【エルフのエリザ】03
「――これがエリザが貴方と別れ、私達が見つけるまでの経緯です」
俺とアビは食堂の奥、少々特別感のある席で朝食を食べ、他の生徒達から一定の注目を浴びるなかで。ユイとメイから、エリザの話を聞き終えた。
息を吐いて感情を落ち着かせる。
話された内容は実に胸糞悪いものであった。
エリザは産まれた時から奴隷だった。
それは産まれてすぐ奴隷になったと言う意味ではなく、奴隷の両親から産まれたという意味で。そんな彼女の一番古い記憶は男に暴力を振るわれ、抵抗しようにも抵抗するだけ痛みが走るという地獄であり。
産まれた時から奴隷だったエリザは、何故自分がこんな目に遭っているのかなんて知りようがなく、ただただ世界に自身の生に絶望していたそうだ。
――だが、そんな日々の中で転機が訪れた。
あの日、ノルアの街で奴隷契約が解除されたのだ。
自らの状況も何もわからなかったエリザだが、もう痛みから解放されたいという想い一心でその場から逃げ出し、体力の限界まで走り続け、たどり着いたのがあの洞窟。
ただ、あの時のエリザはもう体力と体の限界を迎え、体を休めようにも全身の痛みで眠ることもできず。空腹から腹痛が、脱水症状から吐き気に襲われ。もう身動きが取れなくなり、そのまま死を待つだけだったそうだ――
そんなところに俺が現れた。
そこからの話は俺の記憶と同じもので、俺と別れた後、エリザは必死に生き抜き。
そこをキッドさんやユイが、遠征中に偶然見つけて保護したそうだ。
「ありきたりな話だな」
「何がありきたりですって⁈」
アビの言葉にメイが怒りの声を上げた。
怒られて当然の言い草だと思うが、正直俺もアビの言葉に同意見であり。
「ありきたりな話だろうがよ?」
そう再び口にしたアビの言葉には、先ほどよりも強い感情が宿っていた。
それがこの世界の現状で、多くの亜人達が同じような境遇で生きている。
だからこそアビの言葉に何一つ間違いはなく。
再びメイは何か言い返そうと口を開いたが、ユイがそれを諭すように止めた。
「あの子は貴方に感謝しています。それこそ毎日貴方に感謝を捧げ、その想いがどんどん膨れ上がって、今ではその思いが恋心になっています」
「そうですか……」
きっと、俺がフィーに助けられた時と似ている感情なのだろう。
絶対的な絶望から救ってくれた相手に抱く感情は絶大な信頼と敬愛。
人によってはそのまま愛情まで芽生えることだってある……。
俺はそれを苦しいほど知っている。
だからこそ、その感情が依存に近いものだと知っているし、その感情が決して偽りの感情などでなく、本物の感情であり。
本物の感情であるからこそ、厄介だと知っている。
「エリザも言っていましたが、あの子の境遇や恋心について、できればあまり気にしないであげてくれませんか? 私たちはあの子の貴方への想いを応援していますが、そのせいで貴方と距離が出来てしまうのは不本意なんです」
「おいおい。だったら初めから告白しなきゃよかっただろうが?」
「そうですね、確かにアビさんの言うとおりだと思います。でも好きな人には好きと言いたいのが人の性ってものです。そう言う感情わかりませんか?」
「…………」
思い当たる節があったようで、アビが口元を歪め渋い顔をし。
俺に投げかけられた言葉ではなかったが、アビに釣られ俺も同様の思いに目を閉じた。
「すいません……気にさせてしまうつもりでは無かったのですが……」
「いえ、大丈夫ですよ。話を聞いたからって距離を置こうだなんて思いはないですから」
「それならいいのですが……」
エリザの過去を、その想いを聞いたからって、思う事はあっても距離を取ろうだなんて思わない。例えその愛がどんな感情からのものであっても、俺から何かを言うつもりはないのだから。
――ん? この気配。
食堂の入り口へ視線を向ける。
「――ッチ」
遅れてアビも気配に気づいたのか、舌打ちをした。
そして、俺達が食堂の入り口に視線を向けると、そこから姿を現したのは――
「師範」
「フォン様!」
ユイとメイがそれぞれ、現れた人物の名前を呼んだ。
「「おはようございます!」」
食堂に入ってきたキッドさんとフォンの姿に、生徒達が各々挨拶をして、そんな生徒達にキッドさんは軽く手を振り『みんなおはよ〜』と、軽い挨拶を返しながら、俺達の座る席へと向かって歩いてくる。
本当に信頼されているんだな……。
食堂にいる生徒達から感じるその絶対的な信頼心は、エリザが俺に向けている感情と同様のものであり。きっとここに暮らす生徒達の大半が、キッドさんに対してこう言った感情を抱いているのだろう。
「「おはようございます」」
席に座っていたユイとメイが立ち上がり、キッドさんに頭を下げる。
「おはよう二人とも。それと、カズくんとアビくんもおはよう」
「おはようございます」
「どうも〜」
座りながら返事を返した俺とアビの態度に。
キッドさんの後ろに控えていたフォンが、今にも斬りかかってきそうな殺気を放ってきた。
周囲を見れば、近くにいたメイや他の生徒達から、俺達の態度を信じられないとでも言いたげな線を向けられている。
そんな周りからの視線を無視しながら、キッドさんはユイとメイに座るよう促すと。
二人の隣――アビの正面へとキッドさん自身も座った。
「彼女とは会えたかい?」
「はい。さっき会いました」
「そうかい――」
俺の返答を聞いたキッドさんが、何故だかホッとしたような笑みを浮かべてくる。
「顔色が良くなったね」
「そうですか?」
意味がわからず、とりあえず自分の顔を触ってみるが特に異常はなく。
そんな俺の様子を楽しそうにキッドさんは眺めてくると。
「本当に良くなったよ」
キッドさんはそう再び口にした。
顔色……顔色か……。
言葉の意味がわからず考えるが、俺の中ではその結論が出ず。
「そりゃそうだろうよ」
と、言ったアビの呆れ声を聞いて『ああ、なるほど』と、その理由に遅れて気づく。
おそらくキッドさんは俺が助けたエリザと再会したことで、俺の気が休まり顔色が良くなったと思っているのだろう。
ただ申し訳ないことに、俺の顔色がいいのは甦りによる完全復活ゆえのもので……この場でその理由を知っているのは俺とアビの二人だけ。
俺の不死性について近々話す事になるだろうが――今この場で説明するわけにもいかないし、今しばらくの間はキッドさんには勘違いをしておいてもらうとしよう。
なんて俺が考えていると。
俺の多少の焦りを誤魔化してくれるように、アビが不満げな声を漏らす。
「――なぁ、キッドさんそいつをなんとかしてくれねぇか?」
もちろんアビのその言葉の意図に、誤魔化してくれる気などない。
隣に座るアビを見れば、その顔には呆れが見え。
面倒だと言いたげな表情を浮かべるアビが指差すその先を見れば、その指先はキッドさんの後ろに控えるフォンの視線とぶつかっていた。
「……フォンには散々言って聞かせたんだけど」
「――師範、先ほども言いましたが私にはコイツの態度は容認できません!」
フォンの言葉に『この調子なんだよねぇ……』と、キッドさんが息を吐き。
そんなキッドさんの様子に、怒りを感じたユイが言う。
「いい加減にしてください、他の生徒達の前なんですよ?」
「だからこそだろ⁉︎ コイツの態度は度がすぎる!」
「それは今の兄さんの方でしょ⁉︎」
「あらら……」
ユイとフォンのやりとりにキッドさんはお手上げだと言いたげに苦笑し、このまま言い争いが激化するのかと思っていると。
「そもそも俺は初めから」
「――パン!」
激化する寸前でキッドさんが手を叩き。
「はいはい終わり終わり。始業時間まであんまり時間ないんだから言い合いはそこまでね」
フォンに言い聞かせるようにキッドさんはそう言うと、視線を俺達の方へと戻した。
「とりあえずカズくんは今日から授業頑張って、それとアビくんも授業受けたくなったらカズくんと一緒に受けてみてね」
「俺は受けませんよ」
「まぁまぁそう言わず、気が向いたらでいいからさ。武術担当のレオとは会ったと思うけど彼が担任だから、暇な時間か武術の授業の時にでも手合わせさせてもらうと自分の実力がわかるいい機会になると思うよ」
レオ、あの獣人の熱血男が担任なのか……。
キッドさんの言い方的に、何かしら思惑があるようだが――そんな思惑より、俺はレオが担任だということに少々思う事があった。
レオとはアビを追いかけ回し、廊下を走るなと注意を受けた時に二三言返事を返した程度でしかないが、そんな短な会話から感じたレオの印象はあまりよくなく。
俺が感じたレオの率直な感想は、自身の意思を他者へと強要してくるような、自身が絶対であるようなそんな印象を受けた。
「カズくんも時間があったら手合わせしてみてね」
「え、ええ……時間があれば――」
ニコニコと笑いながら、まるで心を見透かしているかのようなキッドさんの言葉に、俺は渋々ながら頷きを返す。
俺はレオのような性格の人が苦手だ。
教師としてああいった類の人物は多少なりとも居た方がいいこともわかる――わかるのだが……。
はぁ……。
苦手なものは苦手なのだから、仕方がないと許して欲しい。
「それじゃ僕はもう行くよ。ユイもカズくん達のことをよろしくね」
「はい」
「それとフォン、君はさっさと自分の教室に行きなさい」
「わかりました……」
二人の返事にキッドさんは頷きを返して立ち上がると、食堂に残る生徒達に軽く手を振りながら食堂から立ち去り。
キッドさんが去るのを待っていたというようにフォンや他の生徒達も食堂から立ち去り始めると――五分としないうちに食堂に残るのは俺達だけとなった。
「先ほどはフォンが大変失礼を……」
「別にいいさ、アイツはそのうちわからせる」
「そう、ですか……」
アビからの返答にユイは少々戸惑いつつも、とりあえず一旦の話の終わりを迎え。
「私達もそろそろ教室へ行きましょうよ」
と言ったメイの言葉に、アビは即座に立ち上がる。
意地でも授業に出る気は無いのだろう。
「そんじゃ、俺は寝てるから戻ってきたら起こせよ」
「お前なぁ……」
アビはそれだけ言うと俺達の元から、食堂から出ていってしまった。
俺達が食堂を出たのが遅かったのだろう。
ユイとメイに連れられ教室へと到着した時にはすでにホームルームが始まっている最中で――教室の扉をユイが開けると同時に、教壇の上に立っていたレオの獅子の顔がユイの方へと振り向いた。
「遅かったな?」
「はい、少し話し込んでしまって遅れてしまいました」
「それで? 他のはどうした?」
「エリザとリーナは休息が必要だと判断したので、私の方から部屋で休むように言って寮の方へ返しました」
「また勝手なことを……必要なら仕方がないが連日だぞ?」
「私もそう思いましたが念のためです」
「フン――」
ユイの言葉にレオは不満気な鼻息を吐くと、今度はその瞳が俺の方へと向いてくる。
「――で、服装の件は聞いてるがもう一人はどこにいる?」
「アビさんは欠席です」
「なぜ?」
「……授業に興味がないようで」
――そこで俺を睨むなよ。
アビが出席しない理由が気に入らなかったのか、レオが俺を睨んでくる。
それもただ睨んでくるだけではない。
レオの視線からはスキルによって生まれた威圧感が、俺を屈服させようとする高圧的な威圧感が含まれていた。
アビが授業に出席しないことに対して、純粋に怒っているだけと言うことは分かる。
――が、そもそもアビが授業に出ないのはアビの判断であり、アビが出席しないからと言って、威圧を向けられる謂れは俺にはない。
レオの様子からして、俺から何らかの反応が返ってくるのを待っているのだろうことはわかるが。
高圧的な相手に対して、俺もわざわざ反応を返す気にもならず。
俺を睨んでくるレオの姿を、俺は無言で見つめ返すことにした。
今更ではあるが、見れば見るほどレオの姿は獅子そのもので、目算でも二〇〇㎏を優に超えているその図体には再度驚かされ。
冬だというのにその服装は大柄な長袖のカッターシャツ一枚に茶色のズボンをベルトで止めているだけの軽装なものだが、その服越しからもうかがえる筋肉によって全身は強靭に守られていた。
――ん?
間違いなく今気になることではないのだが……。
ライオンはネコ科だと思っていたが、どうやらレオの目は猫のものとは違い。
思い返してみればライオンは元から猫目ではなかったような気がして、幼少期動物園に行った時の記憶を思い出そうとして。
「――度胸はあるようだな」
何言ってんだこいつ……?
レオはそんなことを呟くと威圧を放ってくるのを急にやめた。
「さっさと入って自己紹介をしろ」
本当……何なんだこいつは……。
レオに対しての苦手意識が俺の中で増していく。
ユイとメイが自分の席へと座るのを見届けた後、レオと入れ替わるように教壇に上がり、生徒達の正面に立つ。
四十名――女が七で男が三か――
と、今居ないエリザ達を含めたクラスの生徒数を男女の割合を把握してから。
変な印象を与えないように、自然な笑顔を作りつつ。
「この度はキッドさんの計らいで、皆様と共に授業を受けさせてもらうことになりましたカズと言います。私の種族は人間で、至らぬ点や皆様思うところはあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
自己紹介をしながら頭を下げる。
少し堅苦しかっただろうか?
下げた頭を上げながら、どのような反応が返ってくるのかと思っていると。
「――堅苦しいな」
初めに返ってきたのはレオのそんな一声で、そんなレオの言葉をかき消すように。
「パチ、パチ、パチ、パチ」
とユイが――
「「パチ、パチ、パチ、パチ」」
ユイをきっかけにクラスの生徒達が拍手を返してくれ。
「このクラスを代表して、カズさんを歓迎させていただきます」
「ありがとうございます」
ユイからの言葉に返事を返しながら、もう一度、俺は教壇の上から生徒達に頭を下げる事にした。
その日授業は俺に合わせてくれたのか、これまでの復習のような授業らしく。
授業内容は実に学生が受けるに相応しいものであり……。
「だからして、山林に潜む魔物と魔獣、獣達の違いは――」
と、解説をしている教師の声は俺の耳に届く前に。
「――なぁ、なぁ、人間ってさ」
「――戦神ってどんな奴なの?」
周囲から投げかけられた言葉によって、教師の声は掻き消された。
「後ででもいいかな……?」
二人の生徒に俺は笑顔でそう伝えるが。
「え〜いいじゃん、教えてくれよー」
と、一人は駄々をこねるように。
「もう一人の奴はいつ来るの?」
と、もう一方は構いなしに。
二人は俺に質問をし続け……。
そんな二人の様子に、笑顔を作ったまま瞳を閉じる俺のまぶたに映し出されたのは、楽しかった気がするいまわ昔の自身の学生時代。
あぁ、うん。俺も子供の頃はこんな感じだった気がするなぁ……。
――と、当時は本当に楽しく、大学の就職時期まで感じていた感覚を思い返しながら。
「「なぁー無視すんなよー」」
名も知らない男子生徒の声が同時に耳に届き。
笑顔を崩さないように、俺は目頭を押さえながら。
あぁ、うん。やばいなこれ……。
今感じるこの耐え難い場違い感と煩わしさから、一体どのようにして逃げ出してしまおうかと考えているうちに。
俺の学園での初授業日は、終わりを迎える事となった。
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誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




