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後の悔い先に立たず  作者: 狸ノ腹
第二章 学園邂逅
20/46

【向かいながら】

『災暦1496年11月29日』


 キッドさんに連れられ、アビと共に先生の元を発ってから十二日。

 山を越え、岩石地帯を抜けた俺達は、森の中で食料を調達して、簡素な夕食を食べ終えた後の貴重な休息を取っていた。


 今、俺達は辺境の森の奥深くにあるキッドさんの道場に向かっている。

 ここまでの道のりは決して厳しいものなどではなく、魔獣や魔物と出会いもしない安全としか言いようがない道のりではあるのだが……そんな道のりを歩んできた俺の疲労具合は相当酷いものであった。


 道のり自体は決して厳しいものではない――が、目的地までの距離が中々に遠いのだ。

 移動手段が徒歩なのに加えて、一日の休息時間は食事休憩も合わせて六時間。

 そんな中での移動距離は日に五○○㎞と言う、日本横断も六日でできるものだった。

 もしも夕食の時に『このペースなら明日中に道場に着きそうだ』と、キッドさんが言ってくれなければ、今こんな穏やかな時間を送る事は出来なかった。


 先生の下で馬鹿みたいに走っていた俺ではあるが、流石に肉体の限界が近い。

 あと八日こんな調子で進んでいたら、間違いなく一度死ぬことになっていた。

 なにも限界が近いのは俺だけではない。

 俺の横――夕食を半分ほど食べた途中で、気を失ったように眠るアビの様子を見ても、この移動が常軌を逸したものであるのは明らかだ。


「君は本当に眠らないんだね」

「まぁ、慣れてるんで……」


 向かい側の焚き火越しに座り、語りかけてくるキッドさんに疲れの色は見えない。


「それでも疲れはあるんでしょ?」

「まぁ、それなりに……」


 それなりに死にそうではある……。

 だからと言って別に寝ようとは思わないが、正直一度死んで疲れを取りたくはある。


「そっかそっか〜」

「キッドさんは、何でそんなに体力が保つんですか?」

「僕かい? 僕の場合は移動中スキルを使って自重を軽くしてるからね。だからあまり疲れはしないんだよ」


 そう言うとキッドさんは『あはは』と笑った。


 キッドさんのその言葉に嘘は無さそうだが、同じようにスキルを使って走っているアビの疲労具合を見ると、それだけが疲れてない理由ではなさそうだ。


 アビの顔色が無茶苦茶に悪い。

 特にここ二日は五時間の睡眠を取った後も、顔が真っ青で血の気を全く感じない。

 俺はスキルが使えないが、使えないが故にスキルについての知識はそれなりにあるつもりだ。

 だからこそ、スキルを使えば使うだけ、時間と共に疲労していくことは知っている。

 通常のスキルの継続使用時間は長くても一日約六時間が限界であり、その限界ですら先生が言っていた時間なので、実際の限界はもっと短いはずなのだ。


「それにしても驚いたよ。僕は正直なところ君らがこの移動についてこれるとは思ってなかったんだ」

「そうだったんですか?」

「ああ」


 本当に感心しているようだ。

 だからこそ、俺はキッドさんには聞きたいことがある。


「もし本気で走っていたら、どのぐらいで着いてましたか?」


 ――そう。キッドさんは未だ全力で走っていない。

 俺達の様子を見て時々試す程度に速度を上げつつ、何とかついていける限界の速度を維持し続けているのだ。


「そうだなぁ……この道なら休憩なしなら三、四日、近道使えば一日ってところかな? あ、ちなみに先生ならこの道でも一日かからないよ」


 そう言って笑うキッドさんに俺の思考は停止する。


 近道と聞こえた気がするが、それは何かの冗談なのだろうか?

 ……いや、考えるのはやめておこう。

 どうせ後一日で着くのだから、この事は聞かなかった事にしておいた方がいい。

 ――と、俺は心の中では思いつつも。


「ソーナンデスネー」


 多少態度には出てしまった。


「あはは、ごめんね。でも先生に君らを頼まれたから、どんな感じなのかが気になってさ」


 それで俺達を試したってわけね。


 この移動中キッドさんと話を全くしなかったわけではないが、現在の力量や今後の修練方針の話をすることはなく、話した内容も軽い雑談程度。

 その理由が俺達の力量を見たかったのだと言われれば、そういうことかと頷くほかない。


「それで、どうでした?」

「おっと、起こしちゃったかい?」


 俺とキッドさんの会話にアビも目が覚めたようだ。


「近道使えばなんて聞こえてきちゃ、流石に目も覚めますよ」


 とは言え、アビの目は閉じたまま、目を開く余力まではないらしい。


「あはは、ごめんごめん」


 キッドさんは笑いながら謝ると『でもそうだなぁ〜』とアビの質問に答える。


「君達はもう少し文句を言うことを覚えた方がいいと思うよ」

「「え?」」


 アビと同時に俺も声を上げる。


「君たちへの感想だよ。今みたいに事後的に文句を言うんじゃなくて、限界が近いのなら休憩したいとか、速度を落としたいとか、そう言った意見や文句を言えるようになった方がいい」


 どうやらキッドさんは俺達のことを心配しているらしく。

 

「先生のところだと無理や嫌だは御法度だけど、それを自分の中で抱え込み続けると、そういった我慢はいつか限界を迎えて、結果的に周りにも影響を及ぼしてしまうからね」


 その言葉は俺らではない誰かへと言っているようで――キッドさんの表情から、その人物がすでにこの世にはいないのだろう事は察することができた。


「先生みたいに一匹狼なら、おすすめはしないけどそれでいいのかもしれない。でも、先生が君達を僕の所に預けたってことは、そういうわけじゃないんだと思う」


 微笑みかけてきたキッドさんにどう返事を返せばいいのかわからない。


 俺達が今向かっている道場には、人間によって居場所や家族を奪われた亜人達が暮らし、キッドさんは彼らに学問や武道を教えているのだとカイさんに聞いている。

 今の話から察するに、キッドさんは俺達にもその場所で、集団生活の中から学びを得てほしいと考えているようだ。


 だが正直、俺たちはそんなものを……。


「――あれ? 二人ともなんか気乗りしないみたいだね」


 否定も肯定もしない。

 確かに集団生活をすることによって得られる学びもあるだろう。

 だからこそキッドさんの考えは間違ってはいない。

 間違ってはいないが――


「俺らはもっと力が欲しい」


 アビが重い目を開けて、自分の気持ちを――俺の気持ちを口に出した。


 キッドさんがアビと俺の顔を交互に見てくる。


「それは何のために?」

「理想のために――」


 おっとっと、なんか熱くなってきてるな。


 アビの返答は即答で――普段こんな話で熱くならないと言うのに、その表情には苛立ちが見えていた。

 相当疲れが溜まっているのだろう。

 今のアビの言葉からは、その感情の昂りによって棘のような鋭さを感じる。


「アビ――」

「なんだよ」

「熱くなり過ぎ」


 だからこそ、俺は二人のやりとりに割って入ることにした。


「…………」


 アビには苦虫を噛み潰したような表情をされてしまったが、自分が冷静では無いことには気づいているようで。

 

「すいませんでした」


 一度深呼吸をすると、アビは頭を下げてキッドさんに謝った。


「気にしなくていいよ。君達の意志は大切だからね」


 キッドさんは何も気にして無いというようにそう言うと、再び笑いかけてくる。


「話ついでだし一応聞いておくけど、道場では何を学んで何がしたいんだい?」


 アビと一度視線を合わせると、俺から話すと言いたげにアビが先に口を開いた。


「俺は基本的に剣術と魔装の特化をしたいです。あと、できれば対魔との実戦戦闘もしたいですね」

「なるほど、闘気の方は今どの段階なの?」

「先生からは及第点って言われたんで、多分一級以上だとは思います。魔装の方も一級以上ではあるんですが、特化はまだ……」

「なるどね。まぁ特化は気づきが無いと難しいから実戦あるのみかな。スキルと魔術の方はどの程度なの?」

「剣術関連は殆どA以上です。魔術は知力が低いので簡易魔術以外は捨てました」

「……アビくん今何歳?」

「二十歳です」

「二十歳でそれか、そりゃ凄い」


 キッドさんはそう言って少し苦笑すると、今度は俺の方へと視線を移した。


 次は俺か……。


「俺は剣術を学びたいです」


 アビに続き、自分が学びたいことを答え。


「…………」


 が――


「……それだけかな?」


 キッドさんを困らせてしまったようだ。


「えっと……」


 助けを求めてアビを見れば、アビは俺から視線を外して知らんぷりを決め込んだ。

 先ほどはキレる前に仲裁してやったと言うのにこの待遇、次は知らんからな!

 と、思いつつ。


『それだけ?』と、言われてもなぁ……。


 キッドさんの困惑も仕方がないとは思う――が、それは俺に向上心がないから出てきた答えではなく、本当にこれ以上強くなるための方法を自分ではわからないために出た答え。


「ごめんね、困らせる気はなかったんだけど……」

「いや、俺の方こそすいません」


 気にしなくてもいいよと、キッドさんは首を横に振っているが、その表情は困っていた。


「でもそうだなぁ、僕も君が不死身ってことと、スキルと魔術が習得できないってことは聞いてるんだけど、それ以外は自分で聞けって言われてるから、正直僕も君に何を教えればいいのかわかってないんだよね。それにスキルと魔術の習得については技量と知力が低いってことなんだろうけど、不死身ってどのレベルの不死身?」

「――え?」


 キッドさんの『あはは』と笑うその困り顔に、あのクソババアの顔が浮かんだ。


 なにが『お前のことは伝えてある』だよ……。


 先生とした会話を思い出しながら。


 ――あ、そういえば剣術を学ぶのはついでで、本命は闘気を上達させることだった……。

 と、すっかり忘れていた自分の記憶に、俺は心の中でため息を吐いた。


「すいません……。不死身についての話の前に、先生からは闘気を上達させるように言われてたのをすっかり忘れてました……」

「闘気をかい?」

「はい……」

「自分の闘気が今どの段階かわかるかい?」

「えっと……」


 わかるわけがなかった。


「はぁ〜〜」


 状況を見かねてか、アビは長めのため息を吐くと俺を見ながら口を開き。


「カズの闘気はあと少しで一級ぐらいですよ」


 俺の代わりにアビが答えてくれる。


「そうなのかい?」

「えぇ、それに先生から渡された宝珠で、特性はないですけど特級以上の魔装をこいつは纏えますよ」

「宝珠?」


 俺のことを見てくるキッドさんに、袖を捲って腕輪型の黒い認証盤に施された宝珠を見せる。


「触らせてもらってもいいかな?」

「はい」


 キッドさんなら問題はないだろうと思い、俺は認証盤を手首から外してキッドさんに手渡した。


「――っな、るほど……」


 認証盤にはめ込まれる宝珠――竜胆に手を触れたキッドさんは驚いたようにそう声を上げると、すぐに宝珠から手を離し、俺に認証盤を返してきた。


「カズくんは随分と魔力があるみたいだね」

「ええ、それなりにあります」


 先生の弟子になった際に知った自身の魔力量を思い出す。


 当時の魔力量は5000ピッタリ。あの頃は魔力が使えない俺に魔力があったところで無用の長物だと思っていたが、この宝珠の力を借りる形とはいえ、魔力の活用方法を見出してくれた先生には感謝している。

 ――まぁ、感謝はしていてもし続けることはできないのだが。


「でもそうなると、やっぱり基本的にカズくんにはアビくんとペアで行動してもらいたいかな」

「でしょうね――」


 キッドさんの言葉にアビが同意を示す。


「でもそっか、最初にスキルとかが習得できないって聞いた時は正直戸惑ったけど、さすが龍人――いや、龍人の中でもここまで基礎能力が高いってのは異常なんだろうけど、聖人とはいえ人間の僕としては君らのその可能性が少し羨ましく思えてくるよ」


 そこからなのか……。


「まじか、あのババア……」


 俺の呆れと同時に声を出したのはアビの方だ。


「あれ?」


 俺達の、頭を抱える様子に気づいたキッドさんは、何を間違えたのだろうと自分の言葉を思い返すと、何かに気づいたように俺を見て。


「もしかして龍人じゃないのかい?」


 その答えに辿り着いた。


「はい、俺は人間です……異世界の……」


 そう自分の存在を説明したあと、俺は続けてその不死性についても、死んでも生き返るとだけ簡潔に説明することにした。


 俺の説明を聞き終えたキッドさんは『なるほど』と一言そういうと、そのまま何かを考え始め――

 今日の活動はそこで終わりを迎える事になった。





 日が昇り始めるのと同時に、俺達は再び道場へ向かって走り始め、気づけば太陽が頭上へと昇っていた。


「ふぅ」


 着いたのか?


 キッドさんが立ち止まり、俺とアビも立ち止まった。

 道場に到着したのかと思ったが、付近には人の気配も建物もないのでまだ到着してはいないようだ。


「道場までは後少しだけど、ちょっとここで休憩しようか」

「わかりました」


 キッドさんの様子を見るに、昨日の話の続きをしようとしているらしい。

 アビもその様子を察してか、少し離れた木の木陰へと離れて行く。


「カズくん少しいいかな?」

「はい」


 手招きしてきたキッドさんの元へ向かうと、キッドさんはその場に座り、俺はキッドさんの正面に座る。


「…………」


 黙っているキットさんは、どう伝えようかと言葉を選んでいるようで。


「どんな内容でも俺は特に気にしませんよ」


 そんなキッドさんに、俺は自分の気持ちをはっきり伝えた。


「……君には伝えておかないといけないことがあるんだ」


 俺の言葉にキッドさんが話し始めた。


「少しだけ話したと思うけど、僕の道場には亜人が大勢暮らしていてね、その中には人間に対してあまりいい印象を持っていない子が何人かいる……大丈夫だとは思うけど、もしかしたらカズくんに危害を加える子が出てくるかもしれない」


 この世界の実情を知っているからこそ、俺はキッドさんの言葉に相槌を打つ。


 龍人の里にいた彼らと同じなのだろう。

 人間が彼らに、亜人達に行なっている行為はそれだけ残虐で、相手が人間であるだけで恐怖や憎悪から、危害を加えてこようとする者がいる。


 ただ、それは仕方がないと俺は思っている。

 それだけ人間が醜いことをしているという証拠だ。


「君は亜人に理解があるようで良かったよ」

「理解以前の問題ですよ……」

「そうだね。でもそう考えられる人間はこの世界に少ないんだ……少し脱線したね。道場に着いたら僕は君のことについてみんなに話すつもりだ、もちろん異世界の人間だってね。それでも何か差別的なことを言われることがあるかもしれない……その時はどうか許してあげて欲しいんだ。もちろん危害を加えてくるなら話は別だけどね。……でも、どうしても態度には出てしまう子がいると思うんだ……だから」

「――大丈夫ですよ。俺は何を言われても、俺の事である限り何も気にはしないですし、人間だからって事で何かを言われるのは仕方がないと思ってます」


 俺が人間である以上、人間に対しての嫌悪感が俺に向かうのは仕方がない。

 逆にそれだけで彼らの気が少しでも休まるのなら、それはそれで本望だ。


「そうか……君がそう言ってくれるのであれば、これ以上僕が言う事は何もないかな」


 キッドさんはそう言って笑うと『――パン』と、手を叩き。


「それじゃぁ向かおうか!」


 勢いよく立ち上がると、俺達に出発の合図を告げた。


「早くね……?」


 離れたところからアビの不満そうな声が届く。


「文句かい?」

「文句言っていいんでしょ?」

「もちろんさ!」


 文句を言われたはずのキッドさんは、満足そうな笑顔でアビに返事を返すと再びその場に座り。


「よし、それじゃ」


 ――と、キッドさんが休憩の合図を出す前に。


「そんじゃ行きますか」


 俺と。


「そうだな」


 アビは同時に立ち上がり、キッドさんの言葉を遮った。


「えっと……」


 俺達を見ながら、キッドさんが顔を引き攣らせる。

 勘違いしてほしくないが、俺もアビも正直休憩はしたい――したいが。


「ただですら遠回りしてるんですし、さっさと目的地に向かいましょうよ」


 俺も。


「本当だぜ、ただですら遠回りして疲れてるんだ。まともな布団でさっさと寝てぇぜ」


 アビも。

 近道を使わずに長距離を走らされていることに何の不満もないわけではない。


「遠回りっていうか……近道があるだけなんだけど……」


 近道があり、それを使わない時点でそれは確実に遠回りだろう。

 キッドさんも俺達の気持ちが全くわからないわけではないようで。


「……そうだね。向こうに着いたらゆっくり休んで、近道の件は忘れて欲しいかな」


 そう言ったキッドさんの困り顔を見ながら、俺とアビはしてやったりとお互いの顔を見て笑い合った。


意見大歓迎です、評価も待ってます!

誤字脱字わからない表現があれば教えてください。

読んでいただきありがとうございました。

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