表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第二章 学園邂逅
34/46

【授業中の衝突】02

 ユイと共に武道場の入り口に着くと。

 武道場の出入り口にはエリザ、リーナ、メイの三人が、上は白の胴着、下は紺色の袴を履いた剣道着のような道着姿で立っていた。


 一瞬、なぜ体操服姿がユイだけなのだろうとも思ったが、着崩れたメイの胸元から、胴着の下に体操服を着ているのが見え、服を二重で着ているのだと気づき。

 俺のそんな気づきなど知る由もなく、リーナが安心したようにユイに突然抱きついた。


「よかった〜。いつまで経っても来ないから、このままじゃ遅刻してユイちゃんが怒られちゃうかと思ったよ〜」

「心配かけてごめんね。カズさんと話し込んでちょっと遅れちゃったの」


 抱きつくリーナの頭をユイが撫でる。


「はぁ〜本当によかった〜、このままユイちゃんが来なかったら間違いなくレオ先生キレてたよ」


 頭を撫でられたリーナは顔を綻ばせながらそう言うと、頭を撫でられたからか満足そうにユイから離れ。

 様子を見計らっていたメイが、手に持っていた上下黒い道着をユイに手渡し、ユイは受け取った道義を体操服の上に着始めた。


「それでカズさんとは話せたの?」

「うん、一応必要な事は伝えたつもり」

「伝えたって事は――」


 リーナの言葉にユイが頷きを返し。


「ただ、カズさんはその上で、今回は柔術派閥に行くそう」

「「――え⁉︎」」


 ユイの言葉に、リーナ共々エリザとメイが一斉に俺へと視線を移した。

 三人とも理解が出来ないと言いたげな表情だ。

 まぁ確かに、ユイの話を聞いた後で柔術派閥に行こうとするのは、普通に考えればおかしな行為なのかもしれない。

 ――が、俺からすればこんな機会を逃す手はない。


「なんで……」


 エリザが不安げな表情で聞いてくる。


 なんでと言われても、自分の成長具合を確認したいからなのだが。


「強いて言えば好奇心からですかね?」

「好奇心って――」


 俺の回答にメイが呆れたと言いた気に物申してくる。


「柔術派閥の奴らは気性が荒いの、それを知った上で言ってるの?」

「いえ、そこまでは――」


 それについては初耳だ。

 だが、それならそれでちょうどいい。


「ですが、ユイさんにも伝えた通り、今回は柔術派閥で授業を受けようと思います」

「貴方ねぇ――」


 俺の返事に、メイが眉を顰め睨んでくる。


「言っちゃ悪いけど、間違いなく怪我をするから無謀なことはやめなさい」


 そして、メイはそう言うと、道着を着終えたユイに『貴方からも何か言ってやってよ』とでも言うように視線を送った。

 どうやら、ユイなら俺の事を止めてくれると思っているようだ。

 ――が、視線を向けられたユイの回答はメイが望むものではなく。


「メイ、貴方の言いたいことは私もわかる。――でも、カズさんの意思も固いの、だから今回、私はカズさんにはやりたいようにやってもらうつもり」


 自分と同じように止めてくれると思っていたユイの真逆の回答に、メイは困惑の表情から口を開くが――その口から言葉が発される前に。


「――でも、少しでも怪我をする危険性があると感じた場合は私がすぐに止めるから、メイも、エリザも、心配しなくて大丈夫」


 ユイの言葉にメイは開けた口を閉じ、不安気な表情を浮かべるエリザの背中に、リーナと共に手を添えた。


 愛されてるな。


 四人の様子にそう思い。


「俺自身も危険だと思ったらすぐに助けを求めるつもりですので、その時は皆さん助けてくださいね」


 と言って、俺は四人に笑いかけながら。

 仮に助けを求めたら、アビにどやされるだろうな。

 ――なんて、考えつつ。


 ユイが武道場の扉を開き、武道場にいる人の気配を感じとることで。

 そうなりはしないだろうなと、そう確信を持つのであった。





 第八道場が、バスケットコートが二面入る広さ一面に、畳が敷かれていたのに対し。

 ここ、武道場はバスケットコートが四面ほど入るだろうほどの広さに、床は木製――それこそ体育館のような内装をしていた。


 ユイが向かう先を見れば同じクラスの二年生が――少し離れたところには三年生がフォンを先頭にして待機しており。

 フォンの横を見れば、俺を睨むレオと、まだ若いエルフの女教師が立っている。


「――パン、パン」


 フォンがこちらを、俺やユイ達が来たことを目視すると急に手を叩き。

 手を叩くのを合図に、三年の生徒達が一斉に移動し始め――


「それじゃ私たちも各自派閥に分かれましょう!」


 と言ったユイの号令と共に、二年生も散り散りに分かれ始めた。


 どうやら、教師が授業を行うと言うよりも、生徒が自ら行動し、わからないことがあれば各自教師に聞くという方針のようだ。


 良し悪しはあれ、八十名程の生徒に武術を教えるとなると、二名だけでは手が回らないだろうし。

 今ここにいる彼らが、いくつの時から学園に在籍しているのかはわからないが、先日の少年達が木剣を振っていた様子からも、幼い頃から武術を学び。

 すでに自分なりの形が出来上がり、その弱点を把握している彼らに、いまさら直接的な指導はいらないのだろう。


「カズさん、柔術派閥は中央奥です。約束忘れないでくださいね?」

「わかりました」


 移動する生徒達を傍線と見ていると、ユイが向かうべき先を教えてくれ。

 ユイが教えてくれた場所へ向かうため、俺も生徒達に混ざり移動することにした。


 柔術派閥が集まる場所へ向かうと、ユイの言っていた通り七名の生徒がそこにいた。

 そして、俺が近づいてくることに気づくと、そのうちの一人が俺に声をかけてくる。


「おい! ここは柔術派だぞ」

「ええ、知ってます」


 声をかけてきた男に返事を返すと、その後ろから――


「おいおいマジかよ」

「アレが噂の」


 俺がよしとしない類の笑声が、二人の男から放たれた。


 こう言う奴はどこにでもいるんだな。


 後ろにいる男二人に、そんな感想を抱いていると。

 最初に声をかけてきた男が、嘲笑している二人とは対照的に俺に忠告をしてくる。


「悪い事は言わない。事情を知らないのなら黙って剣術派へ行け」


 おそらく、この男が柔術派閥の代表なのだろう。

 身長は俺より少し高く一八五㎝程度で、筋肉が程よく付いたバランスのとれた体格をしている。

 確証まではなが、特に亜人の特徴を感じられない様子からして種族は龍人なのだろう。

 二年のクラスで龍人を見かけなかったので、学園に龍人はいないものだと思っていたのだが、どうやらそういったわけではなかったようだ。

 それに、この男を見て気づいたが、龍人だからと言って全員が日本人のような東洋風の見た目をしているのではなく、この世界に多くいる西洋風の見た目をした龍人もいるのだと初めて知った。


「おい、さっさと向こうへ行け」


 メイは柔術派閥は気性が荒いと言っていたが、この男は随分とまともなようだ。

 だからこそ、気性が荒いと言われる原因を作っているのは――


「おいおい委員長、編入生が困ってるじゃねぇか。いいじゃねぇか、こいつは自分の意思でここに来たんだ。それをわざわざ剣術派に行かせなくたって、俺たちが優しく面倒を見てやればさぁ」


 先ほどからニタニタと笑う、トゲトゲ頭の赤毛のこの男と。


「リクトの言う通り、何も知らないなら僕らで教えようよ」


 トゲトゲ頭と共にニヤつく、真面目そうな顔をした黒髪マッシュのエルフ青年が原因なのだろう。


 二人の言葉に割って入ってこない他四名の様子を見るに、委員長と呼ばれた男を含めたこの三名が柔術派閥の上位三名と見て、まず間違いない。


「本当に柔術派を受ける気か?」

「ええ、何度聞かれようと俺は今回柔術派閥で授業を受けようと思います」


 委員長と呼ばれる男の最終確認とでも言うべき言葉に、俺は自分の意思を伝えると。

『――パン!』っと、トゲトゲ頭が馴れ馴れしく俺の右肩を叩き。


「よろしくな編入生! 俺はリクト龍人だ!」


 そう自己紹介をされ――

 それに続くように、真面目ぶっている黒髪マッシュも側に近寄って来ると、俺の左肩に手を置き。


「僕はキリシュ、名前は覚えなくていいよ」


 と、気障ったらしく自己紹介をしてきた。


「はぁ……俺は柔術派の代表、高等部三年のナッキだ」


 委員長のナッキか――

 先ほど三年の先頭に立ち指揮っていたフォンの様子から、二年の委員長がユイであるように、三年の委員長はフォンなのだと思っていたが、どうやら違っていたようだ。


 柔術派閥の残りの四名も俺に対して簡単な自己紹介をすると、トゲトゲとマッシュの後ろへ控えるように移動した。


 なるほど――今目の前に広がるこの光景が、柔術派閥の構図のようだ。

 トゲトゲとマッシュが幅を利かせ、それを委員長が制御する。

 この配置は一体誰が考えたのやら……。

 ユイも三年生との関係をどうにかしようとしていたが、フォンはフォンで現状を何とかしようと働きかけているようだ。


「皆さんも何となくご存知だとは思いますが、戦神の弟子のカズと言います。種族は人間、戦神の弟子になってまだ一年も立っていない若輩者ですが、是非とも今日は皆さんの肩を貸していただこうと思いますので、どうか程々のご教授をよろしくお願いします」


 自己紹介をされたのでとりあえず俺も自己紹介をすると、トゲトゲ頭がニヤリと笑った。

 面倒そうなことを考えついたようだ。


「なぁ委員長せっかく八人いるんだし、四、四で分かれて久々に地稽古やろうぜ? もちろんこいつの面倒は俺とキリシュが見るからさぁ、いいだろ別に?」


 トゲトゲの言葉に委員長は睨む――が、トゲトゲはそんな委員長の睨みを笑い飛ばし。


「そんな怖い顔すんなよ。大丈夫だって、本人が降参したら交代ってルールでやるからさぁ」


 笑いながらそう言うと、これ以上の問答は無用だとでも言うように。


「責任は僕らで取るのでナッキは気にせず、いつも通りやっていてくださいよ」


 マッシュが委員長にそう言った。


 委員長が俺に『気づけ!』と目線を送ってくる。

 トゲトゲ達に懐柔された他の生徒達と違って、委員長は本当にまともな人のようだ。

 ――だからこそ、無駄な心配をさせてしまった委員長には申し訳ないと思い。


「……何のつもりだ?」

「友好の印ですよ――」 


 委員長に――ナッキに俺は手を差し出した。


 俺が握手を求めた意味がわからず聞いてきたナッキに握手の意味を伝えるが、聞きたかったのは握手の意味ではなく。何故、今握手を求めてきたのかと言う意味だったようだ。

 差し出された手を取るかナッキは躊躇しているようだったが、俺が手を引く気が無いことを察すると、呆れたようにナッキは俺の手を握ってくれる。


 俺の中で握手は友好の印だ。

 ――だが、それと同時に、握手には自分の感情を、意思を、力を効率的に伝えることができる手段でもある。


 俺は先生やアビのように、誰彼構わず殺気を向けることができない。


 だってそうだろ?

 相手に殺意を抱いていないというのに、どうやって殺意を向ければいいと言うのだ。

 威圧感や気迫だってそう。

 技量と知力がない俺に、そんな印象を与える手段などありはしない。

 だからナッキには少し申し訳ないが、こうやって安心してもらう他ない。


 ナッキの手を握る自分の手に力を入れ――


「色々心配させてしまってすいません」


 ナッキにしか聞こえない声で謝罪する。


 初対面のアビにやられたあの握手。

 あの時のアビからは殺気や敵意を一切感じなかったと言うのに、徐々に力が強まっていく万力のような握手からはその強さと凄みを感じとれた。


 徐々に手を握る力を強めていくと、ナッキは驚愕したかのように俺を――握られる自身の手を交互に見て。


「あいつらをどうするつもりだ……?」


 そんなことを聞いてきた。


 本当に優しい人だ。

 先程まで俺へと向けていた心配を、今度はトゲトゲ達へ向けている。


「どうもする気はないですよ、俺も彼らと手合わせがしたいだけですし、彼らが程々にやる分には俺も程々にやるつもりなので、そこは安心してください」

「……あいつらが程々にやらなかったら?」


 過度な心配はしてほしくないので正直に答えたつもりだが、正直に答えたせいで逆に心配を大きくしてしまったらしい。

 だがまぁ、嘘をつくよりはよっぽどましか。


「本人達が言ってたじゃないですか――」


 手に込める力を最後に一段上げて、にっこりと笑いながら。


「責任は自分達でとるって」


 彼らが先程言っていた言葉を伝えると同時に、ナッキが焦ったように俺の手を勢いよく振り解こうとするのがわかったので、すぐにその手を解放する。


 とりあえず、俺がナッキに伝えたいことはこれで全てだ。


「だからナッキさんは安心して、何も心配せずに自分の稽古に励んでください」

「…………」


 俺の言葉にナッキは黙り込み。

 解放された自身の手を確認するように何度か揉むと、俺から顔を逸らすように背中を向けた。


「おいおい、委員長どこ行くんだよ?」

「お前らどうせそこでやるんだろ? だったら俺は端へ行く。俺の方でやる奴らは来い、あとは勝手にしろ――」

「「…………」」


 ナッキの投げやりな様子を他の面々が黙って、不思議そうに眺めている。

 どうやら珍しいことだったようだ。


「吊り目くん以外はナッキの方へ行ってください」


 マッシュが指示を出すと、指示に従いそれぞれが移動する。


「そんじゃどうすっか、乱闘戦でやるか、タイマンでの勝ち抜けでやるか、どっちでやるか決めていいぜ?」


 トゲトゲが聞いてくる。


 地稽古で乱闘戦というのも引っかかるが、タイマンでの勝ち抜け戦と言ってくる時点で、何をやろうとしているのか検討がつく。

 二年生をいびる時の常套手段なのだろう。

 だが、それは俺が負ける前提の提案だ。

 だったらこいつらが望むような、それでいて俺の望む案を出してやろうじゃないか。


「タイマンでの勝ち抜けじゃなくて、タイマンで勝った方が次の相手を決めませんか? もちろんもう一度同じ人との再戦もありですし、自分は抜けて別の人同士を対戦させてもいいですよ?」

「いいね、いいね――」


 俺の提案にトゲトゲがニヤニヤと本性を表したようにして笑い。


「自分が決めたんだから授業が終わるまで付き合えよなぁ〜?」


 まるで脅しをかけるように、そんなことを言ってくる。


 もう隠す気はないらしい。

 胸に秘めた粘ついたような加虐心が、気持ち悪いほど伝わってくる。


「そういえばリクト――彼の名前ってなんでしたっけ?」

「おいおいキリシュ、もう忘れたのか? さっきこいつが言ってたじゃねぇか、こいつはクズ――人間のクズだよ」

「はは、そうでした。僕とした事が、それではクズくん。僕たちと一緒に稽古をしましょうか」


 幼稚だ――

 子供なのだから幼稚なのは仕方がないが、人の名前をいじるのはやめてほしい。

 だがまぁ、本人達が俺の名前を忘れたというのなら仕方がない。

 だってそうだろう?

 こいつらの名前を覚えてすらいない俺が、それを指摘する資格なんないのだから。


「それじゃ、最初は吊り目とクズくんから」


 マッシュがそう宣言するのと同時に『――ッパン!』と、唐突に稽古が開始され。

 事前に擦り合わせていたかのように、吊り目が一直線に殴りかかってくるが――


 ……なんかあれだな。

 躊躇なく攻撃してくるのはいいが、これで授業になるのだろうか……?


 吊り目の胴着の袖を取って、振りかぶってきた腕の勢いをそのまま利用して転ばせ。

 うつ伏せに倒れた吊り目の横顔あたりの畳に軽く手を叩きつけると。


「降参します……」


 特に抵抗することもなく、吊り目はすぐに降伏した。


「へぇ〜やるじゃん、なぁキリシュ?」

「そうですね。それでは次は僕とやりましょうか」

「構いませんよ……」


 勝った俺が選ぶんじゃないのかよ……。

 と、そんな思いもありはするが――結果的に、シュウヤと同程度の相手と手合わせができるのなら文句はない。


「それじゃよろしくクズくん」

「えぇ、よろしくお願いします」


 クズと呼ばれても何の反応も返さない俺に対して、マッシュは一瞬睨んでくるが、すぐに睨むのをやめると、まるでやる気がないように、気を抜いたような態度でトゲトゲに視線を向け――視線を向けたと思えば、突然俺に向かって距離を詰めてくる。

 中々の勢いを見るに、どうやら身体強化系のスキルを複数同時に使っているようだ。


 マッシュが俺の右手の袖を掴み、体を捻るようにして後ろへと回り込むと――

 両手で俺の腕を拘束し、腕を起点にして俺を跪かせ、跪く俺の背中に背中合わせて体重をかけてきた。


 性格は一旦置いておき、今の一連の流れは柔術としては見事なものだったといえなくもないだろう。


「降参します――」


 完璧に関節が決まっていることに加え、後ろに回された俺の腕を折ろうと力が加えられたので、降参することにするが……。


「聞こえませんか? 降参しているんですけど……?」


 もう一度、降参の意思を伝えても、マッシュから返事は返ってこない。


 まあ、こんなことだろうとは思っていた。

 そう思ったからこそ、検証のために関節を決めさせ。

 決めさせた上で検証するのだ。


 こいつは俺の腕を折ろうとするのか、それとも脱臼させようとするのか。

 どちらにせよ、どの程度まで俺の腕が耐えられるのか、いい検証ができそうだ。

 ――そう俺が思った瞬間。


 おいおい、まだ助けは求めてないぞ……。

 ユイがこちらへ近づいて来ることに気がついた。


 頻繁に、ユイの視線がこちらへ向いていることには気づいていたが、まだ何の検証もできていないというのに、助けに来るのが早すぎる。

 一般的なCランクの力が、どの程度なのか検証したいだけだというのに、このままでは検証を中断させられるだけではなく、検証する機会まで奪われてしまいそうだ……。


 流石にそれはダメだ。

 せっかく躊躇なく色々試してもいい相手だと言うのに、こんな形で終わっては流石に勿体なさすぎる。


 こうなったなら仕方ない……か。


「――っは、なんで⁉︎」


 驚愕の声をあげるマッシュなどお構いなしに、拘束された状態のまま力任せに立ち上がり。

 拘束が解かれているというのに、未だに俺の腕を掴み続けるマッシュの腕を、振り解くようにして引き剥がす。


「おいキリシュ、ちゃんとやれよぉ〜」

「――うるさい!」


 手を抜いて遊んでいると思ったのだろう。

 場外から投げかけられたトゲトゲの煽るような言葉に、マッシュは焦りから苛立ちを露わにさせる。


「どうしたんだよキリシュ……?」

「…………」


 その様子に異変を感じ、トゲトゲが困惑の声を上げるが――

 マッシュにはもう返事を返す余裕はなかった。


 マッシュが焦るのも仕方がない。

 先ほどの拘束は確実に決まっていた。

 それも逃げられる余地はないほどに、それこそ無理をして逃げようとすれば骨が折れてしまうほど完璧に決まっていた。

 そんな拘束を俺は力任せに解き――マッシュは解かれてしまった。

 となれば、俺が何かを言う必要すらなく、当事者である本人にはこの異常性が理解でき、理解できるからこそ焦るのは当然であり。

 だからこそ、マッシュは警戒して、先ほどのように俺へ詰めようとはしてこない。


 場外から見ているだけのトゲトゲにはこの状況が理解できていない。


「――カズさん! 大丈夫ですか⁈」


 それは駆けつけ、声をかけてくるユイも同じだ。


 そんなに俺は弱そうに見えるのだろうか……?

 見えるのだろうな……。


「大丈夫ですよ。ちょっと悪ガキと遊んでるだけなので」

「カズさん⁈」


 俺がマッシュを煽ると、ユイが困惑の声をあげ――


「キリシュ!」


 トゲトゲが憤慨したように怒号をあげた。

 さっさと俺を片付けろとでも言いたげな様子だ。

 周りを見渡せば、トゲトゲの怒号のせいで生徒がこちらへと視線を向け……こんな状況だというのに、不動の姿勢をとっている奴が一人だけいた。

 ――レオだ。


 あの男は本当に教師なのだろうか……? 

 あれでは教師の皮を被った、ただの木偶人形だ。


 はぁ……。


 これ以上注目されるのも嫌なので、マッシュとの稽古は一旦ここで終わらせてしまおう。


 マッシュに一歩近づくと、後退りするように一歩下がり。

 一定の距離まで近づくと、俺の襟を掴もうとマッシュは動くが――

 この程度の速さは目で追う必要すらなく、感覚だけで避けることができ。

 俺を掴もうとした手を逆に掴ませてもらい。

 先ほどやられたのと全く同じ形で、俺はマッシュの背後に回り込み、腕を起点にして跪かせて、拘束した腕に力を込めた。


「負けを認めますか?」


 念のため聞いてみるが、降参する気はないようで。

 マッシュは俺の返事に返答を返すことなく、無言で拘束を解こうと抗ってきた。


 もう一段、拘束するその腕に――関節部に力を込める。


「――わ、わかった、俺の負けだ!」


 流石に危機感を感じたのか、マッシュが音を上げ降伏した。

 なので、俺は拘束する腕に込める力を――


「負けを認めますか?」


 もう一段腕に込める力を上げて聞くことにする。


「だから負けを認める――認めるって!」


 はぁ〜……。


 周囲からの視線さえなければ折ってみようかとも思ったが、流石にこれだけの注目の中、降参する相手の腕を折るような真似は俺にはできず。

 仕方がないので、最後に骨が軋み出す程度に腕に力を込めながら――

 マッシュの耳元に口を近づけ小さな声で問いかける。


「悪いことをしたら相手になんて言うのか知ってるかい?」

「――ごめんなさい! さっきはごめんなさい!」


 ちゃんと謝ることができたマッシュを、拘束していた腕を解放すると。

 マッシュは自分の肘と肩を抑えながら――恐怖からか涙を流していた。


 実に子供らしい。

 いや子供なのか……。

 でもこれで彼も少しは学んだはずだ。

 悪いことをしたら、そのしっぺ返しは自分に返ってくると言うことを、彼は痛いほど学んでくれたとそう願いたい。


意見大歓迎です、評価も待ってます!

誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ