【エルフのエリザ】02
●●●●●●
「ペチペチペチペチ」
…………。
一体何の音なのだろうか?
どこかから聞こえてくるその音に意識が傾き。
「――カズ! もう目覚める時間だろ!」
……あぁ、なるほど。
頬に伝わるその衝撃とも言えないその感覚に。
アビが俺の頬を叩き、目覚めさせようとしていることに気がついた。
「……今何時だ?」
「七時ちょい前だよ」
薄目を開けて、視界に映るアビに聞くとすぐに返事が返ってくる。
「七時前か……フォンが迎えに来たのか?」
「俺もそう思ったけど別人だ。まぁ、見た感じ血縁者っぽくはあったけどな」
「だったら兄弟かな、気配が似てる」
「おそらくな」
何かあったのだろうか? アビの表情が何故か少し不満そうだ。
そんなことを考えながらベッドから起き上がり、何も身につけていない自分の姿に、改めて自分が死んでいたことを実感した。
アビとの追いかけっこの後、俺達ははキッドさんに使用許可をもらった第八道場で打ち稽古をして、その最中に――
「昨日は殺してくれてありがとな」
体の限界を感じた俺は、今日からの予定に支障が出る可能性を考え。
アビに全力での決闘兼、自殺の手助けをしてもらった。
「あんなこと二度と頼んでくんなよ?」
「善処するよ」
「――ったく」
どうせまた頼まれるのだろうなと、アビが憤りを感じて感情を吐いた。
認証盤に蔵ってある着替えを取り出して着替えながら、先ほどから気になっていたことをアビに聞くことにする。
「にしても……何でお前上裸なんだ?」
「何でって、何がだよ?」
「いや、その格好だよ」
「おいおい……全裸で寝てるやつが半裸の俺をとやかく言えんのか?」
「――っう」
たしかに……。
アビからの指摘に返す言葉が見つからない。
別に全裸で寝てるつもりはないのだが――
俺は死ぬと一度黒い霧状になり、その霧が集まって再び甦る。
そう先生から聞き、アビからも同様の話を聞いた。
ただ、甦りの際、俺は記録石が装備品として認めた物は甦った後も身についた状態で甦るのだが、逆に装備品以外は死んだ際、霧状になった時その場に取り残され――結果として認証盤だけを身につけた、全裸男が生成されてしまうのだ。
「――ん? てか、俺が裸で寝てたってことは、お前俺を道場から全裸の状態でここまで運んだのか……?」
「運んでやっただけありがたいと思えよ?」
「おいおい……」
机の上を見れば俺の武道袴が置かれているので、服を認証盤へは蔵わず俺に覆わせてくれはしたのだろうが、学園であるこの場所で、そんな格好で運ばれるところを生徒にでも見られたら、間違いなく変質者認定を受けるのは確実であり……。
いくら他者からの評価に関心がないとは言え、流石にそんな事態は俺も御免だ。
「――てか、お前こんな呑気に話してていいのか?」
「待たせてるんだろ? わかってるって――」
目覚めてから既に三分。
目覚める前から部屋の外にいる人達を待たせているのだと思うと、少し申し訳ない気持ちにもなる――が。
「ただなぁ……なんか怯えてるみたいで外出ずらいんだよ」
部屋に掛けられた防壁系の魔術のせいで外の声までは聞こえないが、希薄に感じられるその四人の気配からは、何か怯えているような、不安を感じているような気配を感じ取ることができ。
彼らの、いや――彼女らの不安の原因が、この部屋にあるのはその気配からも察せれた。
「敏捷性が800超えると防壁越しでもそこまでわかんのかよ……」
アビの表情が少し固く思え、俺の感覚の鋭さに引いているように思ったが……。
何かアビの様子がおかしいような……嫌な予感を感じ……。
「お前なんかしたのか?」
「…………」
こいつ……。
アビが無言で視線を逸らす。
「何した?」
「いや、あのいけ好かねぇエルフ野郎が来たと思って、つい……な?」
「――な? じゃねぇねよ! お前、もしかして威圧したのか⁉︎」
「いや、牽制はしたが、闘気を少し纏っただけで、スキルまでは使ってねぇって!」
だとしたら何でここまで怯えているんだ⁉︎
と、俺が言う前に――
「ただ彼奴らエルフは種族的に感覚が鋭いから、多分そのせいで俺の闘気に当てられてんだよ」
申し訳なさそうに、アビは言い訳という名の釈明をしてきた。
「はぁ……」
仕方がない。とりあえず、外にいる人達が俺に怯えているわけでは無さそうでよかったとだけ思っておこう。
そうとなればこれ以上待たせるのも悪い――
アビから視線を外し、扉の方へと向かい。
袴に着崩れがないか確認して、軽く笑顔を作って扉を開く。
視界に映った四人の女性――その先頭にいた美人なエルフに謝罪する。
「――お待たせしてすいません」
「いえいえ、七時ごろお迎えに上がると連絡していたのに、早く来てしまったのは私達の方ですのでお気になさらず」
俺の言葉に笑顔で返事を返してくれるこの女性が、フォンの兄妹なのだろう。
双子なのだろうか? 気配だけではなく見た目もフォンと少し似ている。
「改めてですが、初めましてカズと言います。今日は――と言うより、クラスメイトとしてこれからよろしくお願いします」
そう、俺は今日から彼女と同じクラスで学園生活を送ることになる。
キッドさんからは『僕の愛弟子と同じクラスにするから困ったことがあったら遠慮なく聞いてあげてね』と『七時に迎えに行かせるね』とだけ言われ。
俺はてっきりフォンが来るものだと思っていたが。
「ご丁寧に、私はユイ。先日案内をしていたフォンの妹で、フォンと共にクルキッド師範の直弟子をしています」
ユイは自己紹介をすると、差し出した俺の手を握り返し。
「これからよろしくお願いします」
優しげに微笑んできた。
やはり彼女は――彼女達は俺に対して恐怖や嫌悪感を抱いていないようだ。
キッドさんがその辺りを配慮してくれたのだろう。
――だが、やはりとも言うべきか、彼女達は俺の後ろにいるアビに対して相当強い警戒心を抱いていた。
ユイが俺から手を離し一歩後ろへ下がると、入れ替わるように俺の手を握ってきたのは、先日食堂で急に質問して来た赤毛のエルフの女の子。
「私はリーナ、この前は急に質問してごめんね!」
そして、再度入れ替わる様に手を握ってきたのは、お嬢様のようなエルフの女性。
「メイと言います。クラスメイトとしてよろしくお願いします」
全員同じクラスなのだろうか?
リーナの小柄な――その幼く見える容姿でまさかとは思ったが……どうやらこの四人がクラスメイトらしい。
まだ挨拶をしていない最後の一人が、ユイとリーナに押されるようにして前に出てくる。
「あの、えっと……」
恥ずかしがり屋なのだろうか、他の子達と違って緊張しているのが表情にまで現れ。
肩のところで切り揃えられたその黄金の髪に、俺と同じぐらいの身長をしているそのスレンダーな女性の姿に。
……あぁ、そうか。
――と、あの時とは全く違うその澄んだ緑色の瞳を見て。
何も聞いていなければ、気づくことはできなかっただろうと思いながら。
「元気そうでよかった」
あの時の、絶望に暮れていた少女との再会に、俺は心から微笑んだ。
「ゔぅぅ――」j
感情が昂って泣き出してしまった彼女の、その頬に手を添えて指で涙を拭う。
すると、少女は涙を流し続けながら。
「私は、エリザです……貴方に助けてもらったエルフです……」
エリザは自身の名前を口にした。
本当に良かった。
今の彼女にはあの時のような、絶望に暮れていた時の面影は一切ない。
いい友人に――きっと周りにいる彼女達に出会ったおかげなのだろう。
そんなことを考えていると、エリザが抱えている剣に目が惹きつけられ。
俺の視線に気づいてか、エリザが抱えていた剣を渡してくる。
「これを――」
「…………」
無言で剣を受け取りながら、剣を――レイピアを鞘から引き抜いて、その刀身を見て触れる。
握り部分には宝飾が施され、軽く押せばしなやかに、強い衝撃にも耐える異常に軽い切れ味に特化したこのレイピアは――
体が弱く、重い剣を振るえなかった俺を見かねたクリスさんに――命の恩人に貰った大切な、大切だったが手放した、俺が最初に握った真剣。
懐かしい……何から何まであの時のままだ。
「この剣は、少しでも君の役にたったかい?」
「はい!」
俺の質問に、涙を流しながらエリザは力強く返事を返してくれ。
あの時の俺の選択は自暴自棄なものだったけれど、そんな選択でも少なからず彼女の役に立ったのだとわかり、剣を渡してよかったと思いながら。
俺は聞かなければいけないことを聞くことにする。
「この剣で、君は人は殺したかい?」
…………。
俺からの突飛な質問に、エリザだけでなく他の三人も頭に『?』を浮かべてしまったが、この質問は聞かなければいけないことであり。
エリザは俺の質問に動揺しているようではあったが、俺が真剣に聞いているのだと気づくと、すぐに首を横に振った。
「そっか、それならよかった――」
レイピアを鞘に納めて、エリザに返そうと差し出すと、エリザはレイピアを受け取るのを拒み。
「――ちが、私はこれを貴方に返そうと思って」
レイピアを受け取るのを拒むエリザに、俺は首を横に振った。
「これはもう君の物だよ。俺もこの剣を、俺を救ってくれた恩人に貰ったんだ」
剣を素直に受け取ってくれないエリザに、この剣の出所を伝える。
「恩人ですか?」
「うん――その時にね。この剣は人を助けるために使って欲しいって言われたんだ。人を殺さず助けるためにってね」
俺にはもうその約束を果たすことはできない。
人を助けることはできるだろう――だが、その手段はクリスさんの望むものとは違う。
「――んな事も約束してんのかよ」
部屋の中で話を聞いていたアビが俺の後ろから姿を表した。
「悪いかよ」
「お前も面倒な性格してるよな本当……」
アビはそう呆れたように言ってくると、何かを言おうとエリザの方へと視線を向ける。
「エリ……何だっけ?」
「エリザちゃんだよ――」
「何でもいいや、お前も少しは剣使うんだろ?」
アビの言葉にエリザは戸惑いながらも頷き。
「なら遠慮せず貰っとけよ。杜撰なこいつにその剣はもったいねぇ」
何かもう少し言い方があったのではないかとも思ったが、ここはアビの助太刀に乗らせてもらい。
「迷惑じゃなかったら、受け取って欲しい」
微笑みながら再度差し出した剣を、エリザは戸惑いながらも。
「大切にします!」
元気よくそう返事を返しながら、俺から剣を受け取ってくれた。
あの時の少女はボロボロで弱々しく、今にも壊れてしまいそうだったというのに、今の彼女からはそんな様子は一切なく。元気で明るく、自分の芯を持っているその精神に、俺は今更ながら少女の成長を実感した。
「私は…………」
どうしたのだろう?
エリザが何かを言おうと顔を赤くし、言葉を詰まらせているその様子に俺は疑問を覚え。
「――貴方のことが好きです! 愛してます!」
「…………うん?」
彼女の言葉に、俺は一瞬何を言われたのか理解できず。
「――はぁ?」
アビは呆れたように。
「「あらら……」」
女性陣はやっぱりかと。
愛の告白をしたエリザのことを、思い思いに見つめていた。
…………。
いや、うん。なるほど。
…………。
いや――何がどういうことだ?
周囲の反応を見てみれば――
アビは何故だか俺をジト目で見てくるし。
三人の女性陣はニヤニヤとしているし。
この状況を作り出したエリザはと言えば……。
目に渦を作って、今にも倒れてしまいそうだった。
……俺のことが好きで、愛している?
別に意味がわからない訳ではないし、彼女はその言葉を本心から言っているのだろうことは伝わってくるが、あまりにも急な事で理解できず。
「俺は……」
彼女に何と言ってあげたらいいのかわからなかった。
先日カナミの件があったばかりだと言うのに、俺的珍事が立て続けに起きすぎだ。
「ふぅ〜。リーナ、エリザを部屋に連れて行って休ませてあげてくれる? この調子じゃ今日もダメそうだし先生には伝えておくから、貴方も付き添ってあげて」
現状の膠着状態を見かねてなのか、困惑している俺の様子に満足してなのかはわからないが、ユイはリーナにそう言うと。
「――え、サボっていいの⁉︎」
リーナは食いつくように言葉を返した。
「サボりじゃなくて付き添いって言葉がわからないのかしら? さすがガキンチョ、体がガキだと頭の方もガキなのね」
「――何だと乳ゲバ!」
「フ・タ・リ・ト・モ? お二人の前ですよ?」
突如として始まったメイとリーナの喧嘩を、ユイがニコニコと笑いながら冷淡な声で一括すると。
二人はそんなユイの言葉に黙り込み。
「「ごめんなさい……」」
メイとリーナが、アビと俺に謝ってきた。
「あはは、仲が良すぎると困りものですよねぇ」
ユイの言葉に俺は苦笑し、アビは無言で視線を逸らす。
仲が良すぎる……まぁ、それはあるのだろうが……。
乳ゲバと言ったリーナの、憎悪とも殺意とも思えるその感情は間違いなく心の底から言っているものであり。
そもそも乳ゲバとは? なんて疑問が頭の上に浮かびながら。
なんと言葉を返そうかと少し考えた俺は――
「あはは……そうですねぇ」
とりあえず考えることを放棄して、この場を傍観することにした。
リーナがエリザの腰に手を当て『大丈夫?』と言葉をかけ、小さな声で『言い残した事はない?』と聞くと、別れ際に言ってくる。
「あ、あ、あの。さっき言った事は、あんまり気にしないでくだしゃい」
最後の最後で盛大に、まるで今の自分の様子を表したように噛んでいたが、エリザは自分が伝えたいことを言い終えると、リーナに手を引かれていってしまった。
「何だありゃ?」
先ほどまで黙り込んでいたアビが喋り出す。
「アビさんにも大変失礼を」
「いや、面白いもん見れたしいいんだけどよ?」
「何でそこで俺を見るんだよ」
「…………」
「黙るなよ!」
アビの言わんとしている事は多少わかるが、わかるからこそ、何故急にこんなことになったのか俺の方が説明を求めたく。
「お互い状況の擦り合わせをしたいでしょうし、よければ朝食をご一緒にどうですか? もちろんアビさんもご一緒に」
「おう。朝食ついでだ、面白そうだしついてってやるよ」
何が『面白そうだ』だ。
確かに第三者から見れば面白い事なのだろうが、当事者からすれば一大珍事だ。
即行でユイの提案に乗ったアビの顔面を、昨日のように再び殴り飛ばしてやろうかと思い拳を握りしめながら。
「とりあえず説明してもらえるって認識でいいですか?」
「もちろん。教えられる範囲で話すつもりです」
ユイからの回答にそれならばと、アビに握った拳を緩め。
この場に残ったこの四人で、エリザが告白に至るまでの経緯を聞くため、俺達は食堂へと向かうのだった。
意見大歓迎です、評価も待ってます!
誤字脱字わからない表現があれば教えてください。
読んでいただきありがとうございました。




