赤くなっていることに気づいて師範から顔を逸らす。
もう十七だと言うのに私はなんて情けないんだろう。
自分の精神の未熟さには、我ながら呆れてしまう。
よし! ――っと、気分を切り替え。
書斎にかけられた時計の針を見ればもうまもなく深夜一時。
カズさん達と約束をしていた時刻までもう間もなくだ。
「事件以外では何か出来事はあったかい?」
「はい――色々ありました」
師範に頷きを返しながら、昨日の出来事を思い出す。
昨日は沢山の事が起き、話を聞いた。
ただ、その内容や事態は私には理解し難いものであったのも事実であり。
「師範――」
「何だい?」
「昨日の出来事を話すので、私にもカズさん達のことを色々教えてはもらえませんか?」
「…………」
自分の気持ちを師範に伝えると、師範が困り顔を浮かべた。
カズさんと、アビさんの過去に関する不可解な点や、二人の闘気と魔装、それに宝珠や薬について聞こうと思っていたのだが。
師範の様子を見る限り、更に重要なことを隠しているようだ。
「ダメですか?」
「……少しなら話してもいいけど、ユイ自身は二人のをどう思ってるの?」
「カズさん達をですか?」
二人のことをどう思うか――か。
ここは正直に話すべきなのだろう。
「アビさんのことは正直苦手です」
「それは何で?」
「あの人は……血の気が荒いと言うか、何でも暴力で解決しようとする節があるので……」
昨朝の事もそうだが、何かにかけて殺気を放ったり、威圧してきたりとアビさんは少し横暴が過ぎる――と、思う……。
「なるほど――それじゃあカズくんの方は?」
「カズさんの方は……」
エリザの想い人であるあの人は、武術授業では少し様子が違ったが、面倒くさがりな一面がありながらも、周りに気を回す優しさを持った人で――ちょっとイタズラを仕掛けたくなるような人であり……。
それを言葉にするのなら――
「当たり障りのなりのない……昔からの友人みたいな人……ですかね?」
「それはいい意味で?」
「それはもちろんいい意味です」
「そっか、そっか」
私の回答に師範は満足したように頷くと。
「それなら、昨日の出来事について聞いた後に、僕もカズくん達のことを少しだけ話すとしようか――」
そう言って、師範は私に微笑むのだった。
「……あの、師範?」
「本当に色々あったみたいだね……」
「初めにそう言ったじゃないですか」
昨日起きた出来事を話し終えると、師範は困ったなと言いたげに目を閉じた。
「僕はてっきりリクトくんの一件が一番の問題だと思ってたんだよ」
「いや、リクトの件が一番の問題ですからね⁉︎」
師範は一体何を聞いていたのだろうか……。
学園の運営を支援してくれている国の、貴族の息子が大怪我した以上の問題は今のところ起きていないというのに――師範としてはリクトの一件はそう大した問題とは思っていないようで、そこについてはさすが師範だと言うしかなく。
「次は師範の番です。カズさん達のことを話してください」
とりあえず私が話せることは話し終えたので、次は師範が話す番だろう。
私からの質問に、師範は大きく鼻で息を吐くと。
閉じてた目を開けて私を見つめ――そして、まるで示し合わせていたかのように。
「――やっと来たみたいだね」
師範がそう言うのと同時に、書斎の扉が唐突に開かれた。
「邪魔するよ」
そう言いながら部屋に入ってくるのは――
「叔母様⁉︎」
叔母であるフェルト先生と。
「こんな時間に何でこいつがここにいるんだ?」
怒りを隠す気がないレオ先生の姿だった。
いつもなら何も言ってはこないと言うのに、苛立ちからかレオ先生が睨んでくる。
どうしよう……。
レオ先生が向けてくる怒りに対して、視線で師範に助けを求めると。
師範は私に『大丈夫』だと言いたげに微笑み、その口を開ける。
「ユイは僕の弟子なんだから、授業外に何処にいようが何の問題もないはずだよ?」
「弟子だろうが、消灯時間はとっくに過ぎてるだろうが」
「おいおいレオ、二度は言わせないでくれよ。ユイは僕の弟子――授業中ならまだしも、授業外での口出しは必要ない」
ゾワっと、師範から威圧感を感じ。
「――ッチ!」
レオ先生が舌打ちをした。
「まったく、これだから脳筋の馬鹿どもは……」
師範達のやりとりに叔母様が呆れ顔を向ける。
今更だが、二人はなぜこんな時間に師範の元へ来たのだろうか?
そんな疑問と共に『やっと来たみたいだね』と師範が言っていたことを思い出す。
時刻を見れば午前一時、カズさん達との約束の時間だ。
「それで? 私たちを呼んだ理由を聞く前に、リクトの件はどうするつもりだい?」
「その事なら放っておいても大丈夫だよ」
「大丈夫だって? 一体何が大丈夫だって言うんだい」
無責任な師範の言葉に叔母は苛立つと、師範の目の前まで近づき。
座っている師範を見下ろしながら。
「まさか自分の弟弟子だからって、謝罪も無しに許すつもりかい?」
叔母様は、怒りを露わに師範を睨んだ。
「謝罪も何も話を聞く限りじゃカズくんに非はないでしょ?」
「非はないだって――一人の生徒が怪我をしてるんだ。そこに非があったも無かったも関係ない。風人、お前自分の弟弟子だからって生徒に優劣つける気かい?」
叔母様の言葉は的を射ていると思う。
師範は間違いなくカズさん達を贔屓している。
私やフォンに対しても師範は贔屓していると思うが――私達が問題を起こした際は、注意して反省させるのに対し、師範は今回カズさんが起こした問題に対して注意する気もないようで。
「ははははは――」
師範が突然笑い出した。
「彼らに優劣をつけるだって? そりゃ優劣つけるさ、彼らは先生の――次世代の戦神の弟子なんだよ?」
「あんた――」
絶句したと言うように、叔母様は言葉の途中で声を切らすと。
「あんたの今の発言はここにいる生徒全員に対しての冒涜だよ!」
叔母様は先ほどよりも大きな声で激昂した。
……私はこの場にいてもいいのだろうか。
師範達の今の会話は、生徒の身分として聞くにはいささか問題がある内容だ。
ここで話された内容を外に口外する気はないが、だからと言って聞いていていい内容だとも思えない。
「冒涜とは辛辣だねぇ」
「当然だろ、お前はそれだけのことを今言ったんだ! 辛辣だと思うんだったら考えを改めな!」
叔母様の言葉はもっともだ。
贔屓されている私が言えた義理ではないが、生徒間に優劣をつけるなど倫理的に問題だ。
そもそも、こんなことを言えば叔母様が怒るとわかっているはずなのに、なぜ師範はこんなことを口にしたのだろうか……?
疑問だ――
普段の師範であれば、無意味に事を荒立てたりしないと言うのに。
今日は……と言うより、カズさん達が来てから師範の様子は少しおかしい。
「フェルトさん。僕はあなたの教育理念を馬鹿にするつもりはない――でもね、僕の中で一番大切なのはフォンとユイだし、次に大切なのは戦神に任されているアビくんとカズくんであって、その他の子達はその次だ」
そんなことを言ったら。
「――ドン」
っと、師範の机が叔母様によって叩かれる。
「私を怒らせて何のつもりだい⁉︎ これ以上ふざけたことを言うのなら、あんたであろうとここから出ていってもらうよ!」
「それなら安心しなよ。僕は来年ユイが卒業したら、フォンとユイを連れてここを出て行くつもりだからさ」
「「――は⁉︎」」
驚きの声が書斎の中で共鳴する。
声を発したのは師範以外の私を含めた全員だ。
叔母様が私を見て、師範の言葉の真偽を確認してくるが。
首を横に振って、私も何も知らないと言うことを叔母様に伝える。
「おいおい。急に出て行くってどう言うつもりだ?」
黙っていたレオ先生が、師範の真意を聞く。
「まだ一年もあるんだし、そんなに急ってわけでもないでしょ? それに、ここが学園になった時から、出てくことは決めてたんだ」
「何故だ?」
「フォンとユイに、この世界を自分の目で見て学んでもらうためさ」
「世界を学ぶ?」
「ああ。正確にはこの大陸を回る旅だけどね。初めは賢王に会いに賢国へ、次は戦神、それから守人に会って、代替わりした幻想師と東の皇帝、見つかるのなら賢者とディル――僕の親友である探窟家とも合わせたいかな」
「本気で言ってるのかい⁉︎」
叔母の驚きの声に。
「もちろん本気だよ」
師範はその言葉が真実であると、言葉だけで無くその表情で語った。
――だが、どうしても私にはその言葉が真実であると信じることができず。
それは私だけではなく、師範の言葉を聞いた叔母様とレオ先生も同様の思いだった。
なぜ師範の言葉を信じれないのか。
それは、今師範が口にした名前はどれも十六天位に名を連ねた、この世界の絶対強者の称号であり異名だからだ。
まだ賢王様や戦神様と会うのなら分かるが、他の人物達は居場所も知れず、知っていても会うのに数年の時を必要とする人物ばかり。
「何年の旅になるんですか……?」
「三年から五年ぐらいかな」
そんなに……。
驚きのあまり声が出ない。
師範と旅ができるのは嬉しい――嬉しいが……。
旅の期間があまりにも長く……。
「学生時代はいいものだよね。百年も前だけど僕も学園に通ってたし、先生のとこでダンジョン馬鹿と一緒に馬鹿やって、何年も一緒に旅をしたからわかる。友達と一緒に勉強や修練に励んでると、こんな生活が永遠に続くように思えてくる」
私の心を見透かすように師範はそう言って、私を見つめながら。
「フォンにも一年前に聞いたんだ。そしたらフォンは二つ返事で『行きます』って、言ってきた。ユイ、君はどうする? 今決めるんだ」
「風人そう急かす必要は」
「黙れ――」
場の空気が重くなる。
威圧にも思えるが、また違う。
これは先日アビさんが見せたものと同じ闘気による圧だ。
「フェルト、叔母である君には悪いが、これは師である僕と弟子との会話だ。聞くのはいいが口出しは求めてない」
師範の表情は真剣だ。
今、決めなければいけないのだろう……。
「私は――」
言わなければいけないのに、言葉が喉につっかえて、うまく言葉が出てこない。
真剣な表情の師範の目はいつもと同じ優しいものだ。
きっと、私の心の葛藤など師範はお見通しなのだろう。
それでも、師範は私の気持ちを、今この場で最後まで聞く気のようで。
ならば私も、今この場で答えを出さなければいけないのだろう――
「私は――私は師範についていきます!」
だって、私は――師範に救ってもらい、両親の仇を打ってもらったのだから。
私は師範についていかなければいけない。
「ユイ……」
切なげな叔母様の声が聞こえるが、揺らいではいけない。
今揺らげば、私の意思は折れてしまう。
だからこそ、今この場では決して揺らいではならない。
歯を噛み締め、意志を固める。
「そんなに怖い顔をしなくていい」
「はい」
「あと一年友人達と励みなさい」
「――はい!」
師範の言葉は優しかった。
厳しくするのなら最後まで厳しくしてほしい。
そんな優しい言葉を急に言われてしまっては――
目から涙が溢れてしまう。
ぽん――っと、頭に手を添えられ。
見れば、師範はいつの間にか椅子から立ち上がり、私の頭に手を置いていた。
「もう大丈夫です……」
「本当に?」
「――大丈夫です‼︎」
頭を撫でられた事に多少嬉しさはあったが、次第にわしゃわしゃと髪をぐしゃぐしゃにするのを楽しみ始めた師範の手から逃れ、叔母様の後ろへ避難する。
私と師範のやりとりに、叔母様とレオ先生も先ほどまでの怒りは少し薄れたようだ。
「――さて、一旦問題も解決したことだし。レオにフェルトさん、二人を呼んだ本題について話しましょうか」
「「…………」」
問題は何も解決してないが、切り替えの激しい師範の様子に叔母様達も呆れた様子で言い返す気もなく。
ただ、師範がその本題とやらを話し始める前に私も言わなければいけないことがあり。
「師範……もう一時半ですけど、カズさん達との約束は大丈夫なんでしょうか?」
「確かに――一時って約束だったね。それじゃ二人を呼んだ理由は向かいながら話そうか」
「向かうって、私らを坊主達の所へ連れて行く気かい?」
「そうだよ。君たち二人には今から彼ら二人の特訓相手になってもらうからそのつもりで」
おそらくは、向かいながら話そうとしていた内容を、たった一言で言い終えてしまった師範に、私は心の中でため息を吐きながら。
私はもう寝よう……。
と、そう思い。
「それでは私は失礼します――」
師範と叔母様達に別れを告げて書斎の扉へ振り返り。
「――え、ユイも行くんだよ?」
そんな師範の言葉に対して、私は心労から立ち崩れてしまうのだった。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




