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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第二章 学園邂逅
21/46

【学園到着】

 道場の概念とは一体何なのだろうか……?


 短い休息から一時間ほどで道場に到着した俺達は、目の前に建つ建物を見て驚愕していた。


 ここは森の奥深くに位置する場所だ。

 だと言うのに、今俺の目の前には一〇mほどある大門が俺たちの到着を出迎え、さらに大門越しに見えるのは道場と言うより寺――寺院と言えばいいのだろうか、そういった建物にが、さらに奥には学校のような建物が建っていた。


「キッドさん……ここって本当に道場ですか?」

「うん、一応僕はそのつもりだよ。まぁ規模が大きくなりすぎて、国から支援をもらう時に学園って事でお金の融通をしてもらったし、僕以外の勉学を教える教師達はここの子らを生徒として扱ってるから、形式上は学園かもしれないね」


 俺の疑問にキッドさんが答えてくれると。

 その答えにアビの方が反応する。


「――はぁ⁉︎ 国からの支援だと?」

「そうだよ。流石に無条件って訳じゃないけど、アビくんのお父さんには莫大な支援をしてもらってるんだ」

「――キッド様!」


 アビの質問にキッドさんが答えていると、大門から武装した男が駆け寄ってきた。


「ただいま、大事はなかったかい?」

「はい! 魔獣の群れが二度ほど出ましたが、レオ先生とフォンが対処しました。

「それならよかった」


 どうやらこの男は番兵だ。

 大門へと視線を移せば他にも数人番兵がいる。


「キッド様、彼らは……?」


 番兵の男が不審そうに俺達を見つめてくる。


 エルフか……。


 番兵の男の顔を、その特徴的な少し長めの耳を見てそんな事を思っていると、俺が睨んでいるように見えたのだろうか、番兵の男が俺を睨もうとし――


「彼らは僕の弟弟子、戦神の直弟子だ」

「――え⁉︎ それは、大変失礼いたしました!」


 番兵の男はキッドさんの言葉に態度を改めると、俺達に向かって突然頭を下げてきた。


 戦神の弟子か……。


 戦神――それは先生の異名の一つ。

 あの先生の異名に神の名を冠すなんて、一体誰が考えたのだろうか、全くもって思考を疑う――いや、あんなのだから神なんて仰々しい名前をつけたのだろうか……?





「「キッド様おかえりなさい!」」

「「今お帰りに⁉︎」」

「「キッド様ー‼︎」」

「やぁ、やぁ、みんなただいま」


 どこかのアイドルを連想させるその人気ぶりに、門をくぐった俺とアビはキッドさんから距離をとった。


「大人気だな……」

「ここの奴らにとっちゃ、あの人は英雄なんだろ。まぁ、知ったこっちゃ……」

「――おっとっと」


 ふらついたアビが頭から倒れるのを、咄嗟に腕で抱き止める。


「わりぃ……」


 アビの顔色がかなり酷い。


「保ちそうか?」

「体が限界……」

「だよなぁ――」


 支えるアビから感じる体温が尋常じゃないほど熱いのに、その顔色に血の気を感じない。

 早急に休める部屋を求めたいが……今のキッドさんに声をかけるのは無理そうだ。


 先ほどまで十人程度だった人集りがすでに倍以上に増え、先ほどまでアイドルを連想させる人気ぶりを博していたキッドさんは、その期待に応えるようにアイドル活動に専念していた。


 あの木陰でいいか。


「あそこで休もう」

「ああ」


 アビを近くの木陰に寝かせ、認証盤に蔵ってあった回復薬をアビの口に流し込む。

 回復薬を飲んだからって、疲労が取れるわけではないが、飲まないよりは多少ましだ。


「こんなんで死ぬなよ?」

「死なねぇよ舐めんな!」

「はいはい」


 苛立ちを示せる程度の元気があるのなら命の危険はないだろう。

 アビの様子を見つつ、キッドさんの様子を伺うが、まだまだ時間がかかりそうだ。


 確かに、ここは道場と言うよりも学園に近い。


 門にいた番兵はさておき、今視界に映る人達の殆どは若く。その服装は制服のような、茶色のズボンかスカートに、チェック柄のコートの中には濃い緑のブレザーを着ている者ばかり。

 

 …………。


 そんな彼らに対して、今の俺達の格好はどうやら適していないらしい……。


 そもそも俺達は――少なくとも俺はこの真っ白な武道袴しか持っておらず、その他の服の着用を、理由は知らないが先生によって禁止されている。

 武道袴自体の替えはそれなりの着数を持ってはいるが、長期の移動中に何着も着替えていたらきりがないと思った俺達は、体は水石によって出した水で流し洗っても、服を着替えるのは最初の二日でやめてしまった。


 結果として今の俺達の武道袴は長期移動による泥と汗による汚れと、多少の……異臭を放っていて……それだけに、時々こちらを見てくる中高生ぐらいの少年少女達の視線は、かなり辛辣なものであった。


 …………。


 視界に映る生徒を見ていると、多種多様な亜人達がいることがわかるが、その中でもエルフの割合はかなり多いようだ。

 ざっと見でも獣人やドワーフに対して、エルフの割合が七割を占めている。


「さっきからエルフのことをジロジロ見てるが、お前ああいうのが好きなのか?」

「――は?」


 こいつはいきなり何を言ってるんだ?


「あんな風に笑うエルフ達を初めて見たから気になって見てただけで他意はねーよ」

「向こうじゃ珍しい光景か?」

「あぁ、向こうじゃありえない光景だ」

「そうか……」


 向こうとは、人間達の生活圏のこと。

 そして、俺が人間の生活圏で見たエルフ達のその大半が、奴隷かそれに準ずるものであった。


 アビから視線を外してキッドさんを見れば――

 キッドさんと目が合い、こちらに向かって指を差していた。


「おい、お前らが戦神の弟子か?」


 エルフの青年が、突然俺達に話しかけてくる。

 もう一度キッドさんのことを見れば、片目を瞑り、手を縦にして謝っているようにも見え。


「おい! お前らが戦神の弟子かって聞いてんだろ!」


 声を張り上げるエルフの青年を再び視界に入れなおす。


 エルフの青年は、白に近い金髪を短く切り揃え、その瞳の色は薄いサファイヤのような、透き通る青い瞳に、他の人たちと同じような濃い緑のブレザーに茶色いズボンを履き――他の人たちは武器を持っていないというのに、このエルフの腰には細い剣が掛けられている。


「お前ら言葉がわからないのか⁉︎」

「お前の方こそ俺らの見た目で戦神の弟子だって判断できねぇのか⁉︎」


 ――おっとっと。


「すいません。少し考え事をしていて、声が聞こえていませんでした。俺達が戦神の弟子で合っていますが……何かご用でしょうか?」


 アビの尖った返答に割って入り、何事もなかったように笑顔を向けると、エルフの青年はアビを睨んだまま、俺の方へ視線を移した。


「俺はフォン、師範にお前らを風呂に入れて部屋に案内するよう頼まれた」

「そうでしたか、それでは案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「ああ」


 面倒そうに返事を返してきたフォンに、アビが何かを言おうとしていたので、とりあえずその口を塞ぎつつ。

 俺達などお構い無しに歩き始めたフォンの跡を、アビを立たせ追うことにする。





「臭う汚ねぇって、体動かしゃ誰だって汚れるだろうが!」


 案内された共同浴室で体を洗いながら、アビの愚痴を聞き流し――


「そもそもあいつは何様だ? 偉ぶりやがって気持ち悪りぃ」


 体を流して浴槽へ浸かると――


「お前もお前だ、あんな野郎相手に謙りやがって」

「はぁ……」


 久々に浸かる浴槽の温もりを感じる前に、アビの怒りが俺へと向いた。


 俺達を案内してくれているエルフ青年フォンとアビは相当に相性が悪いようだ。

 お互いがお互いを敵視し、フォンから投げかけられる皮肉めいた言葉によって、アビは相当苛立っていた。


「お前って、気に食わない奴には徹底的に敵対するよな……」

「当たり前だろうが、なんで気に食わない野郎なんかにいい顔しなきゃいけねぇんだよ」


 確かに、その通りだとは思うのだけど……。


「俺達も、別に客人としてここへ来てるわけじゃないんだから、相手に礼儀を求めたところで無駄だろ? それに彼奴からしたら俺らの方が何様だって思ってるだろうよ」

「そりゃそうだろうが、あの野郎俺らを見下してんだぜ? マジで気にくわねぇ」


 アビの気持ちも少しはわかる。

 フォンは俺達の事を見下してまではいないが、軽視するような、呆れているような様子を見せていた。


 ただ、フォンが俺達をそう言った目で見る理由もわかる。


「初見の印象が悪かったからなぁ……」


 片や疲労でぶっ倒れ、片や疲労で思考が停止してたときたら、その過程を知らなきゃ呆れられても仕方がないとは思うし、服装もそれなりに酷いものであった。


 そもそも俺達は先生の――戦神の弟子としてここへ来た。

 それはここの人達にとって、自分達の英雄の弟弟子が来たということで。

 彼らが俺達にどのような理想を持っていたのかは知らないが、彼らから見た俺達の評価は『拍子抜けもいいところ』とでも言ったところだったのだろう。


「――ッチ」


 その点においては、アビも同意見のようだ。


「さてと――」


 もう少しゆっくりしていたい気もするが。


「もう出んのか?」

「ああ、フォンが外で待ってるっぽいからな」

「ったく、風呂ぐらい待たせとけっての……」


 アビはそう言いつつも俺が湯船から立ち上がり背伸びをすると、同じように湯船から立ち上がり、認証盤から茶色いタオルを取り出した。





「ここがお前らの部屋だ」


 風呂を出たあと案内されたのは、ベッドと机が左右に置かれた十畳ほどの部屋。

 この部屋を狭いとは感じないが、仕切りが無いため生活にはいくらか配慮が必要だろうか? なんて、俺が思っていると。


 そんな俺の思いを踏み潰すように、アビは左側のベッドへと、うつ伏せ状態で倒れ込んだ。


「師範からの伝言だが、明日の昼に呼びに来るまでは自由にしてていいそうだ。それと部屋から出て左に向かえば、右手側に食堂がある。夜の十一時までは空いてるから自由に使え」

「色々とありがとうございます」

「ああ」


 俺からの礼にフォンは返事を返すと、ベッドで横になるアビへと睨みを利かせ。

 睨むだけ睨むと、特に何かを言うこともなく、不満げな様子で立ち去っていった。


 …………。


「――は、なんだありゃ」


 本当に嫌われたもんだ。


 アビとフォンの関係は控えめに言っても最悪だ。

 おそらく龍人の里にいる時の俺も、第三者から見ればあのような態度をされているのだろうが、第三者目線でその光景を見ると、何だか複雑な気持ちだ。


「寝る前に飯食うか?」

「そうだな……悪りぃけど、何でもいいから持ってきてくれねぇか?」

「あいよ」


 食欲はあるがもうこれ以上動きたくないアビの頼みを了承し、俺は早速教えてもらった食堂へ向かうため部屋の外へと向かうことにした。


 周囲の様子を伺いながら食堂へ向かう。


 昼間ということもあってか人が多く。俺達の事もすでに知られているようで、周囲からはヒソヒソと、俺の事を噂する声が聞こえてきた。

 噂する声と言っても、その言葉に悪意は特になく、単純な好奇心を抱いているようだ。


 ――っと、ここっぽいな。


 部屋を出て二分ほどで食堂に到着した。


 食堂で食事を受け取っている生徒達の列があるので彼らの後ろに並び、先人達が受け取っている献立を見て、鶏肉のステーキがメインの料理にしようと決めた俺は、周りからの視線と一人一回一人前という説明を受けつつ、なんとか二人前の食事を受け取る事ができ。


 両手にお盆を一つずつ持ち、アビの元へ戻ろうとすると。

 突然少女が声をかけてくる。


「……あの、少しいいですか?」

「えっと……はい、何でしょうか?」


 とりあえず声をかけてきた少女に返事を返す。

 声をかけてきたのは、赤毛で小柄なブレザーを着ていない、カッターシャツ姿のエルフの女の子。


「戦神様の弟子の方ですよね?」


 女の子が聞いてくる。


 ここは適当に謝罪して、この場を立ち去ってもいいのだが……どういう訳かこの子からは、俺にどうしても聞かなければいけない事があるような――そんな必死さを感じる。

 質問の意図はわからないが、悪意や好奇心とは違う、何か理由があっての質問に俺はとりあえず答えることにした。


「そうですけど……」

「その、いつ頃から戦神様の弟子になったんですか⁈」

「今年の始め頃ですかね……」

「――それじゃ、戦神様の弟子になる前はどこにいましたか?」


 喰い気味な聞き方だが、これがこの子が聞きたい事のようだ。

 それにしても、先生の弟子になる前か……。


「弟子入りの前は旅をしてたよ。それよりも前ってことなら……人間が住む街にいたね」

「そうなんですね!」


 どうやら求めていた答えだったようだ。

 俺の回答を聞くと女の子の表情は、元から元気で明るかったというのに、さらに表情を明るくさせた。


「――もし宜しかったらご飯を一緒にどうですか? もう少し聞きたいことがあるんですが」


 グイグイくる少の女に、俺は『あはは』と、困りながら笑い。

 これ以上はまずいな――と、周囲の生徒達が、この子をきっかけとして、俺へ質問しようとする気配を感じ取った。


「ちょっと友人を部屋で待たせてるから、一緒に食事は無理かな」

「そうだったんですね! 突然すいませんでした。ではまた後日いかが――」


 と、少女が言葉を言い終える前に。


「――ごめんね、ちょっと急ぐから今日はこのへんで!」


 少女には申し訳ないと思ったが、周りにいた他の生徒達が俺に声をかけようと動き出したのを察した俺は――食堂から、逃げるように立ち去った。



「まぁまぁ上手いな、肉も柔らかいし、ソースに酒も使ってやがる」


 疲労困憊ながらも、持ってきた食事を頬張り食レポするアビの話をぼんやりと聞き流しながら。窓のレース越しに見える外を見ていると、庭を歩く生徒達の楽しそうに笑う姿や、小学生ぐらいの少年達が、制服姿で木剣を一生懸命に振っている姿が見えた。


「お遊びだな」


 俺の視線の先に気づ口とアビはそう言葉を漏らしたが、その言葉に棘はなく。


「子供は遊んでなんぼだろ」

「そりゃそうだ」


 俺が笑いながら答えると、アビもクスッと笑いを返した。


「ここは凄いな」

「そうか?」

「ああ、凄いよ。見ろよ彼ら、みんな楽しそうで活気がある」


 ここに着いた時から感じていたが、ここに暮らす人達はみんな笑顔で、心から平和を謳歌している。

 もちろん全員がそうと言うわけでは無いだろうが、少なくとも大半の人達はそう感じ――俺にはその感情が伝わってきた。


「人間の方は違うのかよ?」

「……そういう意味じゃなかったんだけどな」


 亜人達の集団から、このような活気を感じたことがなかったため出た言葉だったが……それは俺が見たことがないというだけであって、龍人の里でも普段はここのように活気溢れる場所なのだろう。


「でもまぁ、いい場所だとは思うぜ。集落がなくなった奴らが平穏に暮らしていける場所はそうそうあるわけじゃねぇしな」


 多少の齟齬はあったが、俺の言わんとすることは伝わってくれたようだ。


「お前のとこの国もこんな感じなのか?」


 ふと思ったことを聞いてみる。


 国とはアビの故郷であり――正式名称を賢龍王国と言い。

アビはその国の国王の実子だ。


「まぁ、そうだな……俺は国の学園に通ったことねぇからわかんねぇけど、国の雰囲気ならこことはまた少し違うが良いとこではあるぜ」


 学園に通ってない?

 そりゃまぁ異世界だ。義務教育なんて概念はないのかもしれないが……。


「お前……国の学園に行かなくてもいいのか?」


 国王の息子であるアビが、自国の学園に通わないというのはおかしいような気がする。もちろんアビが学園に行かず、その期間を先生のもとで修行に励んでいたことは何となく察することができるが。

 それでもいずれ自身が王になる、よく考えれば王子というその立場で、同年代との繋がりを作る場であるはずの学園に通っていないと言うのは、少し問題なのではないかと思ってしまう。


「二十歳越えた奴に、十代が通う学園に行けってか?」

「いや、そう言いたかったわけじゃないんだけど……。てか、あれ? それ言ったら今ここにいる俺らって……」

「――おま、余計なこと気づかせるんじゃねぇよ!」


 青春真っ只中の学生達の中で、どう関わるかはわからないが、それでも共に学んでいくことになりそうな大人二人……別に悪いことではないのだろうが……。


「――たく、一旦そのことは置いておいても、俺は里である程度勉強したから、今更国の学園に行く必要はねぇんだよ」

「そういうもんか? 国王になるんだったら、同年代との繋がりは大切な気がするんだが」

「国王になる?」

「……あれ?」


 アビの反応を見て、前提の間違いに気づいた。


「カナミか?」

「カナミだ」


『アビくんは将来、国の王様になるんだよ』と言っていたカナミの姿を思い出す。


「ったく、それはカナミの勘違いだ」


 そう言ってアビは自分の頭を抑えると、その間違いを訂正した。


「俺は国王になんてなれねぇし、なる気もねぇ。第一親父はあの先生の兄妹で、いつ死ぬかもわかんねぇ不老的存在だぜ? それに親父の性格上、自分が生き続けている限り王座から降りるつもりなんて一切ねぇよ」

「そりゃ……そうか――でもそれならカナミは本気で勘違いしてるぞ? あん時のあいつからは嘘をついている感じは一切しなかったし」

「お前がそう言うならそうなんだろうな、昔俺が冗談で王になるって言ったことがあったし、多分あいつはその時のことを本当のことだと勘違いしてるんだろうぜ。――まったく、自分は冗談を死ぬほど言ってくるってのに、他人の冗談は真に受けやがって……どこの国に政治について学んでない奴が王になれる国があるってんだ」


 それはそうなのだが……。


「でもそれなら、里に帰ったら早めにカナミに伝えた方がいいぞ。あいつ将来困ったらお前んところで養ってもらうとか言ってたし……」

「…………」


 アビが両手で頭を抱え、座った状態のままベッドへと倒れ込んだ。


「もう寝る……」

「そうしとけ」

「お前はどうすんだ?」

「そうだなぁ」


 どうしたもんか……。


 キッドさんが来るまで余裕をもっても二十時間以上あるが、大人しく部屋で休む気にもなれない。図書館のような場所がありそうなので、そこに少し興味はあるが……無闇にだだっ広い学園の敷地を探すよりも明日キッドさんに聞いた方が色々よさそうな気もする。


 ――となれば今やれる事は一つだけか。


「俺は外の様子を見てから、問題なさそうなら少し体を動かしてくるよ」

「――呆れた。お前まだ体動かすつもりかよ、それじゃぁ死ぬぞ?」

「…………」


 死ぬだろうな……。


「ったく。勝手にしやがれ――」

「わりぃな」

「――は、悪りぃと思うなら簡単に死のうとすんな」


アビは不満そうにそう言うと、膝の上に置いてあったお盆を片手で持ち上げ俺へと渡し、靴を履いたままベッドへ両足を乗せて布団すら被らず秒で眠りについた。



 ――さて、どうしようか。


 自室となった部屋で食べ終えた食器を食堂に返し終えた俺は、特にこれといった目的もなく一人学園の廊下を歩いていた。

 昼時とは打って変わって廊下は無人で――少し耳を澄ませば授業中なのだろう、少しの会話と筆の音が聞こえてくる。


 謎の罪悪感というか、違和感があるな。


 とっくの昔に終えた義務教育の場に立ち入る感覚は独特で……それも生徒寄りの立場で授業中の廊下を歩いていると、遅刻して登校してきた時のような妙な感覚になる。


「――っあ」


 無計画に歩いていたことが吉と出たようだ。


「さっきは急に離れちゃってごめんね、フォンとは……大丈夫だったかな……?」


 そう気さくに声をかけてくるのは、先ほど別れたキッドさんだ。


「俺は大丈夫でしたよ」

「俺は――か、あはは……」


 多少予想していたのだろうか、キッドさんは俺の言葉に額を掻くと苦笑した。


「それでアビくんはどうしてるの?」

「今は部屋で寝てますよ」

「そっか、それならいいんだけど。それでカズくんは本当に休まなくても大丈夫?」

「はい、まだ大丈夫そうです」


 キッドさんに笑顔を返す。

 この調子で活動してもあと七日は大丈夫だろう。


「それならいいけど、無茶は厳禁だからね」

「気をつけます」


 心を見透かされ、釘を刺された気がしたが。

 俺の言葉に笑顔で頷いてくれた様子を見るに、キッドさんは先生ほど相手の心を読むことに長けているわけではないようだ。


「ところでさ、ちょっとカズくんに聞きたいことがあるんだけど少しいいかな?」

「もちろん大丈夫ですけど……何かありました?」


 先ほどまでの雰囲気から変わり、真面目な話をしようとしているキッドさんの様子に、知らぬ間に何かをやらかしてしまっただろうかと少し考える。

 ――が出来事といえば食堂の給仕さんに食堂のルールについて聞いた事と、赤毛のエルフに質問をされたことだけで特にやらかした覚えはなく。


 何について質問されるのだろうと、キッドさんの質問を待っていると。


「ここ一年の間に、何人かエルフの子供達を助けたことはあるかい?」

「…………」


 突然の思いもよらない質問に俺はすぐに言葉を返す事が出来なかった。


「あるんだね?」

「どう、なんでしょう……」


 俺の言葉に、キッドさんは微笑みながら手を取ってくる。


「ここには君が助けたエルフの子が何人もいるよ。今日昼に食堂で君の事に気づいた子がいて、他の生徒にも聞いてみたら君のことを知っている子が数人もいた」

「そう、ですか……」


 それならばキッドさんは俺のことを聞いたのだろう……。


 エルフの子供が無事だという話は喜ぶべきことだ。

 ……だが、その経緯は助けたと言う様な誉められた行為では決してない。


「エルフの子供達が無事だったのはよかったです。でも、あれは助けたわけじゃない。あの時の俺はただ奴隷商を――」


 ロット・リンクスの同業者を。


「殺したかっただけです」


 あれはただの憂さ晴らしだった。


 今は明確に亜人達を助けたいと心から思っているが……あの時の俺はフィーを亡くし、その怒りと死ねない虚無感から、全てのものに苛立ちを感じ、それをあの塵共で発散していた。


「でも全てじゃ無いだろう?」

「残念ながら全てですよ」


 キッドさんに俺は笑いながら答えた。


 今でも覚えている。

 ボロボロの服装で弱ったフリをして奴隷商に助けを求め、隙を見て皆殺しにする。

 そんな事を何度も繰り返し、何度となく殺された。

 あんな塵共を殺した事に一切負い目は無いが、その時解放した奴隷達に俺がした事には負い目がある。


 俺は彼らを解放するだけして、その状態で放置した……。

 怪我をしている人も、飢えている人も、老若男女関係なく放置したのだ。


 あのような状況から生き延びた人がいるというのは喜ばしい事だが、あの時の俺の行為は無責任としか言いようがないものであった。


「……何があったのかは知らないけど、助けられた子達は君に感謝しているよ。それに君は少なくとも一人は明確に助けてるはずだけど?」

「そうだったら、よかったんですが……」


 苦笑するしかない。

 思い浮かぶのはフィーの姿。

 ――もう二度と後悔をしないと誓ったが、だからこそ一度行ってしまった後悔からは、そう簡単に逃れることはできない。

 奴隷を解放した時に多少の食料でも渡していたら、怪我の手当をしていれば……どうしてもそう考えてしまう自分がいる。


「……君自身に何か思うところがあるって言うのは何となくわかった」


 キッドさんはそう言うと俺の手を握る手に力を入れ。


「――それでも、君の行った行為で救われた子達は何人もいるし、みんな君に感謝を伝えたがっているよ。特に君が貴族から逃げるのを助けたエルフの子なんて、君から渡された剣を今も大切に持っているんだ」

「――え?」


 今、キッドさんは何と言った?

 貴族から逃げた、剣を渡したエルフ?


「だから君がどう思っていようと君が彼らを助けた事実は変わらないし――――」


 キッドさんは俺に何かを言ってはいたが、その言葉が俺の耳に入ってくる事はなかった。


『私はカズさんが正しいと思う道についていきます。だからカズさんは、それが例え間違っていたとしても――』


 フィーの言葉で突き動かされた――俺の、俺とフィーとの夢の始まり――


「無事だったんですか?」

「――っえ?」


 突然の俺からの言葉の意味がわからずキッドさんが驚きの声を上げた。


「エルフの、俺が剣を渡したあの子は無事だったんですか?」

「あ、ああ、大丈夫無事だよ。一年前に僕が保護してからはここで元気に過ごしてる。ちょっと今は気が動転しちゃってて、合わせられる状況じゃないんだけどね」

「動転って……?」

「動転もするさ、感謝を伝えたくても伝えられない。もう会うことはないと思っていた命の恩人に再会できたんだ。まだ彼女も急なことでびっくりしちゃってて、今はちょっと感情が整理できてないような状態なんだ」

「そうなんですね……」


 それは……そうなのかもしれない。


 今でも鮮明に思い出せる彼女の瞳。

 フィーに救われる前の俺と同じ目をしたあのエルフの少女が、フィーと共に無事に生き延びてくれと願ったあの少女が、無事に生き延びていたのだ。

 彼女が生きていたと知った俺ですら相当動揺しているのだから、彼女の方の驚きはそれ以上のものなのだろう。


意見大歓迎です、評価も待ってます!

誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

読んでいただきありがとうございました。

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