【弟子入り志願】02
「ここがそうなのか?」
「ああ、そうだ」
山を登り始めてから三時間程で、センという人物が住む屋敷へと到着した。
屋敷の外観は、この世界に来てから初めて見る和式の建築物で、高めの塀に囲われ大きな門が構えられた、旧家が暮らすような豪邸だ。
開け放たれた門から見える庭も相当広く、屋敷と庭を合わせれば千坪を優に超えている。
……だが、そんな事とは別に俺は少々疑問に思った事があった。
屋敷に対しての疑問ではない。
探窟家の話では、センと言われる人物は龍人の里にいると聞いていたが、ここへ来るまでの道のりに人が住むような建物は見当たらなかった。
それはいったい何故かという疑問だ。
「レン、お前は外で待ってろ」
カラギの言葉に少年は頷くと、先ほど俺から取り上げた武器をカラギへと手渡し。
そして、武器を受け取ったカラギは『こっちだ』と言いながら大きな門をくぐると、石造の道を歩き俺のことを先導していく。
敷地内には三つの建物が建てられており、門をくぐった正面にあった主屋に着くと、カラギは入り口の戸を叩き、中から返事は返ってこなかったが戸を開けて屋敷の中へと入った。
「なんだ、ここ……」
屋敷の中に入り廊下を歩き始めてすぐその違和感に気がついた。
屋敷の外観は、それは立派なものだった。
だが、それ以上に――今視界に映る廊下の広さが、その長さが異常に長すぎるのだ。
廊下の横道を見ても廊下の終わりが見えやしない。
「外から見た屋敷の広さとの違いなら気のせいじゃないぞ」
「やっぱりそうか……」
俺の動揺に気づいてか、カラギが教えてくれる。
おそらく何らかの魔術の作用によって、建物の外観か、内装を偽装しているのだろうが。
それにしたってこれでは迷子になってしまう。
「もうすぐセン様の元に着くが、挑発的な態度と発言には気をつけろよ」
そう俺に言ったカラギの顔には真剣さを感じられ。
カラギは大きな四枚の襖に龍が連なり描かれた部屋の前で立ち止まると、俺はその襖を見た瞬間――えも言えぬ異様な感覚に襲われる。
「――入りな」
襖の中から女性の声が聞こえ。
そっか……。
と、全身に感じるこの妙な感覚の原因が、部屋の中にいるセンという人物によるものなのだと理解する。
「俺が先に入る。呼ぶまでは外で待ってろ」
そう言うとカラギは部屋の襖を開け、中に入りそっと襖を閉じた。
少しだけ見えた部屋の中はとても暗く、宙に浮いた青い火によって少しだけ光が灯され、部屋の中からは何かシナモンのような香りが煙と共に香ってきた。
耳を澄ませて、中の会話を聞く。
「失礼します」
「挨拶はいい、要件は何だい?」
「はい。上月山のダンジョンの入り口付近で、自身を異世界人だと言う者を捕らえたので連れて参りました」
「異世界人か――人間かい?」
「はい」
「会話を聞いてるね? 入りな――」
俺のことを言っているんだよな?
と少し戸惑いながら。
「失礼します――」
俺は襖を開けて頭を下げながら部屋の中へ入り。
頭を上げながら、先ほどから感じる異様な気配を放つ人物のことをの視界に入れた。
センと言われる人物の姿は、探窟家が婆さんと言うほど高齢な見た目ではなく、多く見積もっても五十代前後の容姿をした女性であり。髪は白髪混じりの長い黒髪を後ろで束ね、上下で白と黒が入り混じるような柄の武道袴を着て、時代劇で代官が使っているような肘掛けに右肘を置き手の甲を顎に当てながら、シナモンの匂いがする煙を、左手に持った煙管で吸っていた。
「名前は?」
「カズです」
突然投げかけられたセンからの質問に答える。
「苗字からだよ」
「……異相 和です」
「カズ――か、字はなんて書く?」
「名前のですか?」
「それ以外にないだろ?」
「そう、ですよね……」
目の前にいるセンから感じる気配が威圧感へと変化する。
これは威圧だ。
スキルによるものなのかはわからないが、それに類似する特異な圧を目の前のセンから向けられる。
「字は、異なるの異に相生の相と書いて異相、平和の和と書いて和と言います」
「異相に、和と書いてカズか……。それでどんな世界に住んでいたんだい?」
センからの質問が続いていく。
正直な話、元の世界のことを聞かれても正確に答えられる自信はないのだが、異世界人だと信じてもらう為に俺はセンからの質問にできる限り答え続け。
「確かにお前は異世界人のようだ」
と、そう言われた事に俺は少し安堵し――
「だが、こっちに来る前に何があった?」
「――――」
その言葉で俺の思考は停止した。
「何だい、拷問でも受けていたのかい?」
「……えぇ、まぁ、そうですね……」
的確に自身の過去について言い当てられた事に、俺は言葉を詰まらせながら返事を返す。
センからの質問の途中、言葉に詰まる事や表情に表すことは無かったはずなのだが……。
どうしてわかったのか、センは俺の過去を見透かしているようであった。
「カラギ、お前はもう里に帰りな」
「わかりました。彼の持っていた武器はどうしましょう?」
「捨てな、死人の匂いが鼻につく」
センの言葉にカラギが俺を睨んでくるが――
「……わかりました」
武器についた匂いについてカラギが俺に問い詰めてくることはなく、センに力なく返事を返すと、カラギは律儀に俺の腕を縛る麻縄を解き始めた。
「そうだカラギ、カナデから聞いたが国へ行くそうだね」
「はい。五日後に里を出て行きます」
「そうかい。なら食事はそれまで持ってこなくていいとカナデに伝えておきな」
「それは……」
「勘違いするなよ。お前のためじゃなくカナデのためだ。それと国へ向かう途中アビにあったら私からだと言って殺すつもりで一発殴っておきな、いいね?」
「…………」
「返事は?」
「はい……それでは、私はこれで失礼します――」
泣く泣くと言った表情でカラギは頷きを返し頭を下げると、俺から解いた麻縄と武器を持って部屋の外へと出ていった。
空気が重い……。
「さて、何故お前が私のところに来たのか知らんが、異世界人であるのならここで自由に暮らすといい。ここに来るだけの力があるのなら自炊ぐらいはできるだろ? 調理場や部屋は自由に使っていい」
そこまで言うと、センは手に持っていた煙管を吸いながら、早くこの部屋から出て行きな、とでも言いたそうな表情で俺のことを睨んでくる。
「あの――」
弟子にしてくださいと言わなければいけない。
言わなければいけないというのに――
「なんだい?」
センの、その一切感情が籠っていない声を聞いた瞬間――俺は理解してしまった。
この人は俺に一切の興味がないのだ。
「あなたの弟子にしてください――」
頭は下げずに、まっすぐにセンの目を見つめながら俺は言った。
そりゃ、初対面の、それも異世界人だと言う相手に対して、突然弟子にしてくれと言われても、こいつは何を言ってるんだ? と思われても仕方がないと思う。
――だが、この人の目はそう言ったものとは違い。
その目に映る感情は今まで見たことがないほどの冷淡さを含み、危機感を感じる異様な気配を放っていた。
「何故お前を弟子にしなけりゃならん?」
当然だろと言いたげに返ってきた言葉。
さて、どう答えたものか……。
探窟家と洞窟の中で別れてからの数日間、どうやって弟子にしてもらうのかを考えてこなかったわけではない――ただ相手がどう言った人物なのかがわからなかった以上洞窟で一人考えたところで答えが出てくるわけもなく。
対面している今ですらその答えが俺の頭に浮かぶ事はないのだから、正しい答えなんてあるはずもないのだろう。
ーーだからだろうか?
「強くなりたい。だからあなたの弟子にしてほしい」
質問の答えになってはいないが、俺は自然とそう答えた。
「…………ハハ、ハハハ、ハハハハハ」
しばらくの沈黙の後、センは天井を見上げながら笑い始め。
「まったく……」
と、呆れたように言葉を吐いた。
「ここに住むのは認めよう。だが私がお前を弟子にすることはない。いくら私がお前に技を教えようと、お前はそれを会得する為の才能が無いんだ。異世界人なのだから何らかの力は有るんだろうが、お前からは全くと言っていいほど可能性を感じない」
センはそういうと息を吸う代わりに煙管を吸った。
「才能か……」
才能とはこの世界で言う能力値の事であり、スキルや魔術を覚えられない俺に才能なんてものはないのだろう。
全くもって笑える話だ。
「何故笑う?」
「いや〜、久しぶりに他人の口からそう言われると、何だか笑えて――」
『お前には才能がない』と『君はただの凡人だ』と、そう言った言葉を何度となく、今まで嫌というほど言われてきた。
きっと、今この場で不死身であることを伝えれば、また違った返事を返されるかもしれないが。
「あんたの元ならこんな俺でも間違いなく強くなれるって言われたんだ。強くなれる唯一の道ってな」
唯一の道とまでは言っていなかったが、それでも探窟家が俺に勧められる道は一つだけだと俺に言った。
それなら俺にはこの道しかないのだ。
「俺を弟子に――」
再び弟子にしてくださいと頼もうとしたその刹那――そこに居たはずのセンの姿を俺は見失い。
「――ッ!」
次の瞬間――俺の首を鷲掴み、首を絞めるようにしてセンが姿を現した。
この人は異常だ。
速度が異常なのもあるが、それだけではない。
こんな異質な気配を放つ人を俺は今まで一度としていたことがないのだ。
「それ以上戯言を飽きずに言うならお前を殺す。誰が私の元でなら強くなれるなんて吹き込んだのか知らんが、才能がない奴に何を教えたところで同じ結果を招くだけだ」
「どう、なるって、言うんだよ……?」
「身に余る力を得ようとすれば破滅するに決まってる」
挑発と捉えられても仕方がないと思いながら質問したが、センは質問に答えると俺の首から手を離した。
「わかったなら、さっさと部屋から出て行きな」
俺に背中を向け元いた場所に戻りながら言ってくる。
きっとこれが最後通告なのだろう。
だからこそ俺もここで引き下がることなんてできるわけがなく。
「俺は出て行かないよ。俺はあんたに頼むしかないんだ」
「死にたいのかい?」
「死にたくはないさ。でも、死んだらあんたの弟子にしてくれるって言うんなら俺は喜んで死んでやるよ」
センが振り向きながら、感情のこもっていないその目で俺の目を凝視してくる。
時間にして一秒にも満たなかったが、そんな一瞬でも俺が本気で言っている事にセンは気づいたのだろう。
「何を言ってるんだと思ったが、何だいお前ただの気狂いかい。だったら望み通りお前を弟子にしてやるよ」
センが俺へと近づいてくる。
俺の命を賭けた駆け引きはどうやら成功してくれたようだ。
「弟子入りを認めてくださりありがとうございます」
センに頭を深くさげて礼を言う。
「ああ、いいさ」
そして目の前まで近づいて来たセンの顔を見れば、その顔は相変わらず無表情でいて冷淡で……この先の展開を想像する必要もなく理解できるようなもので。
「初めの指導だ。狂人は死にな――」
言葉が耳に届くと同時に、首元に痺れが走り肉体の感覚が消え。
視界が次第に暗闇へと包まれながら、自分という存在が霧散していくのを感じた。
今まで何度となくこの感覚に襲われた。
だが、今回は今までとは違う。
あの病室でやっと死ね、知らない間に魔物に殺され、ロットに虐殺された後、何度となく自害して殺された。
今までの何の意味もない死を思い出しながら、消えゆく心で苦笑する。
今回の死は無駄じゃない……騙したようだが言質はとった。
俺はこの、センと言う人物の弟子に――無事ではないが弟子になることが出来たのだ。
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